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2022.10.29
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第二十一回


米にコクゾー虫がわかなくなった原因は、DDT、BHC、ドリン系農薬によるものだ。(いずれも昭和46年に使用禁止となった)
それらの農薬は微量でも、長期にわたって食べ続けた場合はどうなるのか?
汗や尿で体外に排出されることがなく、体内に蓄積されるのだが、その結果を知る科学者はいない。
ところが日本人は主食を米とし、広大な米作地帯を有する。
そこで長きにわたり使用されて来た農薬がBHCと言う殺虫剤であり、実にアメリカ人の数十倍のものを体内に蓄積しているのだ。
幸か不幸かーーこれまでに人間での臨床実験データがないためーー世界中の科学者が日本人の人体にどのような影響を及ぼすのか、固唾を飲んで見守っているというのが事実である。(これは、BHCを口にした本人のみならず、その子孫に及ぶ害を含め、世界中の科学者がデータ待ちの状況である)

複合汚染と言うのは、二種類以上の毒性物質によって汚染されることを言う。
分かりやすく言えば、排気ガスで汚染された空気を吸い、農薬で汚染されたご飯や、どんな農薬が使われたのかわからない輸入小麦で作られたパン、殺虫剤の入った緑茶などを口にし、その相加作用、相乗作用が起こることである。

農薬の恐ろしさを誰よりも知っているのが農家の人たちだった。
農薬を使うことで、その弊害に気づいたからである。
だから農家の人々は、自分の家で食べる野菜や果物には農薬を使わない。
多少、虫に喰われていたり、形がいびつであっても、かえってその方が安全で安心して口にできるものだからである。
世界では、レイチェル・カースン女史により、農薬(殺虫剤)が生物界の秩序を乱すと警告した。(昭和37年)
だが日本では、その一年前に奈良県五条市の一開業医が「農薬の害について」と言うパンフレットを自費出版していた。
その医師こそ、梁瀬義亮先生である。
梁瀬医師は、診療のあと毎晩遅くまで農薬に関するデータを研究、解析した。
だが、農薬中毒の治療法は見つからなかった。
予防策として、農薬のかかっていない食物を食べる以外に方法がないと結論づけた。
梁瀬医師の提言を信じ、協力した農家は、さっそく無農薬野菜の栽培に切り替えた。
もちろん、すべてが順風満帆ではなかったが、農薬の恐ろしさを知った農家は、多少の困難にもめげず、人間の健康と生命のために立ち上がったのである。
そこで発足したのが「慈光会」なのだ。

明治維新の後、日本政府は積極的にヨーロッパ文明を取り入れた。
だが、日本人気質でもある短兵急な当時の政治家は、学問の分野ですぐに即効性のある利益に繋がるもの以外は、切り捨てたのではなかろうか。
と言うのも、例えばイギリスでは国を支配する者にとって必須である博物学の知識は、日本では見向きもされなかった。
英国紳士にとって、野鳥観察や園芸は大自然の動きを知るための大切な趣味であり嗜みである。
土中の微生物と土上の植物、野鳥と果実そして人間とがどのように関わり合っているのかを、彼らは知識として心得ていたのだ。
水俣で猫が狂ったとき、イギリスのような博物学が進んでいれば、すぐに原因究明にとりかかり、人間に症状が現れるまでに何かしらの手を打つことができたのではと悔やまれる。
日本における水俣病の発見が遅れたのは、正にそれであろう。

全国で、有機農業や無農薬栽培の気運が高まって来ると、次に出て来るのが販売ルートの確保だった。
無農薬がいかに健康的であるとは言え、形がいびつで虫喰いのあるものを、市場には出せず、一体どこで誰が買ってくれると言うのか。
その点、メシア教(世界救世教)は自然農法が基点となっているため、全国的なメシア教の健康食品販売網によって売りさばかれていた。
一般消費者の知識が、メシア教の信者までの水準に達すれば、かなり販路は広がるのだが。

昭和37年、合成洗剤を一口飲んだ男性が亡くなった。
その後、誤飲事件や自殺未遂事件などを回避する目的で、合成洗剤をやめて石けんに切り替えようと言う市民運動が起こった。
昭和42年には川崎病が発症。
原因は不明だが、日本だけに多発している奇病である。
赤ちゃんのおむつかぶれや大人の皮膚湿疹だが、肌着を洗うのに合成洗剤から石けんに切り替えたところ、ケロリと治ったという例が多く見られた。

人類は人間の限界を忘れ、石油も、空気も、水にも限界があることを忘れている。
人間が絶対者であるかのような錯覚が、科学を支配したとき、人間は科学によって支配され、日本のような物質文明の危機にさらされることになった。
大自然の中で、人間は他の生物と同じように、折り合って暮らしていく智恵を身につけるべきである。
(了)

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最終更新日  2022.10.29 08:00:09
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