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ソクラテスの妻用事

ソクラテスの妻用事

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2020年01月09日
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カテゴリ:ブログ冒険小説

     写真日記

     Huちゃん 写真日記  を転載しました。写真は、Huちゃんさんの「2016.02.18 02 明石海峡:明石海峡大橋夜景」                                 激写作品から借用させていただきました                             
   3月7日掲載(1)~       

    

ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――(61)

(この物語に登場する人物、団体名はフィクションである。だが、歴史及び政治背景は事実でもある)

三神の遺言(1)

 朝一番、羽田発の便で9時過ぎに女満別(めまんべつ)空港に着いた「独立法人・資源開発探査研究所」の堀田陸人と部下の田上は、札幌公安調査局の市川局長代理らと合流した。2台のセダンに分乗し小清水町へと向かった。裏道を通ると小清水には1時間ほどで着く。そう高くない山間と広大な畑作地を眺め、陸人が市川に言った。
「恩師の河田前町長が全面協力してくれました。お伝えしていたように目標の‶あの小山〟傍に建つ‶ハピネス倶楽部〟の老人ホームとは別に、その隣の農家が小山の洞窟の入り口から5メートルまでを所有していて、その洞窟からも目標地点に掘り進むことが出来ます。河田前町長が言うには、その農家の所有者、教え子の祖父は旧軍人だったそうです。終戦後にそこに住み始めたと」
「では、我々の意向を酌んだ北海道警察斜里警察署が老人ホームを数日間調査している間、堀田さんには私の部下と共に農家側から洞窟掘削を頼む」
 公安調査庁は、戦前の特高警察、国内外のスパイ工作秘密機関等のDNAを引き継いでいるが、家宅捜査権、逮捕権の権限はない。そこで札幌公安調査局の野村らは、北海道警察本部にいるコネを利用した。道警斜里警察の捜査の名目は『違反建築の疑い』である。違反建築。これは事前に調査済みだった。
 ‶ハピネス倶楽部〟の老人ホームは、まだ完成していなく、入居者募集もしていない。職員らしき者が6人泊まり込んでいるだけである。
「河田先生の教え子たちが、準備万端です」陸人が応えた。
「急いでも3日はかかりそうだな?」市川が訊く。
「それ以上かも」陸人が応えた。
 小清水町に入った市川と陸人の一行は、市街地の入り口にある小清水神社の前で停まった。そこには斜里警察署のパトカー2台が待っていた。
 「これから昼飯を食いたい。老人ホームに踏み込むのは午後1時30分としたい。公安調査庁の我々は、建築指導担当スタッフということで同行しますね」市川がパトカーの警察官に言った。
「了解しています。小清水町役場の担当者たちにも連絡済みです。では、午後1時30分に――」警察官が応えた。
 陸人と市川の目的は、あくまでも三神の遺言の発掘である。終戦間際に朝鮮半島から強制徴用した約2000人の朝鮮人も関わって完成した(史実)――完成まもなく終戦となり、一度も使用されなかった――旧海軍滑走路、その南1.5キロメートルに設けられた高射砲陣地跡の洞窟内のどこかに、三神の遺言にある‶何か〟が秘匿されているはずだ。
‶ハピネス倶楽部〟の老人ホーム。そこの輩も三神の遺言にある‶何か〟を発掘しているが、まだ発見に至っていない。
『北緯42度45分。東経140度90分。北緯43度85分。東経144度50分』
 小清水町の発掘地点は、後者の方・北緯43度85分、東経144度50分である。ちなみに前者は支笏湖付近であるが。(なお、この暗号のような数値と詩は、物語の始めのところに描かれている)
『女神の暗号にある財宝とU500』。U500はイエローケーキウラン500を指すようだが、洞窟内にあるのか否かは不明である。
 午後1時30分。市川らが道警斜里警察署の警官らと「老人ホーム」に立ち入った。職員の反発、抵抗はなかった。この老人ホームはRC造である。町役場の担当者と市川らは、重箱の隅を突く。設計図書との整合性の無い点を探していく。
 市川は違反建築に知悉しているスタッフを同行させていた。もっぱらそのスタッフが違反の確認に当たった。市川から、3日間以上じっくりと時間をかけることを命じられていたので、市川の部下は、町役場の担当者を違反箇所へとこまごまと導いていった。
 一方、陸人と田上、市川の部下2名は、老人ホーム裏側に建つ農家の納屋にいた。その納屋から、貯蔵用の洞窟内に入れる。すでに洞窟内には、河田前町長の教え子協力者が10人ほどいた。市川が用意した削岩機などの発掘装備もあった。緯度から算定すると、目標の地点までは10メートル強掘り進むことになる。この洞窟に接する納屋は、小清水市街地のはずれにあり、隣家の老人ホーム以外の家はかなり離れている。掘削の騒音。掘削残土処理。これらはそう気にする必要はなさそうだった。
 市川がインカムで陸人に告げた。
<掘削を開始だ! ブツが見つかるまで連絡を絶つ>
 陸人が応えた。
<了解。発掘を開始します>
 この会話と掘削作業は、札幌の大学研究室にいた海人と榊原にLIVEでPC画面に映っていた。陸人は海底資源地層の発見が専門だが、地表浅い所の穴掘りは海人たちが専門である。陸人は弟・海人と榊原にアドバイスを頼んでいた。
 削岩機2台が75年前の洞窟奥を突く。表面の火山岩がボロボロと崩れる。
<兄さん。奥表面1メートル削ったら連絡してくれ。そこでいったん観察するよ>
 作業は夜11時過ぎまで続いた。
<海人。表面1メートルを削ったぞ。見てくれ>陸人が伝えた。
 海人と榊原がLIVEモニター画面を見つめた。
<兄さん。中央部の下部のところ、直径1メートルが少し色が変わっている>
<榊原ですが、私もそう思います>
 陸人が返事をした。
<じゃあ、ここを重点的に掘ってみる>
 これから3時間かけて5メートルほど掘り進めた。人ひとりが通れる穴が開いた。LIVEカメラがその穴奥を映す。
 モニター画面を見ていた海人が言った。
<兄さん。側面を映してくれ。右側だが>カメラが側面を映す。ん?
<英子さん。この側面に違和感があるのだが>海人が榊原に訊いた。
<礫岩層なのに、そこだけ、そうでないような……>
<英子さん。礫岩に擬した感じだな?>海人が言う。
<少し表面が滑らかに見えます。それは人の手が入ったもの……>榊原がわずかな変化に気づいた。偽の壁?
<これは自然岩ではないな。兄さん。側面右壁を掘ってくれ>海人が言った。
 河田前町長の教え子たちが削岩機で側面を掘り崩す。50センチメートルの壁を穿つ。削岩機を止めた教え子が「おお!」と叫んだ。
 海人たちのモニター画面がそれを映した。古墳の羨道部のような空間が現れたのだ。
<兄さん。そこの空気汚染に注意だ>
<了解した。皆、防毒マスクを着けてくれ>
<兄さん。放射能検知器の数値は?>
<おっ。ちょっと触れているぞ。安全値の範囲で>
<その羨道部で一番放射能値が高いところを見つけてくれ。兄さん>
<分かった>陸人が放射能検知器を壁に当てていく。羨道部の右側面に検知器を当てた。放射能検知器がピーピーと音を立て、針が一気に振れた。やばい!
<海人よ。放射能線量が危険値になったぞ!>
<兄さん。急ぎ戻ってくれ! 危険だ!>
<皆、ここから急ぎ出てくれ!>陸人が叫んだ。
 この時、すでに夜半が過ぎていた。掘り進んだのは5メートル強だった。
<兄さん。とりあえず転進だ。いま十鳥さんと相談する>そう告げて海人は十鳥のスマホにかけた。
 海人から状況を聞いた十鳥が訊いてきた。
<堀田先生よ。穴倉の放射能線量が高いところに、三神の遺言があるのではないだろうか?>
 海人もそう思った――宝のあるところの入り口には、とかく危険な仕掛けがあるものだ。それだ! 十鳥さんの言う通りだ!
<英子さん。放射線量の高いところが、三上(三神)の遺言が眠る場所の入り口だと思うのだが……>海人が榊原に言った。
 榊原が大きく頷いた。
 十鳥が言った。
<よし! 札幌公安調査局の野村局長に連絡し、朝7時までに自衛隊放射能専門要員たちを行かす。そういうこともあろうと、準備態勢をとっていたのだよ。彼らはヘリで行くぞ。ああそうだった。老人ホーム内に洞窟への入り口があったが、10メートルで行き止まり状態となったままだったとの報告がある。巨大な岩盤で先に掘り進めなかったそうだ。これをいわゆる岩盤規制というのだろう。要は洞窟への入り口ではない、と奴らは踏んでいたそうだよ。いずれにせよ、市川局長代理らは、なんだかんだと屁理屈を並べて老人ホームに皆を釘付けにしている。朝まで休んだら良い>十鳥が海人たちに告げた。さらに十鳥が付け加えた。
<そうそう、市川さんらとは、事が終わるまで接触をしないほうが良い。お兄さんたちの発掘がばれないためにも>
<兄はそう理解しているようだよ。十鳥さん>
<そうだよな。愚問だった。俺も歳をとったようだな>
 急に海人は、十鳥の成果が気になった。
<十鳥さんの方は?>
<こっちは、紫藤1佐から心の蔵を取ったぞ>
<まさか……殺したんじゃ……>海人が真面目にそう受け止めた。
<堀田先生よ。俺は殺生が嫌な性質だ。紫藤1佐から情報のすべてを頂いたのだよ。親父ギャグだぜ>
<それで官邸を屈服させることができそうですか?>海人が訊いた。
<まだだな。やはり三神の遺言次第かな。。それにかかっているようだ。先生方もお兄さんに全知全能で協力してくれ>
<全知全能? 神がかった言い方だよ。十鳥さん>
<こういう場合は、祈りしかないぞ。先生たちよ>いつもの十鳥らしい応え方だった。5分5分ということか! それともイチかバチか? 山師のようだな――

官邸内

 首を切った瀬戸際の後釜に首相側近の矢倍一郎(やばいいちろう)衆議院議員が、副官房長官に就任していた。矢倍は警察庁官僚出身の政治家で、首相の影の後始末屋と言われていた。首相の不祥事に不都合な書類・データを意図も容易く「無いもの」にする強引な手法を取る男だった。ゆえに後始末屋なのだ。
 朝8時30分。矢倍副官房長官は副官房室の椅子に座り、‶エゾッソ号事件〟の後始末を練っていた。矢倍の頭の回路は、不法入国していたイスラム原理主義過激派による日露経済協力政策へのテロ行為とさせるシナリオが描かれていた。そしてそのテロ行為を阻止したのは、自衛隊特殊部隊であるべきだ、と。この捏造を練りに練っていたのだった。彼のシナリオには、ダーティーボム、教祖三神も登場していない。むろん、十鳥チームも存在してはいない。さらに十鳥らの裏の動きと、札幌公安調査局の野村らの動向も、矢倍副官房長官は知らなかった。
 矢倍が「これで良いだろう」と安堵すると、デスクのボタンを押した。
「官房長官はおられますか?」
「はい。今しがた官房長官室に参りました」秘書が応えた。ほぼ同時に官房長官が出た。
「矢倍です。処理案を作成しましたので、これから伺います」
「はい。官邸に害のない‶エゾッソ号事件の修正処理案〟が出来ました。ではさっそく」
 この会話を十鳥が残置していた‶壁の耳〟が盗聴していた。
 ‶壁の耳〟の担当者要員が、十鳥のスマホに矢倍副官房長官の生の声を送信した。

小清水

 朝7時過ぎ、十鳥が言っていた‶自衛隊放射能専門要員〟が乗った陸自のヘリが、小山近くの畑に舞い降りた。彼らは第7師団千歳基地所属の近代化対応部隊員だった。十鳥から言われた札幌公安調査局の野村が万が一に備え、基地司令との個人的な関係――高校の同級生だった――と、旧海軍跡での放射能物質発見時を想定した事態への対応を要請していた。表向きは‶旧海軍が廃棄した砲弾類が出た〟ケースとしての事だったが、小清水町の了解も取り付けていた。これには河田前町長が絡んでいたが。
 幸い人目に触れないうちに、‶自衛隊放射能専門要員〟が洞窟内に入って行った。彼らは3時間経った時、洞窟から出て来た。筒状の放射能物質対応容器3個をヘリへ運び込んだ。
「洞窟内の放射能物質は、1㎥ほどで精製前のU500でした。あの特殊容器に収納しました。安全を確保しました」自衛隊責任者が札幌公安調査局の要員に言った。
「処理は内密に」公安の要員が言った。
「ええ、上司からそう指示されていますので」
 この数分後、自衛隊のヘリは畑から飛び立って行った。
 
定山渓秘密拠点

 
札幌公安調査局の秘密拠点にいる十鳥に‶壁の耳〟から連絡が入っていた。野村局長とその‶生の会話〟を聴いた。
「野村局長よ。官邸の得意技が出て来たぞ。官邸に害のない‶エゾッソ号事件の修正処理案〟だと。呆れるほどの有を無にする違法行為を、よくも繰り返す官邸の野郎どもだ。許せん!」
「十鳥さん。公僕の我々らしく、官邸のあくどい違法行為と最後まで戦わなきゃね」
「問題は、どうやって我々公僕が官邸どもに勝つか、だな?」十鳥がまなじりを上げた。
「十鳥さん。やはり三神の遺言次第だよ。もし遺言通り、何かが出たらそれを武器に使うとしよう。先ほど自衛隊千歳基地の司令から連絡があった。洞窟内から放射能物質を回収したと。その状態は、入り口を意図的に放射能物質の混じった粘土で塞いでいたようだ」
「じゃあ、確かな何かがある、ということだ。我々も発掘をLIVEで見るとしよう」十鳥の口調に力がこもっていた。

小清水

 昼過ぎから、陸人らの洞窟内の掘削作業が再開された。放射能検知器はおとなしかった。ほっぱりと開いた穴。そこから陸人たちは照明付きのファイバースコープを差し込んでいく。同時に、小型放射能検知器のケーブルも入れた。モニター画面には、ぼやっと穴倉の大きさが見える。約12畳と広く、天井も2メートルと高かった。スコープが側面の壁を舐めていく。意外と新しい木製の棚が壁を取り囲んでいる。棚は空だった。放射能数値はゼロ。
 スコープが奥の壁にいく――。
 札幌の大学研究室で、海人と榊原がモニター画面を凝視している。ん?
<兄さん。ストップ!>海人が叫んだ。
<何だ! 海人!>陸人も叫ぶ。木製棚の奥の壁をスコープが映しているが、何の変哲もない壁だったからだ。
<スコープを岩壁に接眼してくれ。少しづつ横に動かしながら>海人が言う。
<ストップ! 拡大してくれ!>海人が叫んだ。
 モニター画面に拡大した礫岩の粒が映った。
<英子さん。この礫岩粒はまわりの礫岩と違うな?>海人が榊原に訊く。
<海人さん。この礫岩粒には苔類が着いていません。新しい粒です>榊原が応えた。
<兄さん。そこの礫岩壁を穿ってくれ! 放射能に気を付けて!>
<分かった!>
 河田前町長の教え子たちが2台の削岩機を唸らせた。公安の要員が放射能検知器を、彼らの横で壁に当てる。10分で直径1メートルの穴が開いた。放射能値はゼロ。陸人らがファイバースコープを穿った穴に入れていく。放射能検知器のファイバーと一緒に。映った! 放射能数値ゼロ!
 海人たちのモニター画面、十鳥たちのモニター画面に、穴倉の全体が見えた。壁・天井・床がヒノキ張りで出来ていた。4畳ほどの広さ。2メートルの高さの部屋だった。そしてモニター画面が大きな木箱4個を映した。天上部に小さな換気口。床部にも給気口が数個見える。完璧に空調されている秘密の部屋だった。
 海人が十鳥のスマホにかけた。
<十鳥さん。木箱4個をここで開けるのか? それとも運び出すのか?>
<堀田先生よ。ちょっと待ってくれ>
 十鳥が野村局長に訊いた。野村の応えは「運び出し、この秘密拠点で箱を開ける」だった。
<堀田先生よ。運び出すことにした>この十鳥の会話は陸人のインカムにも伝わっている。
 陸人が告げた。
<手伝ってくれている教え子たちからトラックを借りて木箱を載せる。変な輩に襲われないように手配してほしい>
 野村局長が応えた。
<私の部下たちが運転と警備に当たる。堀田陸人先生は、洞窟の入り口を厳重に塞いでくれ。申し訳ないが>
<了解した。私と田上は明日東京に戻る。協力していただいた前町長と教え子の皆さんにご挨拶するよ。木箱の中身を、後日教えてほしいものです>陸人が言った。
<堀田先生たちよ、感謝する。明日以降になるが、中身は必ず教える>十鳥が言った。

官邸内
 
 官邸内の部屋にいた矢倍副官房長官にも、小清水町に関する事態についての報告が入った。それは第7師団千歳基地の副司令からだった。詳細を聞いた矢倍は、自分が描いた絵に泥を塗られる思いがした。この俺を舐めやがって! 許せん!
 矢倍はデスクの直通電話を取った。(これは盗聴の恐れはない)
「官房長官。緊急の報告があります――ええ、私の立案した‶エゾッソ号事件の修正処理案〟に支障のある事態が生起しました――ええ、そうです。緊急の案件ですので――ありがとうございます。直ちに参ります」
 この矢倍の通話を‶壁の耳〟が盗聴していた。当番の‶壁の耳〟担当者が、十鳥のスマホに報告した。

定山渓の秘密拠点
 
 夜8時過ぎだった。十鳥のスマホに‶壁の耳〟から連絡が入った。
「野村さん。矢倍副官房長官に小清水の事がばれたようだ。いや、ばれた。時間の問題だったがね」
「十鳥さん。予測より早かったですね」野村が意に返さず言う。多勢――政府の情報機関は網の目のように張めぐられている――には所詮適う筈もない。よくここまでやってこれた事自体が奇跡なんだ。孤軍奮闘の十鳥さんは、神がかっているから可能だったのだ。野村の心はそう言っていた。
「野村局長。思いついたのだが、あの木箱4個は堀田海人先生たちの大学研究室に運び入れたらどうかな? ここが秘密拠点ではあるが、官邸の秘密機関がそう時間をかけず見つけそうに思うのだが」
 野村が十鳥の目を見た。十鳥は鳥目ではなかった!
「十鳥さんの危惧する通りのようだ。洞穴だろうが、地中から出た古物は、大学の研究室に運ぶべきですね」と野村が応えて、木箱を運んでいる要員に連絡した。搬入先は、堀田海人準教授の研究室だ、と。その横では、十鳥がミハイルに連絡していた。
<白鳥教授と緊急の連絡を取りたい>
 この15分後、白鳥教授から十鳥のスマホに連絡が入った。説明する十鳥。了承する白鳥教授。それを確認した十鳥が、海人に連絡する。
<堀田せんせいたちよ。洞窟の木箱は先生の狭い研究室に運ぶことにした。某所の発掘遺跡の産物だからだ。まさにパンドラの箱、木箱だよ>
<いま白鳥教授から連絡がありました。部屋を榊原助手が片づけています>
<堀田先生よ。私の可愛い娘を大事にしてくれ。まだ嫁入り前だし、私の箱入れ娘なんだからな>
<十鳥さん。お気持ちは十分理解していますよ。木箱から魔女が出るほど>
<そうでなきゃな、堀田海人先生よ>
 十鳥が思いついたように唐突に訊いた。
<先生よ。地下鉄はどこから入れるのか? 三神らはどこからこの洞窟に出入りしていたんだ?>
 海人は応えた。
<私たちと同じでは入り口からだよ。それしかあり得ない。納屋の所有者ですが元は、旧軍人だったと聞いている。三上の父親と何らかの関係があった、と思うよ。それに三上(三神)は白血球の病に罹っていた――あの放射能物質に直接触れていたのではないだろうか、とも思っているよ。そうそう、孫にあたる所有者の教え子によると、三上の父親が東京から来ていたようだし、孫の所有者になっても、三上権太は、内密な旧海軍遺跡調査と言って、多額の謝礼で出入りしていたそうですよ>

海人の研究室

 木箱4個が海人の研究室に運び込まれたのは、夜12近くだった。
 木箱の搬入時に、十鳥と札幌公安調査局の野村、市川も一緒だった。S班長と野村の部下たち要員は、大学の正門と裏門の警備に当たった。
 狭い海人の研究室が木箱4個で埋まった。
 十鳥が海人と榊原に言った。
「俺たちは、先生方の指示通りに動くから、遠慮なく言ってくれ。これは考古学研究と同列の物でもあるぞ」
「それじゃ、私と榊原助手は、発掘物の鑑定をしますね。念のため、傍に放射能検知器を置きます。防毒ガスマスクも。それではその上にある木箱から開けますよ」海人たちは白手袋をはいた(北海道弁)。標準語では、手袋をつける。
 海人がバールで木箱の蓋を開けていく。1畳大の木箱の蓋が、鈍い音を立て開いていく。野村局長が放射能検知器を近づける。放射能値はゼロ。ファイバースコープを木箱の中に入れる。毒ガス感知器の反応はない。十鳥がモニター画面を見る。
 木箱の蓋が開いた。海人が中を覗いた。
「いませんね。パンドラの魔女は――あるのは古い資料冊子類です」冊子を手に取り、海人はぱらぱらと捲りながら読む。次々と。
「十鳥さん。これらは戦前の軍部の機密資料のようです。なるほど」海人が頷き読む。焼却処分されたはずの軍部司令部の機密資料だった。10冊分のすべてが。海人が手を底部に入れ確認する。この木箱にはそれらの機密資料だけだった。具体的内容は未読。
「十鳥さん。この箱は終えていいですか? 機密資料の内容は、後程読んでください」海人が言った。次の木箱の蓋が開けられていく。中身はすべてが旧軍部の機密書類冊子だった。3個目の木箱が開けられた。
 中を覗いた海人が、おお! と声を張り上げた。
「どうした! 先生よ! 魔女がいたか?」十鳥が訊いた。
「木箱の中に茶箱大の木箱が4個あります。開けて良いですか?」海人が訊いた。
「開けて良いぞ!」十鳥が言う。安全そうだ! 開けろ!
 海人が茶箱大の木箱を開けていく。1個目。
「出た! 魔女だ!」海人が叫んだ。そして皆に言った。
「ほら見てご覧」
 皆が顔を揃えて木箱の中を覗いた。4個の箱には、大量のピンクダイヤモンド粒が光っていた。その箱の蓋に『上海』『南京』などと中国の都市名が記載されているラベルが貼ってある。
 十鳥は、ふと思った――このダイヤモンドの所有者は誰になるんだ! 後の問題だな!
「底部に記録冊子が5冊ありますよ。後で読んでください」海人が言う。
「よし。最後の木箱を開けよう」十鳥が言った。
 海人が蓋を開けた。中から冊子類を取り出し、パラパラと捲っていく。海人の手が止まった。
「どうした? 堀田先生よ」十鳥が訊いた。
「これは戦後の資料のようです。ざっとですが、歴代の政治家たちの名が記載され――裏金かな? 拠出した金額が載っています。随分と詳細に」海人が応えた。
「これで全てかな?」十鳥が訊く。
「一応、すべてですが、冊子類の内容に重大な記載があるものと推察します」海人が応えた。
「よし。一服して、個々で冊子の読みに当たるとしよう」十鳥がタバコを取り出す。
 夜1時半だった――。
 缶コーヒーを飲みながら冊子を読んでいた榊原が、
「最初の木箱の軍機密冊子を読んでみたら、驚く内容が記載されていますわ」と言った。それは官邸の、いわゆる修正歴史認識を覆す内容だったのだ。この1冊子だけでも。
 榊原が2冊目を読む。
「またそういう内容ですわ。植民地支配下の各軍関係の機密書類ですし、秘密謀略機関の機密書類です」
 海人がそれらを読む。
「ほほっ。従軍強制慰安婦の事とか、強制徴用工関係とかが具体的に記載されているぞ。これらの冊子は軍部の極秘印が押されているものだ。存在しないと言われている資料だ。歴史研究資料どころか、現政権の外交姿勢に影響を与えるものですよ」
「先生方よ。官邸が知ったら、腰を抜かす内容か?」十鳥が訊いた。
「脱糞する内容でしょうね。木箱にある冊子資料のすべてが、政権を揺るがすものなのでしょう。三上(三神)の遺言だけある」海人が応えた。
 十鳥は、眠気を堪えることなく椅子に身を任せていたが、脳裏は休んでいなかった。
『この膨大な資料類を、どう活用すべきか。‶エゾッソ号テロ事件の真実〟を国民に知らせるべきか。ハムレットならぬハムサンドの気分だ』
 脳裏に別な自分が現れた。憤怒の俺だった。それを見た十鳥は、静かに目を閉じていった。

(続く)
 

 (追記)
 このブログ長編冒険小説。約10カ月経ち、最終章となりました。あと2回掲載で物語は「了」となる予定です。これまで書いた分量は、原稿用紙換算で約1000枚のような気がします。内容の是非・良し悪しは別として、堪え難きを耐え、ご拝読いただいている方々に心より感謝申し上げます。なお、失礼ながら、著者の私自身が大まかなプロットを頼りにしており、関係性及び相関性がぼやっとしている感があるような気がしております。誤字脱字及び語の非統一性がありますが、ご容赦の程。






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最終更新日  2020年01月09日 21時29分14秒
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