カテゴリ:本
夏目漱石で1作と言われたら、「門」をあげたいです。
友人の恋人を奪ってしまった男性の「罪」の意識を掘り下げた心理小説。最初は世間によくありそうな夫婦の生活描写で淡々と始まり、主人公の家族環境やらを長々とあげつつ、2人の「罪」を行間のあちこちでほのめかす。出逢いと出奔のいきさつはさらりと運んでしまいますが、2人が子供を3人も喪ったという悲劇が埋め込まれるのはなかなか凄い。 劇的展開らしきものが訪れるのは、主人公が、知人を介してかつて裏切った友人の噂を聞き、彼が身近に現れそうだと知った時。「蒼い顔をして」知人の家を出た主人公は、禅寺の門を叩きます。けれど悟りなど開ける訳もなく、山をおりてまた知人の家に行き、友人が去ったと聞いて「脇の下から汗が出た」。 そしてまた夫婦には、いつも通りの生活が訪れます。「これに似た不安はこれからさき何度でも、いろいろな程度において、繰り返さなければすまないような、虫の知らせがどこかにあった。それを繰り返させるのは天のことであった。それを逃げて回るのは宗助のことであった」。 すぱんすぱんと切れ味のいい、けれど中身がぎっしり詰まった、そして発見に満ちた文章(「そうだそうだ」とか「なるほどそうだ」と言いたくなる文章)。私にとって漱石の最大の魅力はそこにあります。「門」は、それを満喫させてくれる作品です。いっとき、このような漱石の文章が、やはり切れ味がよくて、中身がぎっしり詰まったヴェルディの音楽のようだと感じたことがありました。 例えばこんなくだり。 世間に顔向けできないことをしてしまった2人は、「外に向かって成長する余地を見いだしえなかった」ので「内に向かって深く延び始めた」。「彼らの生活は広さを失うと同時に、深さを増してきた」。 かっこいいなあ。 一方で、漱石はワーグナーみたいだ(!)という意見もどこかで目にしました。時にくどくどしく回りながら真実に近づいていくからでしょうか。贔屓の芸術家との共通点を見出したくなる、それはその作家が凄いことの、そしてその作家や作品にのめり込んでいることの、一つの証左かもしれません。 詳細はこちらから。 夏目漱石「門」新潮文庫 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
May 10, 2020 11:15:45 AM
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