いざこざの外

第８回公判の最初の証言者は、東大名誉教授であり憲法研究者である
奥平康弘氏でした。御歳７４歳でいらっしゃった老学者の証言は
本当に傍聴席を大学の講義の場に変えてしまったかの様な空気になり
とにかく証言の内容について行くのに、精一杯でした。検察側の関係者も
今までで一番多く、氏の発言を真剣にメモを取って聞いていました。
私は氏の活動を知りませんでしたが、本ではオウム真理強に対する
破防法の適用や盗聴法の制定などの言論規制に反対する活動をされていると
本では紹介されていました。とにかく１つの内容についてを話すのにも
過去の判例を具体的に取り上げて、緻密な解説をすると言うのでしょうか
かなりの情報量になり、簡単にまとめるという事は不可能に近い内容です。

でも判例主義の裁判所に対して「チャタレー夫人裁判」の判決は
見たいという人の自由をどう確保するか、というよりも見たいという
人たちの自由があるかどうかを一度も考えたことが無いと言われました。
そして表現に対して許容性を決めるのは社会ではなくて、警察あるいは
公訴権を持つ検察庁が起訴しなかったかどうかで決まるという事に触れ
警視庁が摘発しないから許容度を認めると裁判所が語ってしまった、
そして無罪だったから表現の自由が確保された、そういう事で済ませた
事実があったと言っていました。この言葉は興味深いものでした。
警察が動く＝悪いこと、摘発された物の内容に踏み込むのではなく
簡単な図式が出来上がっている、そういう風にも聞こえます。
そして奥平氏は「表現の自由というのは、少数の利益を確保することで
多数者の利益を確保する表現の自由はいらない」とまで言い切っています。
多数が正義になりがちな私達の中で、この言葉の強さは本当に驚きました。
そして氏が旦那の作品に共感を持つ、持たないではなく、表現の１つとして
偏見を持たずに証言されているのに、変な心強さを感じました。
氏よりも若い、そして身内から散々な事を言われている時でしたから
余計にそう思ったのかもしれません。

奥平氏は更に、表現に対して国はいかなる場合でも、誰に対しても
どんなシチュエーションだろう取締は出来ないと断言されました。
戦前に子供時代を過ごした氏は、共産党の取締を思い出すそうです。
アカだから悪いという考えは世に広まっていて、誰も共産党の取締を
悪いと思ってはいなかった。表現の自由というのは、そういう物では
ないと、重ねて言われるのです。国が出来る唯一のことは、つまり
見たくない人を保護する「すみ分け」の取締になる訳です。

検事が、奥平氏に質問をしました。
「一般人が手に入れたとしても、そこから１８歳未満の子供達の手元に
出回らないとも限らないが、それでも規制を行う必要は無いのか」
受取った人が子供に見せる可能性があるから、ある種の表現にアクセスを
規制する、マーケットに乗せない様にする必要が無いのか。
それに対して奥平氏はすみ分けの問題は、ある意味でリスクが伴うと
答えています。ただし「受取り側の処分の自由」という言葉を使って
見せるか見せないかはその人の問題であって、国家の問題では無いと
言われました。大量的に見せるに決まっているならば、社会的問題になるが
自主的判断可能な人の自由を前提とするならば、子供に見せるか見せないか
その人個人での責任で処分することであり、誰もがするとは限らないことを
国家が取締り規制することが、個人の自由を確保するものであるか。
そう切り返されました。

ご自身の信念に基づいた重い言葉を、淡々と語られる姿は本当に
印象深かったです。お時間のある方は、証言の全文をご覧になって下さい。