響鬼 「かささぎ」 日菜佳さん七夕SS
「かささぎ」日菜佳さん七夕SS「明日夢君、せっかく学校休みの日だったのに手伝ってくれてありがとうね」「いいえ、このくらい」やっと閉店時間になり、ひと段落ついた客席を拭きながら日菜佳はよいしょとのびをする。「う~ん、こっちが店の手伝いを頼んどいてなんですけど、せっかくの七夕なのに明日夢君はデートの予定とか無いの?あきらちゃんと遊ぶとかもっちーと遊ぶとか。お願い事はまだ何も書いてくれてないし!」 明日夢は出されたお茶を飲み、あいかわらず居心地がいいのか悪いのか窮屈そうに肩をすぼめながら座っていた。できることはただただ愛想笑い。店先に飾られた笹飾りには緑色の紙に「トドロキ殿とのデート」と書かれてあるのは何か突っ込むべきなのだろうかと迷いながら。「ヒビキさんが魔化魍退治中だから姉上もサポーターとして同行中。父上は本部に出張中だし……、明日夢君よかったら時間早いけど一緒にご飯食べない?」 そろそろ普段着に着替えてさあ帰ろうかと思っていただけにちょっと戸惑う。「トドロキさんは、休みじゃないんですか?」おそるおそる聞いてみる。「あ~、トドロキさんはね、こないだ魔化魍に音撃が効きにくかったからって修行に行ってるんですよ」なんともいえない凄みのある暗い雰囲気が漂う。「七夕にはあたしのために弾き語りしてくださいね、って言った直後なんですけどね」(逃げたな)自分のことには鈍感でも最近日菜佳さんとトドロキさんとの間に流れる微妙な空気は分かるようになりつつある高校生明日夢であった。「しかも昨夜から魔化魍まで出現したそうで。幸い被害者はいなくてうまく追い込めそうな様子とのことだったんですけど。まだ今朝以降連絡が無くて……。きっと退治してるでしょうけどね」 ため息をつきながら心配そうな様子は小さな女の子のように見えた。「まあ、小さいころから姉上と二人きりとか七夕やクリスマスに独りも慣れてはいるんですけどね」笑顔を浮かべる姉のような人が、小さな頃からこんな思いをしてきたんだろうなと思えた。「僕、いただきます。日菜佳さんの手料理楽しみです」ぱあっとお日様のような笑顔が輝いた。「そお?じゃあ腕ふるっちゃうから待っててね。あ、母上に電話なさってね」鼻歌を歌いながら奥に消えた日菜佳さんを見送りながら、今日は母さん遅いって言ってたけどな、と思いながら着替えて携帯をかけるために立ち上がった。 着替えて荷物から自分の携帯を取り出そうとした時、手が滑って部屋の中を携帯が転がった。取ろうとして慌てたせいで机の下にまた転がりこみ取ろうと身を屈めたためにどんと突き上げられた机からぱらぱらと筆入れやら小物が落ちた。「しまった」つぶやきながら拾い上げると、あれれ、あるわあるわ耳かきだらけ。やたらと可愛いマスコットのついたものから渋めのデザインまでみやげ物らしき耳かきだらけ。「すごいな……」「明日夢君、なんだかすごい音がしたけど?」日菜佳さんの声に思わず両手一杯の耳かきを持ったままの明日夢が振り返った。「すいません、携帯拾おうとして机の上の物落としちゃったんで……」「いいのよ。あたしが拾うから明日夢君は電話かけて」どちらもゆずりあいながらざくざく耳かきをかき集めた。「すごい数のコレクションですね」「ちょっとね、整理場所に入りきらなくなったから新しいのだけここに置かさせてもらってるんだけどね」(どんだけ持ってるんですか?)聞きたい心を止められずについ口からもれてしまっていたらしい。「どのくらいかなあ?子供の頃からだし母上の分もあるしね。何百本、何千本、う~ん」「どうしてそんなに集めてるんですか?!」思わず叫んだ明日夢に日菜佳が少し考えるように首をかしげた。「飾りが可愛くて実用的だし、ご当地物でしょ」ああ、と頷きながら転がった携帯が見えた。「っていうのもありますが、耳かきってあたしが買ってきてもらうのは鬼さん達が魔化魍退治に行ってこられた場所や仕事に関わる場所のおみやげが多いわけですよ。いわば耳かき用の木もご当地産。自然気象とかのデーター集めが大学の専攻分野になったのも元々は幼い頃からの耳かき集めの賜物かも。こう、耳にかざすとその場所の空気の音が聞こえてくるような気がするわけですよ。貝殻を耳に当てると海の音が聞こえるみたい、っていいますか。響きってやつですかね。まあ、これは母上の受け売りで仕事から帰った父上のおみやげを大切に出して見せてくれながら聞いた話なんですけどね」「そうなんですか……」 羨ましいような眩しいような気がした。僕にはそんな父さんとの思い出は無い。「さあ、電話をおかけくださいな。あたしもちゃっちゃと夕食の準備しちゃいますから」「はい」 その時、信じられないほど大きな音が外から聞こえた。そして続くように、いて~~~~っと、轟く叫び声が。 あわてて店の戸を開けるとギターを抱きかかえるように転がってのたうちまわっている鬼が一人。「トドロキ殿!!!」「トドロキさん」「あ、ども」涙目を浮かべながらとても粋な七夕とは縁遠い極彩色なTシャツ姿で恥ずかしそうに笑顔を見せた。「修行中だったんじゃないんですか?魔化魍退治は?!」日菜佳さんは心配半分、嬉しさ半分。「あ、退治できたって電話したんですけどお店忙しかったんでしょうか繋がらなくて、とりあえず本部やヒビキさん達には連絡しといたんですけど。そしたらヒビキさん達も終わっててイブキさん達と落ち合ってから行くから俺だけ先にたちばなに直接行っとけって言われたもんですから……」ギターをかけ直しながら、汗をかきながら日菜佳さんに必死に説明している。(へえ)なんだか明日夢にはヒビキさん達のにやにや笑う顔が見えるような気がした。(僕、すごく邪魔なんじゃ……)「その、日菜佳さん、弾き語りしてくださいって言ってくれてたんで、俺、メロディだけ練習してて歌詞まだ見てないんですけど。七夕にひっかけて七夕の橋渡しをする鳥の歌があるとか聞いたんで……」 「トドロキ殿……」 甘い熱風が吹き寄せる。「さてまさしの「かささぎ」行きます!あくぅがれて~あくぅがれて~」素っ頓狂な恐るべき攻撃音に両耳を塞ぎながら明日夢は必死に店の奥に退がった。ちなみに日菜佳さんは動じるふうもなく二人のまわりだけ空気の色が桃色だ。 必死にこらえていると、ぶつぶつとトドロキさんの声が細くなりだした。日菜佳さんのやさしい声が聞こえた。「トドロキ殿、これって悲恋ソングですか?」「……、そう、みたいっス。俺も今初めて歌詞見たっスけど……」どうもこの男女にはかささぎが橋をかけてくれなかったという内容であったことが明日夢にもようやく聞き取れた。「すいません。すいません!!!」土下座して謝るトドロキをなんともいえない怒り顔で見下ろしていた日菜佳さんの顔がぷっと吹き出してほころんだ。「トドロキ殿らしいですね。でも歌詞が悲しくてもこうして七夕に会いに来てくださったんですね」 まだ茫然自失なトドロキの耳にそっと日菜佳さんが何か呟いて、トドロキさんの顔が嬉しそうにくしゃくしゃになった。(響きあったんだな)そんなことを考えた自分がなんだか照れくさかった。「さあ、それじゃあ鍋にしましょ。後で皆が来てもだいじょうぶなようにたくさん具用意しとかなくっちゃ。鍋の美味しいタレも買ってあったし。暑い夜の冷えた部屋でのお鍋は最高のご馳走ですからね。姉上達が帰ってくるのが遅そうな先にいっぱい食べちゃっときましょうね。トドロキさんも明日夢君も手伝ってくださいな。あ、明日夢君早く電話かけてくださいね」 笑顔と明るい喋り声が溢れて星空に流れてゆく。少し曇り少し涙雨、けれど雲の上にかかる七夕の星。いままでもこれからも。 2008.7.6(日) 神戸みゆきさん追悼SS 思いついてしまったので久しぶりの響鬼SSです。さだまさしさんの「かささぎ」(未見ですが「海峡」というドラマの主題歌にもなっていたそうです)という曲の歌詞が、1ファンにとってもとても心にくる内容だったのでSSではわざと茶化していますが興味がある方は歌詞を探してご覧ください。