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mon journal*

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May 3, 2006
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テーマ:愛しき人へ(908)
カテゴリ:その他
           おじいちゃんにいてほしい空☆

           もしかしたらあたしは、おじいちゃんに対して
           本当に申し訳なくて、かわいそうな誤解をしていたかもしれません。

           どうかこの想いがおじいちゃんに届くことを祈って、
           日記に綴ろうと思いました。


           いま、実家の仏壇には、
           おじいちゃんとおばあちゃんが一緒にいます。


           母はいつものように、ふたりにお水を供えました。

           このひと月、おじいちゃんだけに供えていたお水を、
           おばあちゃんが来た日にはじめて2人分。


           いままで知らなかったのですが、
           お供えしたお水に気泡がでてくるのは、
           良くないとされているらしいんですよね。

           コップに炭酸がつくような、あの気泡です。


           同じように入れたはずのお水なのに、
           おばあちゃんのほうは、時間が経っても澄んだままで、
           おじいちゃんのほうのコップには、時間が経つにつれ、
           気泡がどんどん増えていきました。


           このひと月、1度もそんなことはなかったのに・・・・・


           母は、それがよくないことだと知っていて、
           おじいちゃんをとても心配してました。


           そしてその夜。

          
           おじいちゃんが母のところに来ました。


         ++++++++++++++++++++++++++++

             
           おじいちゃんは、棺に入れてあげたコートを着て、
           なにもない野原を、こっちに向かって歩いています。

           ひげはボサボサに伸びっぱなし、
           その表情も、とても苦しそうで、
           まるで亡くなる寸前のような顔で・・・・・。

           いまにも死んでしまいそうにヨロヨロとした足どりで、
           母に向かって歩いてきます。

           途中、何度も吐きながら、なんとかこっちへ来ようとするも、
           母のところにたどり着くまえにパタっと倒れて・・・・・

           そのまま消えてしまいました。


         ++++++++++++++++++++++++++++ 


           夢といってしまえばそれまでですが、
           その日のコップの水が気になっていたことと、
           その、あまりにも鮮やかな感覚が、夢とは思えなかった母。


           これはきっと、おじいちゃんからのメッセージだと母は感じて、
           父といっしょに仏壇の前でおじいちゃんに話しかけました。

          
           母の受けとったメッセージはこうです。


           * 俺も、元気だったまま、苦しまずに急に死んだわけじゃない。
                  本当は前から体がしんどかった。
                       がんばったけどダメだった。
                             どうかそれに気づいてほしい *


           そんな風に訴えたかったのかなって。


           おばあちゃんはみんなに看取られて、
           どれだけ苦しい中がんばったかを、みんな見て、聞いて、知っています。
           でも、おじいちゃんは、誰にも看取られないまま、
           たったひとりで逝ってしまいました。


           「唯一の救いは、
           おじいちゃんは、亡くなるまで元気で、幸せだっただろうということ」
           残された者はそんな風に、自分達を慰めていました。


           力尽きるほどに体が辛くても入院しなかったのは、
           おじいちゃんが望んでいたことだからなのかもしれません。

           生前から、
           「絶対に、なにがあっても入院だけはさせないでくれ」
           そう母に頼んでいました。


           とはいっても、亡くなる数ヶ月前、あるいは数週間前は、
           本当は体調がすぐれなくて、苦しかったんだと思います。

           なのに、迷惑をかけたくないばっかりに、
           誰にも助けを求めようとせず・・・・・・。


           おばあちゃんが、生きようとしてとてもがんばったことをねぎらって、
           みんな自分の本当の気持ちに気がついてくれない・・・・・。


           もしかしたらおじいちゃんは、
           それがとても寂しかったんじゃないかな。
           そんな気がします。


 
           思えば亡くなる前、
           いままで朝に開いてたはずのカーテンが
           夕方になるまで開かなくなったり、

           これまできれいに剃られていたひげが、伸びっぱなしのまま、
           ボサボサになってもそのままになっていたことが、
           体調がすぐれないサインだったとわかります。


           「家に帰れないから連れて帰ってほしい」
           そう通りすがりの知らない人に頼んでいたことも、
           おじいちゃんが亡くなってから、それを見かけた近所の人に聞きました。

           その時は、まさか体調が悪いとは思わず、
           近所の人も、
           おじいちゃんが家を忘れるわけはないのに変だね、
           なんて思っていたそうです。


           おじいちゃんが亡くなったとき、
           じつは母のところにおじいちゃんが来ていました。
           「助けてくれ・・・・」
           そういう雰囲気で、姿はなく、気配だけで・・・・


           あれ?おじいちゃん?


           そう思った瞬間、気配がなくなったので、
           母は気のせいかと思って寝たのですが、
           いま思えば、あれは気のせいなんかではなくて、

           ほんとは
           「病院に連れて行ってほしい、助けてほしい」
           そう言いに来たいと思っても、
           体の方はもう動かず、
           おじいちゃんの心だけが助けを求めに来たんじゃないのかな。
           そう思えます。


           あたしは、ポッケから出てきたラーメン屋さんのレシートだけで、
           おじいちゃんは亡くなる直前まで元気だったんだと、
           勝手にそう思い込んでいました。
           食べれたかどうかもわからないのに・・・・・。


           おじいちゃんは本当に気丈な人で、
           70歳過ぎて腰を損傷し、
           もう歩けないかもしれない、という診断を受けても、
           「なんでも1人でやるから、迷惑は絶対にかけないから」といって、
           担架に乗せられてしか移動できない状態で無理に退院して、
           這って移動することから始めて、
           ひとりで努力して歩けるようになった人です。


           そんな風に、ひとりでがんばってしまう人だからこそ、
           人に弱さを見せない心の中が、
           ほんとはどんな風だったのか察してあげることが大事だし、
           誰にも気づいてもらえなかったら、
           本人はとても寂しい気持ちになるんだろうな。

           そう思います。


           そんなことを仏壇の前で両親がおじいちゃんに話しながら、
           お水を替えてあげました。


           そのお水はいまも、澄んだままです。


           もしこれが、
           おじいちゃんの伝えたかったことが正確に理解できた証拠ならば、
           とても安心します。

          
           これが偶然かどうかは別として、あたしはそう信じたいです。


           亡くなった人は、言葉で気持ちを伝えることができないから、
           小さなサインを見逃さずに、
           亡くなった人の気持ちをくんでいこうとする姿勢は
           本当に大事なんだなぁと、そう実感しているちょんすけです。

           
           おじいちゃん、

           いまは、このきれいな空を安心して羽ばたいているのかな?
           どうか、どうか、そうであってほしい。


           大好きなおじいちゃんが、
           おばあちゃんと一緒に永遠の幸せを手に入れること。
           それが家族みんなの願いなんだよ。


           おじいちゃんに頼られて迷惑だと思う家族なんて、
           ひとりもいないんだからね。



           遠い空の彼方まで、この想いが届くといいな。      

           
          
           


                      
           
           






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Last updated  May 3, 2006 07:09:30 PM
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