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~《紅い月を見つめながら》~
大樹がまだ十代の頃、 九州でのスカウトオーディションで、 審査員として出逢ったのが、 緋春(ひばる)との縁の始まりだった。 荒削りではあるが、 この声、この歌唱力…きっとものになる。 そう心で感じたのが緋春(ひばる)であった。 演歌歌手では存在しないであろう、 身長の高さ、人懐っこい優しげな表情と、 欠かせない、礼儀正しい姿勢。 その全体の雰囲気にも、 緋春(ひばる)は光を感じ、 完成度の高い歌唱力を持つ子が歌っていても、 ずっと気になっていた。 《しっかりレッスンを重ねて、 体型をもう少し絞り、 洗練されて行けば、 想像以上にこの子はこれから光るだろう…。》 それが緋春の大樹との出逢いだった。 審査員の意見は万丈一致。 大樹は十代で一度レコードデビューするが、 どちらかと言えばがっちりしていた大樹は、 トレーニングや食事制限を続け、 見事に20キロ以上の減量を果たし、 プロとしての活動は平行しながらも、 しっかりとレッスンを重ね、 ベテラン歌手のプロデュースに関わる程の下積みや努力は、 ついに、また新しい出発点に辿り着けたのだった。 一煌の道のりと重なる流れを持っていた大樹は、 同じ九州出身である事と共に、 必然の出逢いとも言える友情を育てた。 《こっちの席で待ってますよ》と大樹に伝えた緋春は、 演歌歌手とは思えない程の、 明るさを持った弟子の紫穂と共に、 大樹が打ち合わせを終えるのを待っていた。 《あ~っはっはっ!》 【しっ!】 甲高い紫穂の笑い声を、 緋春は赤面して阻止した。 大樹も遠目から、 紫穂をギロっと睨んだ。 三人は、 家族のように長い縁を続けていた。 温和で、 笑顔がさわやかな緋春は、 熟年層の主婦に、 九州では絶大な人気を誇っている。 紫穂はその、 素顔にある明るいキャラクターで、 また男性ファンも多く獲得し、 師範として緋春の片腕的存在でもある。 そしてもちろん大樹にも、 沢山の生徒が居た。 久しぶりの再会…。 打ち合わせを終え、 二人の席に着いた大樹は、 まず深呼吸した。 緋春と紫穂は、 心の底からの笑顔で、 大樹にまず、 《おめでとう》を伝えた。 『ビール飲んでもいいですか?』 《あら、あんた飲めるようになったと?》 紫穂が驚いた顔で大樹に言う。 『ビールだけ…覚えさせられました。』 《じゃあ私達も今日はちょっとだけお酒戴きましょうかね…。》 緋春がウエイターを呼び、 ビールを注文した。 《ここからこそが、また長い努力と重ねた毎日でもあります。 でも一緒に頑張りましょう。》 『はい。有難うございます。』 三人は乾杯した。 《曲はほぼ決まりましたか…?その曲は…》 その言葉を遮(さえぎ)るように、 紫穂が大樹に言う、 《今日はクリスマスもんね~。街中は賑やかやったよ~》 《その曲のテーマは…》 紫穂を無視して緋春は話しを続けた。 《これ!可愛いかろ?買ってきたとよ~ほらぁ》 緋春が紫穂を睨んだ。 《私が今話しを…》 『はいはいはい。 どっちか一人にしてください!』 心を許せる三人との、 いつも通りの和やかなひとときが過ぎていた。 急に、 黙りこんだ大樹に気付いた緋春が言う。 《どうした?なんか心配ごと?》 『いや…、 ここに、ほんとは一緒に居て欲しかった人を思い出してました。』 《ああ、あの…大樹が大切にして行きたいっていつも言っていた、 カズ…さんて言う人の事?》 『そうです…。きっと凄く喜んでくれたと想う…。 先生達もきっと、絶対…カズさんの事好きになりますよ…。』 《必ず、また再会出来ますよ。 元気で頑張ってらっしゃるかも知れない。 だから、大樹も頑張らんとね。》 『…そうですね…。』 空気が少し重くなった事を心で察した大樹は、 『煙草買って来ます』と外に出た。 雪のホワイトクリスマスではなく、 空を見上げると星が輝いていた。 『カズさん…元気でいてね…』 大樹は心でそう祈った…。 星空の低い場所に紅く光ってるものがある。 あれは…月だ…。 あんなに真っ赤になる事があるんだ…。 大樹はその神秘的な美しさにしばらく目を奪われていた。 そして煙草を買い、 店に戻ろうとした時だった。 何処かで見た男が、 こっちを見ている!? 誰だっけ!? 大樹は必死になって記憶を辿っていた。 するとその男は近づいて来た。 やはり同じように何かを確かめるように、 少しずつ…。 そして二人とも記憶は重なった。 駿だった。 『駿…さんですよね…』 《やっぱそうだ。あの…ひろきさん!?》 二人とも戸惑っていた。 ろくに会話をした事がない二人には、 交わす言葉はひとつしかない。 駿が大樹に言った。 《カズさん…連絡来てますか?》 『…取れないです。』 《全く…!?》 『はい…。駿さんもですか?』 駿は寂しそうに頷いた。 沈黙が走った。 駿は《じゃあ…また…》 そう言って、 自分のグループに戻って行った。 二人にとって、 一煌を想う気持ちは、 全く同じだった。 駿もまた、 事あるごとに一煌を思い出していた。 一煌と良く一緒に行っていたサウナに、 駿は何度も通って、 その度に、 一煌を探した。 二人一緒に同じ湯船に漬かり、 笑いながら話しをしたのも、 そのサウナだ。 しかし、 一煌は敢えてそこを避けていた。 大樹と違い、 駿は、 一煌の存在を失った事で、 まさに信じられる真の友を失い、 人への執着は殺伐としたものになっていた。 女遊びを、 《安売りするな》と、 本気になって叱ってくれた一煌の深さを思い出しながら、 駿はまた同じ事を繰り返していた。 その容貌で人には常に囲まれていても、 消せない孤独感を埋めてくれる友達とは、 全く出逢えなかった。 所属事務所のスタッフとも、 その大柄な態度から好まれず、 役者としてもひとつの岐路にたっていたのが、 駿でもあった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/10/24 04:57:16 AM
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