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加藤浩子の La bella vita(美しき人生)

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March 14, 2022
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カテゴリ:音楽
明日、命が終わっても悔いはない。
 昨日、新国立劇場で「椿姫」の公演を聴きながら、ふとそう思いました。
 なぜって、これほど美しい音楽にたくさん満たされてきた人生だから。
 それがどれほど幸せなことだったか、その思いを噛みしめずにはいられなかったのです。

 普段から、「いつ死んでも悔いはない」と思っていることは確かです。いえ、自分の人生が100点満点だと思っているわけじゃないし、これからやりたいこともたくさんあります。自分にとっての本当の夢を成就させるのはこれからだとも思っています。けれどもし、明日命が終わると言われても、受け入れることはできると思う。次の人生もあるし(と思ってます。輪廻転生)。たくさん幸せな思いをさせてもらえたから。そしてその大半は「音楽」がくれたものでした。音楽に出会えて本当に幸せです。
 その思いが、「椿姫」を聴きながら、何度も胸をよぎったのです。

 もちろん、ロシアのウクライナ侵攻という異常な事態が心にあったことは確かです。そして今回指揮をとったユルケヴィッチ氏はウクライナの出身。現在はモルドバの劇場でポストを持っているので、そちらに帰るようですが、どれほど辛い思いをなさっているかつい想像してしまいます。けれど「音楽」と共にある間は、それに没頭できる。「音楽」を、キャストの皆さんと、客席と、共有できる。これが奇跡でなくてなんでしょうか。
 
 公演の水準はもちろん高かったです。主役の中村恵理さんは、本来の声は繊細でやや華奢、高音域に煌めきがあり、声だけとればベルカント的なヴィオレッタですが、プッチーニなどで培った劇的表現力が素晴らしい。そういう点では第2幕以降が見せ場。第3幕は圧巻でした。他の登場人物が背景に退いている演出(ブサール演出)なので、中村さんの一人舞台。「さようなら、過ぎた日よ」のアリアは絶唱でした。第2番ではまさに渾身の力を振り絞った歌唱。ヴィオレッタの絶望がひしひしと伝わり、目頭が熱くなりました。 
 (中村さんの繊細でキラキラした「声」自体の魅力が生きるのは、例えば「リゴレット」のジルダ役だと思うのですが、ご自身はこの役に興味を持たれていないようで、個人的には残念です)

 収穫は2人の外国人キャスト。アルフレード役のイタリア人マッテオ・デソーレは甘く明るく豊かな、これぞリリックテノール!の声。声に余裕があり、まっすぐに飛ぶ響きは役柄にもぴったりです。キャリアを見ると、すでにヨーロッパ各地の劇場で歌っているよう。今回きてくれた事は僥倖です。
 ジェルモン役のゲジム・ミシュケタもよく響く美声で、とても「人のいい」ジェルモン役を好演。キャラクターの描き方が明確で、公演の輪郭が明瞭になりました。「プロヴァンスの海と陸」では美声を堂々とひっぱり、客席を沸かせていました。
 
 ユルケヴィッチの指揮も、「オペラ職人」として大変好感が持てるもの。極端な事はしませんが(例えば昨年秋にサントリーホールで「椿姫」を指揮したルイゾッティのように大胆にルバートをかけたりはしない)、スコアを知り尽くし、その場その場の情景を丁寧に伝えて、誰が何をしているか、どう感じているかを的確に描きます。第2幕で、ジェルモンが登場する場面の、威圧的な歩み。ヴィオレッタの手紙を受け取ったアルフレードの、不安にかき乱された震え。そして「手紙の場」のクラリネットの、切々と漂う悲しい音色…あの部分のクラリネットがこれほど表情豊かに聴こえたのは、初めてかもしれません。巧い!その場面で、アルフレードが後ろからヴィオレッタに近づいて彼女を抱く。恋人たちが共有した「しんとした時間」。「愛」を感じました。その演出も、指揮あってこそ。今、新国立劇場のSNSなどでこの場面の写真が流れていますが、今回の公演の白眉だったかもしれません。
 
 ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、何度かオペラを見ているわけですが、昨日の「椿姫」ほど心に残る公演はありませんでした。マエストロがウクライナ人であることはもちろんですが、やはり作品も素晴らしいのだと思う。

 カーテンコールは熱かった。温かかった。主役たちへの拍手。そしてマエストロへの拍手には、客席の「私たちはウクライナと共にある」という気持ちがこもっていたと思います。反応に感激し、涙を拭うマエストロの姿がありました。劇場の方の話によると、初日には、ウクライナカラーのポケットチーフをした方も何人も見えたそう。みなさん、思い思いに、気持ちを形にしているのですね。
 会場には募金箱がありました。ちょっとわかりにくい場所で残念。もっと堂々と出していただいてもいいように思います。 

 公演は後三回あります。まだの方、ぜひお越しください。

 新国立劇場「椿姫」





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最終更新日  March 14, 2022 11:38:50 AM


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