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吟遊映人 【創作室 Y】

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2023.11.25
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【 カズオ・イシグロ / わたしを離さないで 】

夏に叔母が亡くなった。
秋になって従姉も亡くなった。
2人とも心不全だった。
心臓の機能が著しく低下し、やがて生命としての役割を終えたのだ。
近しい人が忽然と亡くなると、ふだんは考えもしないことを妄想してみたりする。
例えば日本のどこかで誰かが交通事故に遭い、脳死状態になったとする。
私の従姉がたまたまそのドナーから臓器提供を受け、一命を取り留めたとしたら・・・?
あきらめていた人生を取り戻せるなんて、起死回生の術を施されたに等しいものだ。
だが叔母も従姉も臓器提供のシステムには消極的で、寿命に逆らわず、延命措置も施さず、ロウソクの火がスッと消えるように亡くなったのである。
私はそれで充分だと思った。
確かに亡くなったことは悲しい。できることならもっと長く生きて欲しかった。
だけど助かりたい一心で誰かの死を望み、臓器移植の日を今か今かと待ち構えるような立場にはなりたくないとも思う。
いや、それは私の偏見だ。
世の中には想像もつかないような身の上の方々がいる。
だから物事の一面だけを見て、臓器移植のことを批難したくないし、無責任なことは言うべきではないとも思う。
この問題は本当に難しくて、答えを容易に見つけられないことに軽い苛立ちすら覚えてしまう。
何が正解なのかはわからないけれど、事実を事実として受け入れる強さと、流れに身を任せられるしなやかさを持ち合わせていたいと思った。

そんな折、私はBOOKOFFで買ったカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を読んだ。
あらすじは次のとおり。

ヘールシャムという特殊な環境でキャシーは生活していた。
物心ついたときから両親という存在はなく、代わりに保護官により様々な教育を施されて来た。
そこで仲の良い友だちとつるんで遊んだり、ケンカしたり、また仲直りするという繰り返しだった。
キャシーがとくに仲良くしていたのはルースで、気が強く、誰にも負けていない激しい性格をしていた。
一方、癇癪持ちのトミーは、その滑稽な振る舞いからイジメの対象となっていて、皆がトミーのモノマネなどしてからかう中で、キャシーだけはそこから一歩引いているのだった。
キャシーとトミーはグループの輪からこっそり抜けて、2人きりで過ごすことがあった。2人は、皆の前では話せないような突飛なことを真剣に話したりする中で、特別な友人関係が作り上げられた。
16歳になると、キャシーの周辺は性交についてとても混乱した意見が飛び交った。
保護官のタテマエとしては、「肉体の欲求を尊重する」とのことだったが、実際には、女子寮から男子寮を訪問することは禁止されていて、またその逆も禁止されていたからだ。
普通の人にとっての性交とは、子どもを作るための行為だが、提供者であるキャシーたちには子どもができないのだ。
だが、仲間内では、性交しておかないと、将来、よい提供者になれないという意見がまことしやかに言われていた。
腎臓やすい臓が正常に機能するには、人並みの性交が必要なのだと・・・
さらには、深く愛し合う2人ならば、提供者となるまでにしばらくの猶予期間を与えられるという噂が流れた。
そんな折、ルースはトミーとカップルになって、もちろん性交もした。
ルースはトミーとだけでなく、他の男子とも性交した。
その後しばらくして2人は破局したが、キャシーの仲裁により、復縁した。
だが周囲の友人たちは皆、トミーはキャシーとカップルになるのだと思っていた。
ルースとトミーは長くは続かないだろうと思っていたのだった。

著者のカズオ・イシグロは日本人の両親のもとに生まれ、5歳のときにイギリスに移住した。
すでにイギリス国籍を取得しているため、イギリス人である。
代表作に『日の名残り』があり、英国最高の文学賞とされるブッカー賞を受賞している。
映画化もされており、名優アンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンの出演により、数々の映画賞を受賞し、話題を呼んだ。
2017年には、ノーベル文学賞を受賞した。
こんなに華々しい経歴の作家が描く世界なんて、凡人の私には理解できるはずなどない、そう思っていた。
どうせ何か社会風刺を効かせた、いわゆる反体制的な作品なのでは・・・?と。
だがそれは大いなる誤解だった。いや、少なくとも『わたしを離さないで』においては、そういう胡散臭い類のものではないことは確かである。

イギリスのどこか田舎の某所に、ひっそりとたたずむヘールシャム施設。
そこではクローン人間が将来良き提供者となるため、一般人のように教育を施され、友情を育み、青春を謳歌する。
物心ついたときから自分の臓器が誰かに移植されることを知っていて、それほど長くは生きられないことも何となく理解している。
恋を知っても愛する誰かと生涯を共にすることは叶わず、子どもはできない。
そんなクローン人間も、傷付けば涙は出るし、生(性)への欲望もある。
物語はさも実在のことのように淡々と綴られていく。
SF小説のようでありながら、淡い恋愛小説のようでもあり、実は若者向けの青春小説なのかもしれないとも思える。
絵画でシュールレアリズムという世界観を表現するダリやマグリットのような、精神の均衡を脅かされるような恐怖感もある。
とにかくスゴいと思った。
私小説とは対極のところにあるジャンルなのに、どの場面を切り取っても真実に見えてしまうのだから不思議だ。

この作品は、私がこれまで読了した本の中でも、生涯で忘れられない小説となるのは間違いない。

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ・著

​~ご参考~​





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★吟遊映人『読書案内』 第2弾(100~199)はコチラから
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最終更新日  2023.11.26 08:49:24
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