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2001年9月11日、ニューヨーク市の世界貿易センターに立っていた超高層ビル2棟に航空機が突入して炎上、ほぼ同時にバージニア州の国防総省本部庁舎、通称ペンタゴンが攻撃された。2度目の「9/11」だ。
まず8時46分にノース・タワーに最初の航空機が突っ込み、9時3分にサウス・タワーにも別の航空機が突入する。ペンタゴンが攻撃されたのは9時37分だ。ペンシルベニア州でユナイテッド航空93便が墜落したとも言われているが、そこに旅客機が落ちた痕跡は見当たらなかったという。 ペンタゴンがどのように攻撃されたかは、実際のところわかっていない。消防車が到着する前に撮影された写真では、直径が約5メートルの穴が開いているだけで航空機の残骸が見あたらず、穴の周辺部分に炎上した様子は見られない。旅客機が超低空で飛行した跡もないのだ。 言うまでもなく、軽量化された航空機が建造物に与えるダメージは大きくない。ペンタゴンで航空機が見当たらず、開いた穴が小さい理由をそこに求める人もいるのだが、世界貿易センターではビルを破壊してしまったことになっている。9時58分にサウス・タワーが垂直に崩壊、10時28分にはノース・タワーも同じように崩れ去った。そして17時20分には世界貿易センター7号館も爆破で解体されたように崩壊してしまう。 タワーが崩壊する際、消防士を含め、現場にいた多くの人が連続した爆発音を聞いたと証言している。そこで何らかの爆発物が仕掛けられていたのではないかという噂が今でも流れている。 アメリカを攻撃する計画があることは国の内外から警告されていたことがわかっていたが、そのひとつはイラクのサダム・フセイン政権からの情報だった。フセイン政権は国内でアル・カイダを徹底的に弾圧、詳しい資料も持っていた。 アメリカの支配層が航空機に対する攻撃計画を知っていたことを示唆する別の出来事もある。例えば、9/11の約1カ月前、株価の値下がりを予想して「プット・オプション」が大量に買われているのだ。その買い手はアレックス・ブラウンという会社。1998年まで同社の会長を務めていたバジー・クロンガードはその後、CIAの幹部になっている。つまりCIAがアレックス・ブラウンを隠れ蓑に使っていた。 事件後、アメリカ政府はアル・カイダの犯行だと断定するが、実際にこの武装集団が実行したのかどうかは不明だ。別の攻撃を計画していたのだが、より高度の作戦を別の集団が実行した可能性も否定できない。 そもそも、アル・カイダを編成、育成したのはアメリカの軍と情報機関である。1980年代にアメリカはサウジアラビアやパキスタンの協力を得てソ連軍と戦う「自由の戦士」としてイスラム武装勢力を作り上げたが、アル・カイダもその一部だったのだ。その後、アメリカを敵視するようになったというが、リビアやシリアではNATO(イギリス、アメリカ、フランス、トルコ)やサウジアラビア、カタールと手を組んでいる。アメリカとアル・カイダが敵対関係にあるかどうか、わからない。 多くの謎が解明されないまま、9/11を引き金にしてアメリカ政府はアフガニスタン、そしてイラクを先制攻撃、国内では憲法を機能停止にする愛国者法が制定され、その後、監視システムが強化されてファシズム化は止まるところを知らない。このファシズム化は1980年代の初頭に作られたCOGがベースになっていることは本ブログで何度か書いている。 捜査判事としてアルド・モロ元首相の暗殺やヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂の捜査を指揮、イタリアの上院議員でもあったフェルディナンド・インポシマートは9/11とNATOの秘密部隊、グラディオが実行した「緊張戦略」(詳しくは拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』を)との類似性を指摘、ICC(国際刑事裁判所)で調べるべきだと主張しているが、全く正論である。 9/11を誰が実行したかはともかく、この出来事を利用してアメリカという国のシステムを大きく変えてしまった勢力が存在することは確かだ。そして中東/北アフリカは破壊と殺戮で荒廃しつつある。この戦乱は1990年代の初頭から練られていたことも本ブログでは何度も指摘してきた。9/11は地球規模のクーデターが始まることを告げる出来事だったとも言えそうだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012.09.11 03:37:06
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