戦争を甘く見る空気(18日の日記)
戦前も戦後も、戦争を甘く見る人間が一定数存在する日本人社会について、神戸女学院理事長で凱風館館長の内田樹氏は7月26日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 戦史研究家の山崎雅弘さんが『戦争を甘く見る空気』という新刊を出した。「戦争を甘く見る空気」というのは現代日本の薄っぺらで、上ずった気分を見事に言い当てていると思う。 1990年代、戦中派の人たちが鬼籍に入って、戦争の実相を語る人が姿を消すと同時に「歴史修正主義者」たちが登場した。戦争の反省を「自虐史観」と罵(ののし)り、「あれはアジア解放の戦争だった」とか「南京大虐殺はなかった」とか言い出した。 確かに客観的な歴史的事実を確定することは難しい。だが、「蓋然(がいぜん)性の高い学問的推理」と「主観的妄想」の間には天地の差がある。その程度の差を「所詮(しょせん)は程度の差にすぎない」と軽んじるのがポスト歴史修正主義の風儀である。 ◇ ◆ ◇ 今回の皇室典範をめぐる国会審議でも、「皇紀2686年」とか「2600年続く皇統」というような「主観的妄想」を平然と口にする国会議員たちがいた。 歴史学が示す学問的推論と自分の選んだ「物語」は彼らにおいては等価なのである。「私は私の物語を信じる。あなたはあなたの物語を信じればいい」というのが彼らの(一見すると)公平な構えである。なんと民主主義的な態度ではないか。後はどちらの物語の信者数が多いかを競うだけである。信じる人間の頭数の多い方が「支配的な物語」になる。国民の過半数が喜ぶ物語は「よい物語」、国民に反省や自己点検を求めるのは「悪い物語」である。この「ファクトを甘く見る態度」が「戦争を甘く見る空気」を醸成している。 山崎さんによると「戦争を甘く見る」ことの際立った特徴は「戦闘」と「戦争」の違いを無視することにある。 「戦闘」とは「数人から数百人の兵士や戦闘員が交戦する、短期的かつ局所の戦術的交戦」を意味し、「戦争」は無数の戦闘とそれ以外の要素(国力、経済力、外交関係)によって構成される「戦略的な概念」である。いわば、戦争とは戦闘を俯瞰(ふかん)する視座に立つことである。 今の日本で軍事について語る人のほとんどはミサイルとか潜水艦とかいう兵器の話以上のことを語らない。そういう兵器で「どう戦うか」は語るが「どうやって戦争目的を完遂するのか」については誰も語らない。俯瞰的視野は誰も持っていない。 ◇ ◆ ◇ 東京裁判の戦犯たちはほぼ全員が戦争責任の引き受けを拒んだ。自分は戦争を始める気がなかったと口々に証言したのである。「他に択(えら)ぶべき途は開かれていなかった」と平然と主張したことに検察官キーナンは驚愕(きょうがく)した。何と大日本帝国戦争指導部は意に反して戦争に追い込まれたのである。だから、戦争目的がなかった。達成すべき理念もヴィジョンもなかった。いかなる条件が整えば戦争を終えるのかも知らなかった。 この点については今、日本を「戦争ができる国」にしようとしている人たちも変わらない。「我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応する」という以外の説明を私は聴いたことがない。そうやって戦争を始めて、敗れたら何が失われ、勝てば何が得られるのか、それについての俯瞰的な見通しを私は一度も聴いたことがない。 今、戦争を甘く見る人たちが戦争を始めようとしている。そのことをもっと恐れるべきだ。2026年7月26日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-戦争を甘く見る空気」から引用 かつて戦争指導をした大日本帝国政府と陸海軍幹部は「戦闘」と「戦争」の違いを無視し、どの「目的」を達成したら戦争を終わらせるという目算もなく、ただ漫然と兵士を戦場に送り戦闘を継続させるだけだったとは、呆れるほかありません。その上、現代の日本で、近隣諸国が軍備を増強しているからと言って、こちらもそれに見合う武装をするべきという発想は、平和な社会に「危機」を招き入れるだけの無意味な考えであることを、私たちは指摘するべきです。弓矢や鉄砲・大砲などで戦争をする時代と違って、核兵器は最終兵器ですから、これを持って戦争を始めれば、日本列島のような狭い島国の国民は、居住可能面積を失って滅ぶしかありません。したがって、日本は憲法が示すように、国際間の問題解決には武力を使わず、平和外交によって共存共栄の道を切り開く、という方針で進むべきだと思います。