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1952年(昭和27年)4月28日、『日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約』が発効しました。
日本の安全保障のため、アメリカ合衆国が関与し、アメリカ軍を日本国内に駐留させることなどを定めた二国間条約です。 この条約は『旧日米安保条約』と呼ばれています。 1945年(昭和20年)9月2日、日本の降伏後は連合国軍(事実上アメリカ軍)が日本を占領統治しました。 そして、日本軍は解体されました。 しかし、冷戦による東西対立が深まり、1950年(昭和25年)6月25日、朝鮮戦争が勃発しました。 北朝鮮軍の進撃を阻止するため、日本駐留のアメリカ軍は朝鮮半島に移動しました。 それを補うため警察予備隊が創設されました。 この警察予備隊が現在の自衛隊のもとになりました。 朝鮮戦争は継続していましたが、日本は共産主義陣営を除いた諸国との講和の機運が高まりました。 防衛・安全保障環境を憂えた日米両国は、日本の主権回復後もアメリカ軍が駐留することで、極東における安全保障環境を維持することとしました。 これが『日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約』の基本です。 この『旧日米安保条約』は、1960年(昭和35年)6月23日、『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』の発効により、失効しました。 これが現在も『日米同盟』の基軸となっている『新日米安保条約』です。 『安保改定』は日本の世論を二分しました。 この後、日本人は政治より経済を選びました。 その結果が『高度経済成長』です。 国防をアメリカに任せたおかげで、日本は経済だけに専念できました。 しかし、『国を守る』という精神を失ってしまったのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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