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《櫻井ジャーナル》

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2020.09.19
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 イランのナタンズにあるウラン濃縮施設が7月2日に爆破されて遠心分離機がダメージを受けたが、これはイランに核開発を止めさせるため、​警告としてイスラエルが実行したとエルサレム・ポスト紙が伝えている​。6月25日にテヘランの東で爆弾攻撃があってから十数カ所が破壊されたと見られているが、そのひとつだ。

 ウラン濃縮施設での爆破について、クウェートの新聞はイスラエルによるサイバー攻撃だとしていたが、ニューヨーク・タイムズ紙は中東の情報機関幹部の話として、​イスラエルが強力な爆弾を使って破壊した​と伝えている。今回の記事はニューヨーク・タイムズ紙に近い。

 そのニューヨーク・タイムズ紙の報道に関し、狂信的なユダヤ至上主義者と言われている​アビグドル・リーバーマン​は、その情報源としてイスラエルの情報機関モサドのヨシ・コーエン長官だとほのめかす発言をしている。

 その後、8月4日にはレバノンの港で2度の大きな爆発があった。最初は午後6時過ぎで、数分後にはさらに大きな爆発。2番目はインターネット上に流れている映像には核爆発を思わせるキノコ雲や衝撃波が映っていて、核爆発を連想させるものだった。

 最初の爆発はイスラエルが発射した対艦ミサイルガブリエル、2度目の爆発はF16が発射した核弾頭を搭載したデリラだとする話も伝えられている。ミサイルが写った映像は偽物だと宣伝されたが、いくつかの映像が残っていて、ミサイルによる攻撃だった可能性は小さくない。

 爆発があったのは港の倉庫街。爆発後に撮影された写真には大きなクレーターが写っている。その破壊力から小型核爆弾、あるいはイスラエルの新兵器が使われたとする推測が語られている。しかも爆発があった当時、アメリカ軍のP-8A哨戒機やEP-3E電子偵察機、合計4機がレバノン沖を飛行していた。

 レバノンで2005年2月にラフィク・ハリリが暗殺されたが、ハリリが乗っていた装甲車両に同乗、負傷してフランスの軍事病院で治療を受けたバッセル・フレイハンから濃縮ウランが検出されている。

 2006年7月から9月にかけてイスラエル軍はレバノンに軍事侵攻、ヒズボラに敗北しているが、その直後に現地入りしたウルスター大学のクリストファー・バスビー教授は現場で濃縮ウランを見つけたという。

 そのバスビー教授は2011年10月、イラクのファルージャで住民を調べた結果を明らかにしているが、その中で​濃縮ウランが人の髪の毛や土の中から検出された​と語っている。劣化ウラン弾ではない何らかの核兵器が使われた可能性があると言うことだ。

 言うまでもなく、中東には核兵器保有国が存在する。イスラエルだ。1986年10月にサンデー・タイムズ紙が掲載したモルデカイ・バヌヌの内部告発によると、その当時、イスラエルが保有していた核弾頭の数は150から200発。水素爆弾をすでに保有、中性子爆弾の製造も始めていたという。中性子爆弾は実戦で使う準備ができていたとしていた。使うチャンスがあれば使うということだ。

 また、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、1981年に時点でイスラエルがサイロの中に保有していた原爆の数は300発以上におよび、水爆の実験にも成功していた。(Seymour M. Hersh, "The Samson Option", Faber and Faber, 1991)ジミー・カーター元米大統領はイスラエルが保有する核兵器の数を150発だとしている。(BBC, May 26, 2008)







最終更新日  2020.09.19 03:00:45


2020.09.18
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 中国の武漢へ60名の乗客を乗せた韓国のティーウェイ航空の旅客機が到着した。この航空会社は武漢と仁川を結ぶ週1回の定期便を復活させるという。中国は感染者の入国を警戒しているようで、乗客は搭乗前の72時間を指定のホテルで過ごし、到着後は検査の後、ホテルで2週間過ごすことになっている。

 中国で感染の沈静化に成功したとなると、西側でCOVID-19(コロナウイルス感染症-2019)を使った脅しを続けることが難しい。この脅しで人びとに主権を放棄させ、社会を収容所化しているが、経済活動の麻痺に対する不満が高まり、中国の状況を見て、そのエネルギーが暴走する可能性もあるからだ。とりあえず中国に対して人びとが悪いイメージを持つようにする必要があるだろう。

 言うまでもなく、SARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)に感染した人が初めて見つかったとされているのは武漢。昨年12月31日に武漢で原因不明の肺炎患者が見つかったと中国はWHOへ報告、その後、武漢がある湖北省で11月17日に患者が出ていると確認されている。

 それがCOVID-19騒動の幕開けだったが、武漢は5G(第5世代移動通信システム)の実践の場。そこでCOVID-19の患者が見つかった意味は小さくない。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は2019年9月6日に北京で習近平国家主席と会談しているが、その翌日に武漢を訪れたが、その理由もその辺にある。

 武漢には細菌に関する研究をしていた施設も存在した。中国科学院の武漢病毒研究所だ。この研究所は米国テキサス大学のガルベストン・ナショナル研究所やカナダのNML(ナショナル細菌研究所)と共同で細菌に関する研究を実施、タミフルやレムデシビルを開発したギリアド・サイエンシズともつながる。

 NMLは2019年3月に中国へ非常に毒性の強いウィルスを秘密裏に運びこみ、中国当局から抗議されたとも言われているが、この輸送をカナダ政府は容認していたともいう。そして7月には中国のウイルス学者がNMLから追い出された。

 また武漢大学はアメリカのデューク大学と共同で昆山杜克大学を設立しているが、デューク大学はアメリカ軍の秘密兵器開発機関とも言われているDARPA(国防高等研究計画局)と結びついている。DARPAはDTRA(国防脅威削減局)と同様、2018年からコロナウイルスのコウモリからヒトへの感染に関する研究を進めていた。

 2019年10月18日にはニューヨークで、コロナウイルスが全世界で流行するというシミュレーションが実施された。​イベント201​だが、その主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、WEF(世界経済フォーラム)、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団。その​シナリオ​によると、ブラジルの農場で感染は始まり、急速に世界へ広がり、18カ月後には6500万人が死亡するとされている。

 そのシミュレーションが行われた10月18日、各国の軍人による競技会が開幕した。27日まで大会は続く。アメリカも選手団を派遣した。アメリカ人競技者は172名だが、実際に中国入りした人数は369名だという。そして武漢でCOVID-19の感染者が発見された。







最終更新日  2020.09.18 10:59:49
2020.09.17
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 ウィンストン・チャーチル1951年4月に自宅でニューヨーク・タイムズ紙のジェネラル・マネージャーだったジュリアス・アドラーに対し、​ソ連に最後通牒を突きつけ、それを拒否したなら20から30発の原爆をソ連の都市に落とすと脅そうと考えている​と話していたことを示す文書が発見されたという。1951年10月にチャーチルが首相へ返り咲く直前のことである。

 第2次世界大戦の当時からチャーチルはソ連を敵視している。アドルフ・ヒトラーの側近だったルドルフ・ヘスが単身、飛行機でスコットランドへ渡った翌月の1941年6月、ドイツ軍は全兵力の4分の3がソ連へ攻め込んだが、その際にイギリスとアメリカが傍観したのもそのためだろう。そうした米英の姿勢をヒトラーも知っていたかのようだ。

 米両国が動き始めるのはドイツ軍が43年2月にスターリングラードで降伏してから。その年の5月に慌てて両国の首脳は協議、7月にシチリア島上陸作戦を敢行した。その際、コミュニスト対策で手を組んだ相手がマフィアだ。

 スターリングラードの戦いでドイツ軍が敗亡したことによって戦争のの帰趨は決したのだが、しばらく戦争は続く。そして1945年4月にフランクリン・ルーズベルト米大統領が急死して親ファシストのウォール街がホワイトハウスを奪還、5月にドイツは降伏する。

 その直後にチャーチルはソ連に対する奇襲攻撃を目論んだ。そして作成されたのがアンシンカブル作戦。7月1日にアメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始めるというものだったが、参謀本部がこの計画を拒否したので実行されていない。

 アメリカでは1945年7月16日にニューメキシコ州のトリニティ(三位一体)実験場でプルトニウム原爆の爆発実験を行って成功した。この日程はポツダム会談が始まる前日に行いたいというハリー・トルーマンの求めで決められた。

 この成功を受けてトルーマンは原爆の投下を許可、26日にポツダム宣言が発表され、8月6日に広島へウラン型が投下された。長崎へプルトニウム型原爆が投下されたのはその3日後だ。

 チャーチルは1945年7月26日に辞任するが、46年3月にアメリカのフルトンで「鉄のカーテン演説」を行って「冷戦」の開幕を宣言、その翌年にはアメリカの​スタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得してほしいと求めている​。その5年後、チャーチルのソ連を核攻撃したいという欲望はさらに膨らんだわけだ。

 その欲望はアメリカの好戦派も共有、ソ連や中国に対する核攻撃計画を作成しはじめる。1950年代に沖縄の軍事基地化が進んだのはそのためだ。沖縄のアメリカ軍基地は攻撃のためのものであり、そこの部隊は「殴り込み」が目的だ。

 アメリカの軍や情報機関の好戦派は1957年初頭にソ連を核攻撃する目的で「ドロップショット作戦」を作成、テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、​攻撃は1963年後半に実行されることになっていた​。1963年11月22日にソ連との平和共存を訴えていたジョン・F・ケネディ大統領が暗殺され、それを口実にしてソ連との戦争を始めようという動きがあったが、これは挫折している。







最終更新日  2020.09.18 10:56:25
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 COVID-19(コロナウイルス感染症-2019)の伝染が拡大しているとしてWHO(世界保健機関)が3月11日にパンデミック(感染爆発)を宣言、世界的な規模で人びとの行動が制限され、監視体制が強化されるようになったが、そうした政策に反発する人びとの抗議活動も始まる。

 そうした中、5月25日にアメリカのミネソタ州ミネアポリスで警官に取り押さえられたジョージ・フロイドという男性が死亡するという事件が引き起こされた。マーケットで買い物をした際、フロイドから受け取った20ドル紙幣が偽札だと判断した店員は警察に通報、警官4名が駆けつけたのだ。

 その事件を切っ掛けにして、アメリカ国内では暴動が始まる。その中心にいるのは​BLM(黒人の命は大切)とアンティファ(反ファシスト)​だが、名称で中身を判断することは危険だ。アメリカやイギリスの情報機関には、目的と逆の名称を持つ団体を使ってきた過去がある。

 例えば、本ブログでも繰り返し書いてきたNATOの秘密部隊。イタリアではグラディオと呼ばれ、1960年代から80年代にかけて爆弾テロを実行、クーデターも計画した。その際、彼らは「極左」を装っている。その代表例がアルド・モロを1978年5月に誘拐し、殺したとされる「赤い旅団」だ。

 この組織はトレント大学の学生が作った左翼グループで、1974年9月に主要な幹部は逮捕されている。残されていた幹部、マリオ・モレッティはCIAとの関係が疑われている人物。CIAとグラディオの連絡将校を務めていたオズワルド・ル・ウィンターによると、赤い旅団は西側の情報機関に深く潜入されていた。(Hugh O’Shaughnessy, “GLADIO Europe’s best kept secret,” Observer, 7 June 1992)

 かつてアメリカにはブラック・パンサーと呼ばれる団体が存在した。当初は警察の暴力から身を守るというアフリカ系住民の組織だったが、日系のリチャード・アオキなる人物によって武装闘争へと導かれていった。

 支配グループに睨まれると、社会から抹殺される。場合によっては冤罪で刑務所に入れられ、殺される恐れさえあるのだが、アオキの場合、ブラック・パンサーが解散した後、教育者や大学のカウンセラーとして活動していたようだ。FBIやCIAは彼に対し、寛容である。サンフランシスコを拠点とする調査ジャーナリストのセス・ローゼンフェルドによると、アオキは「T-2」という暗号名で呼ばれていたFBIの情報屋だったという。

 BLMとアンティファは連携している。BLMを始めたアリシア・ガーザ、パトリセ・カラス、オパル・トメティはFRSO(自由の道社会主義者機構)に関係、資金援助を受けていた。FRSOは1985年に設立された「マルクス-レーニン主義者の団体」だというのだが、その当時、アメリカに勢力として「マルクス-レーニン主義者」が存在していたようには思えない。1990年にあった湾岸戦争の際に反戦運動を行ったというのだが、視界に入ってこなかった。1992年のウォルフォウィッツ・ドクトリン以降に始まったアメリカの侵略戦争でも影響力はない。1980年以降、アメリカで大規模な反戦運動は行われていない。

 そのFRSOの下にはいくつかの団体が存在、そのひとつはフォード財団、ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団、ケロッグ財団、ロックフェラー財団、ジョン・ケリー元国務長官の妻の一族が創設したハインツ基金、アイスクリームで有名なベン・アンド・ジェリー財団、ヒューレット財団などが名を連ねている。これだけの資金力があるので運動も広がったと言えるだろう。

 人種だけでなく、さまざまな差別が存在する。女性差別やLGBTも大きく取り上げられてきた。日本では被差別部落や東アジア人に対するものも深刻である。徳川時代には東アジア諸国と友好的な関係を維持してきたにもかかわらず、イギリスを後ろ盾とする明治維新の後、東アジアの人びとを差別するようになるのは政府による「反東アジア教育」、つまり洗脳の結果だ。侵略して略奪するためには、国民をそのように洗脳する必要があったのだ。その洗脳は今も生きている。

 そうした差別に反対すると主張された場合、その主張に反対する人は少ないだろう。それ自体に問題はないが、すべとの意識をそこへ集中させることは問題である。

 アメリカにおける黒人差別との戦いには長い歴史がある。その象徴的な人物はマーチン・ルーサー・キング牧師で、いまでも牧師は公民権運動の指導者として紹介される。あたかも人種差別のみに関わっていたかのように言われるのだが、
キング牧師は暗殺される直前、ベトナム戦争に反対すると声を上げていた。1967年4月4日にはニューヨークのリバーサイド教会で開かれた集会で「なぜ私はベトナムにおける戦争に反対するのか」という話をしている。

 その集会は「ベトナムを憂慮する牧師と信徒」が開いたもので、主催者は「沈黙が背信である時が来ている」と主張、キング牧師はそれに賛意を示している。

 キング牧師は大半のアメリカ国民はベトナム戦争の悲惨な現実から目をそらし、自分自身を欺いていると指摘、そうした偽りの中で生きることは精神的な奴隷状態で生きることを意味すると語った。

 ロン・ポール元下院議員によると、キング牧師の顧問たちは牧師に対してベトナム戦争に焦点を当てないよう懇願していたという。そうした発言はベトナム戦争を本格化させたリンドン・ジョンソン大統領との関係を悪化させると判断したからだ。支配システムが設定した枠はそこにある。

 しかし、キング牧師はそうしたアドバイスを無視。その結果、支配層の中で「リベラル派」とされる人々と対立することになる。リバーサイド教会での説教から1年後の1968年4月4日、キング牧師はテネシー州メンフィスのロレイン・モーテルで暗殺された。枠の外へ踏み出した結果だ。

 戦争が軍需産業や金融機関のカネ儲けに結びついていることは確かであり、政治の延長という要素もあるだろうが、少なくともアングロ・サクソンの場合、戦争は世界を制圧して富を独占するという長期戦略に基づいている。アングロ・サクソンを中心に広がった資本主義は一部の人びとが富の大半を独占するシステム。その純化した形態が新自由主義にほかならない。そこには少数の支配者と大多数の被支配者が存在する。

 そこに現代社会が抱える最大の問題があるのだが、西側ではそうした支配構造でなく、人種差別、女性差別、LGBTに人びとの目を向けさせようとする力が働いている。差別問題に集中している限り、安全だ。公民権運動から反戦へ足を踏み出した直後にキング牧師は殺されたのである。これを偶然と考えることはできない。







最終更新日  2020.09.17 03:33:07
2020.09.16
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 ロシアの親米活動家、アレクセイ・ナワリヌイが昏睡状態になった出来事でマリーナ・ペブチフなる人物が注目されている。ナワリヌイのシベリア訪問に同行していた6名のひとりで、ロシアの警察による事情聴取要請をただひとり拒否、8月22日に出国した。彼女によると、自分は「マリーナ」ではなく「マリア」であり、マリア・ペブチフは事情聴取を求められなかったとしている。

 ペブチフはイギリスの永住権を持っているが、生まれたのはロシア。1987年のことだ。ロシアでの報道によると、ナワリヌイの活動に合流したのは2009年で、その当時、イギリスの国会議員のアシスタントをしていた。

 2010年にモスクワ・ロモノソフ大学を卒業、現在はイギリスやオーストラリアで書店チェーンを経営している。彼女は反ウラジミル・プーチンの富豪、ミハイル・ホドルコフスキーやイエブゲニー・チチバルキンと親しく、資金的な後ろ盾はしっかりしているのだろう。

 ホドルコフスキーはボリス・エリツィン時代にクレムリンの腐敗勢力と手を組んで巨万の富を手にしたオリガルヒのひとり。ジャーナリストのマイケル・グロスによると、彼はソ連時代にコムソモール(全ソ連邦レーニン共産主義青年同盟)の指導者だったが、その時にリチャード・ヒューズなる人物とロシアの「モデル」をニューヨークへ送るビジネスを始めている。

 通常ならソ連当局が認めないようなビジネスで、実際、当局は出国ビザを出し渋ったという。その問題を突破できたのはホドルコフスキーのKGB人脈だった。(Michael Gross “From Russia with Sex”, New York, August 10, 1998)ソ連はKGBの中枢を支配していた腐敗勢力とやはり腐敗していたCIA人脈によって潰されたのだが、ホドルコフスキーはその末端にいたと言えるだろう。

 ちなみに、ナワリヌイの妻の父親、ボリス・アブロシモフはロンドンにおけるロシア人の財産を管理している銀行家で、元KGB。ロシアの富豪で元KGBのアレクサンダー・レベデフの同僚だという。

 その後、ホドルコフスキーはメナテプ銀行を設立した。違法送金やマネーロンダリングが目的だったとみられている。そして1995年にエネルギー会社のユーコスを買収、中小の石油会社を呑み込んでいく。その一方で1996年にはモスクワ・タイムズやサンクトペテルブルグ・タイムズを出している会社の大株主になっている。

 21世紀に入ってウラジミル・プーチンがロシアを再独立させると、ホドルコフスキーは2002年9月にジョージ・ソロスの「オープン・ソサエティ基金」をモデルにした「オープン・ロシア基金」をアメリカで創設、ヘンリー・キッシンジャーやジェイコブ・ロスチャイルドを雇い入れている。

 ホドルコフスキーは2003年10月にノボシビルスクの空港で逮捕されるが、その当時、彼はユーコスの発行済み株式のうち25から40%をアメリカの巨大石油会社、エクソン・モービルとシェブロンへ売り渡そうとしていた。(Natylie Baldwin & Kermit Heartsong, “Ukraine,“ Next Revelation Press, 2015)

 ナワリヌイの事件にはこうした人脈がある。こうした人脈の影響下にある西側の有力メディアがプーチンを攻撃するのは当然だと言えるのだが、この事件が誰にとって利益になるかも話題になっている。ロシアでの支持率が2%に満たないナワリヌイに毒を盛る必然性がプーチン政権にないからだ。

 この事件後、アメリカ政府はロシアからEUへ天然ガスを運ぶパイプライン、ノードストリーム2の建設を中止するように要求している。このパイプラインはロシアとEUを結びつけることになり、EUの自立を嫌うアメリカやイギリスの支配層は建設を止めようと必死だ。この建設において、EU側で中心的な役割を果たしてきたのがドイツ。そのドイツへナワリヌイへ運び込んだ意味は大きい。

 そもそも毒を盛られたという主張の根拠は示されていない。ドイツ軍の研究機関がそう主張し、同国の病院も同じことを言い始めただけである。

 西側は「ノビチョク(初心者)」なる神経ガスが使われたと主張している。その毒性は別の神経ガスVXの10倍だと宣伝されているが、そのVXガスの致死量は体重70キログラムの男性で10ミリグラム。ノビチョクは1ミリグラムということになる。「すごい」と思わせる数字だが、ナワリヌイは死ななかった。

 ノビチョクという名前が広く知られるようになったのは2018年のことだろう。この年の3月、イギリスのソールズベリーでセルゲイ・スクリパリとユリア・スクリパリの親子に使われたと西側の政府や有力メディアは宣伝したのだが、この時も証拠は示されず、この親子は死ななかった。

 ナワリヌイが昏睡状態になった直後に航空機は緊急着陸、オムスクの病院で治療を受けている。その病院の医師によると、昏睡状態になった原因は低血糖。彼は糖尿病を患っていることから、素直に考えれば糖尿病性ショックとも呼ばれる重度の低血糖が原因だ。







最終更新日  2020.09.17 00:25:54
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 2020年春の卒業者で内定が取り消された人は19年の約5倍で、解雇や雇い止めも増え続け、自殺者も増えていると伝えられている。COVID-19(コロナウイルス感染症-2019)の恐怖を煽っていたマスコミは、今春卒の影響は「限定的」と宣伝していたが、その深刻さを誤魔化しきれなくなってきたようだ。過去の例から考え、体を売らざるをえなくなっている女性も少なくないだろう。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、COVID-19の恐怖はアメリカやイギリスの一部支配者が有力メディアを使って作り出した幻影にすぎない。自分たちにとって都合の良い体制を築くために恐怖やショックを利用するのは彼らの常套手段だ。

 COVID-19の騒動は3月11日にWHO(世界保健機関)がパンデミック(感染爆発)を宣言したところから始まる。それを受け、3月13日にアメリカのドナルド・トランプ政権は国家緊急事態を表明、イギリスのボリス・ジョンソン首相は3月23日にロックダウン(監禁)を、そして4月7日に安倍晋三政権は緊急事態をそれぞれ宣言した。

 恐怖を煽るため、患者数や死者数を膨らませている。例えばCOVID-19が話題になり始めた当初から、死亡者は深刻な複数の持病を抱えている人が多いと指摘されていた。ヨーロッパの中で早く感染が始まったイタリアの場合、死亡した感染者の平均年齢は81歳を上回り、80%以上は複数の慢性的な病気、例えば心臓病、糖尿病、癌などを抱えていた。COVID-19が死因だと言える人は1%未満にすぎなかったという。

 本ブログでは以前にも書いたが、​イタリア健康省の科学顧問を務めるウォルター・リッチアルディ​によると、COVID-19が直接的な原因で死亡した人数は死者全体の12%。またこのウイルスが原因で死亡したとされる患者の中で96.3%の死因はこのウイルスではないと​ビットリオ・スガルビ議員は主張​している。

 ドイツではCOVID-19の危険性は通常のレベルを超えていないとし、戒厳令的な政策を推進したことは間違いだとする内務省の報告書がリークされた。​シュピーゲル誌​によると、内務省はこの文書についてステファン・コーンという内務省の官僚が個人的に書いたものにすぎないと弁明しているが、実際は同省のKM4というチームが作成したとものだという。


 アメリカの場合はヨーロッパより露骨。アメリカ上院のスコット・ジャンセン議員は4月8日にFOXニュースの番組で、病院は死人が出ると検査をしないまま死亡診断書にCOVID-19と書き込んでいると話していた。COVID-19の患者を治療すると病院が受け取れる金額が多くなり、人工呼吸器をつけるとその額は3倍になるからだという。

 PCR検査(ポリメラーゼ連鎖反応)も人びとを脅す手段として利用されている。この検査は検体内のウイルスの遺伝子を対象にしたもので、ウイルスそのものを見つけられないことは本ブログでも繰り返し書いてきた。​PCR検査の開発者で、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリス​は、この手法をウイルスの検査に使ってはならないと繰り返していたと指摘されている。

 このPCRを含む簡易検査で感染しているかどうかを判断しようとすると、実際には爆発的な感染などしていないにもかかわらずパンデミックを宣言することになりかねないのだが、そうしたことをアメリカの有力メディア、​ニューヨーク・タイムズ紙も警告​していた。

 過去の経験からCOVID-19に対して有効な薬が存在すると言われているが、有力メディアはアメリカの医療利権にとって好ましくないものは否定している。そのひとつが​抗マラリア剤として知られているヒドロキシクロロキン​。抗生物質のアジスロマイシンと一緒に処方すると効果があることは研究者や現場の少なからぬ医師が主張している。フランスの著名な微生物学者、ディジェ・ラウルを含むグループが3月の段階でこのコンビネーションが有効だと報告、アメリカ人医師のグループも同じように主張している。

 また、ヒドロキシクロロキンからヒドロキシル基を取り去った構造をしているクロロキンがコロナウイルスに対して有効だとする論文も存在する。2005年8月22日、​ウイルス・ジャーナルというNIH(国立衛生研究所)の公式刊行物​に掲載された。

 また、インターフェロン・アルファ2bもCOVID-19に有効だと言われている。この薬はキューバで研究が進んでいるのだが、その切っ掛けは1981年に同国でデング熱が流行したことにある。この流行はアメリカによる攻撃だったと見られているが、その際に有効だったのだ。

 この薬は病原体を攻撃するのではなく、リンパ球を刺激して免疫能力を高めるとされている。人間の免疫システムはCOVID-19の原因になるSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)に対しても機能しているが、そのシステムを高めるインターフェロン・アルファ2bも有効だという。免疫システムが機能しているのでSARS-CoV-2に感染しても7割から8割は症状が出ないか軽く済むのだろう。

 COVID-19を悪霊として描いている人びとはワクチンを「魔法の薬」であるかのように宣伝してきた。ワクチンの有効性や危険性に人びとが関心を持つようになると、強制的にワクチンを接種させようとしはじめる。

 それだけでなく、欧州委員会とWHO(世界保健機構)は2019年9月、共同でグローバル・ワクチン接種サミットを開催し、22年にはワクチンを接種したかどうかを示すカード/パスポートを導入しようという方針を打ち出している。ナノチップが開発され、5Gが実用化されたなら、ひとりひとりを一部の人間が監視できるようになる。

 監視するのは支配者、つまり私的権力。COVID-19を利用して資本主義の大々的に「リセット」するとWEF(世界経済フォーラム)の創設者であるクラウス・シュワブは今年6月、語っているが、リセットされた世界では主権国家ではなく私的権力が支配することになるだろう。

 こうした展開を「予測」していた人びとがいる。2010年5月、ロックフェラー財団とGBN(グローバル・ビジネス・ネットワーク)は「​技術の未来と国際的発展のためのシナリオ​」と題された報告書を発表、その中でパンデミックによる経済へのダメージが指摘されているのだ。ならば対策を考えれば良いようなものだが、そうしたことが行われたようには見えない。

 そのシナリオによると、2012年に新型インフルエンザのパンデミックが起こり、全人口の20%近くが感染、7カ月で800万人が死亡、その多くは健康な若者になるとされている。経済活動へのダメージも想定され、人や物資の国際的な移動が止まることから旅行業のような産業や販売網は特に大きなダメージを受けると見通されていた。

 また、社会的にはマスクの着用、公共施設やマーケットの入り口における体温の測定が強制され、そうした管理、監視体制はパンデミックが去った後も続くと想定。市民は安全と安定を求めて自らの主権やプライバシーを放棄、電子技術の基盤が整備されている先進国では全ての市民に生体認証が義務づけられるとされている。COVID-19後、世界は収容所になるということだ。収容所化しないと、庶民が反乱を起こす可能性がある。

 COVID-19によって経済活動は麻痺したが、この伝染病が出現する前からアメリカを中心とする経済システムは崩れ初めている。富の集中が進み、大多数の人びとが貧困化した結果だ。怒りのエネルギーは高まり続けている。そのエネルギーをコントロールするための仕組みが教育やメディアだ。

 こうした怒りが爆発しそうになったことがある。1999年11月末から12月の初めにかけてシアトルで行われた激しい抗議活動。その時、そこではWTOの会議が開かれていた。そうした新自由主義に対する抗議活動は2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されてから一気に衰退した。

 この攻撃で「アル・カイダ」という実在しない悪霊が登場、アメリカはそれを利用して国外での侵略戦争と国内での収容所化を本格化させている。COVID-19はアル・カイダに次ぐ悪霊だ。







最終更新日  2020.09.16 00:00:09
2020.09.15
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 COVID-19(コロナウイルス感染症-2019)の感染拡大を抑え込むという名目で始められた対策が世界の経済システムを麻痺させ、倒産企業や失業者を急増させている。その一方で一部の富豪は財産を増やし、そうした富豪が世界を直接統治する体制が築かれようとしている。富豪はこれを「資本主義のリセット」と呼んでいるが、富の再分配が行われるわけではない。富をさらに集中させるだけだ。

 似たようなことは1991年12月にソ連が消滅した後にも引き起こされている。大多数の人びとは貧困化、街には犯罪者や売春婦があふれたのだが、その一方でボリス・エリツィン政権と結びついた一部の人間は巨万の富を手にしている。そして誕生したのがオリガルヒだ。オリガルヒの背後にはソ連時代の情報機関KGBの腐敗勢力やアメリカやイギリスの金融資本、いわゆるウォール街やシティが存在していた。

 西側世界を支配している富豪が「資本主義のリセット」を望んでいるのは、現在のアメリカを中心にした資本主義システムが行き詰まり、立ち行かなくなっているからにほかならない。

 アメリカが資本主義システムの中心に位置できたのはドルが基軸通貨として認められたからである。ドルを発行する特権を利用して商品を購入し、戦争を続けることが容易になった。

 そのシステムを維持するためにドルを実世界から回収する仕組みが作られているが、そのひとつがペトロダラー。石油取引の決済をドルに限定させることで各国にドルを集めさせ、産油国に集まったドルをアメリカ国債や高額兵器を購入させるという形で還流させるという仕組みだ。単に産油国の余剰資金を意味しているわけではない。その代償として産油国の支配者は安全と富を保証されることになっていた。

 金融規制の大幅な緩和で肥大化した投機市場もドルを実世界から吸い上げる役割を果たしているが、その吸引力を維持するためには投機市場を拡大させ続けなければならない。つまり相場を上昇させ続けなければならない。もし相場が下がり始めたならドルが実世界へ流れ出し、ドル体制は崩れ去る。勿論、富豪の資産は急速に減少、支配力を失う。

 そこで、流れ出た資金を人為的に投機市場へ戻す必要がある。
2008年9月にリーマン・ブラザーズ・ホールディングズが連邦倒産法の適用を申請した際、アメリカ政府が「大きすぎて潰せない」ということで金融機関全体を救済、「大きすぎて罪に問えない」ということでその責任者を不問に付したが、それもそのためだ。言うまでもなく、その付けは庶民に回された。

 ドルを実世界から吸い出す仕組みが作られた理由は、アメリカの経済システムが行き詰まったからである。リチャード・ニクソン大統領が1971年8月にドルと金の交換を停止すると発表したのはそのためだ。ドルは金という裏付けをなくし、その価値を維持するためにペトロダラーの仕組みや巨大な投機市場が必要になった。

 ペトロダラーの仕組みを作り上げる過程で石油価格が暴騰している。1962年から86年までサウジアラビアの石油鉱物資源大臣を務めた​シェイク・アーメド・ザキ・ヤマニによると、1973年5月にスウェーデンで開かれた「ある秘密会議」でアメリカとイギリスの代表は400%の原油値上げを要求、認められた​という。その要求の中心にはヘンリー・キッシンジャーがいたとも言われている。

 その秘密会議とは、本ブログでもしばしば登場するビルダーバーグ・グループが開催したもの。その決定事項を実現させたのは1973年10月に勃発した第4次中東戦争だ。その直後にOPECは価格を4倍に引き上げている。

 その会議が開かれる前の月にチリでサルバドール・アジェンデ政権を倒す軍事クーデターがあった。そのクーデターを率いていたのはオーグスト・ピノチェトだが、その背後にはCIAの秘密工作部門、そしてキッシンジャーが存在していた。このクーデター後、チリでは新自由主義が導入されたわけである。そして投機市場の肥大化につながる。

 ドル体制を維持する柱のひとつがペトロダラーであり、産油国をアメリカがコントロールする必要がある。その産油国の中で最も重要な国がサウジアラビアだが、そのサウジアラビアがの体制が揺らいでいる。そうした事態を招いたのはた同国の皇太子で新自由主義を信奉しているモハンマド・ビン・サルマンの打ち出した政策。中でもダメージが大きかったと言われているのはイエメンへの軍事侵攻だ。この戦争は泥沼化して深刻な財政の悪化を招いた。

 ペトロダラーを揺るがしている原因のひとつはドル決済から離れる産油国が出てきたことにある。そうした産油国のうちイラクやリビアは潰されたが、ロシアは容易に潰せない。そこでアメリカやサウジアラビアは石油相場を暴落させる。ソ連を消滅させる際に成功した手口だ。

 WTI原油の場合、2014年5月には1バーレル当たり110ドルを超す水準にあったが、年明け直後には50ドルを切る水準まで下落、16年1月には40ドルを割り込んだ。値下がりが始まって間もない2014年9月11日にアメリカのジョン・ケリー国務長官とサウジアラビアのアブドラ国王は紅海の近くで会談、それから加速度的に下げ足を速めたことから原油相場を引き下げる謀議があったとも噂されている。

 ところが、アメリカの目論見は外れる。石油相場と同じようにロシアの通貨ルーブルも値下がりしたことからルーブル決済では問題が軽微。アメリカ支配層が望んだような効果はなかった原油価格の下落はロシアでなくサウジアラビアやアメリカの経済にダメージを与えることになった。2014年にサウジアラビアは約390億ドルの財政赤字になり、15年には約980億ドルに膨らんだという。

 ​2020年におけるサウジアラビアの財政赤字は500億ドル​と予想されていたが、これは1バーレル当たり60ドル強という前提での話。COVID-19の影響で経済活動が急減速、その影響で石油相場は今年に入ってから急落し、4月の後半には14ドルを切るところまで落ち込んでしまった。その後持ち直したものの、また40ドルを割り込んでいる。サウジアラビアの財政赤字は深刻で、金融資産が底をつくとも見られている。

 イエメンでの戦争はサウジアラビアの石油生産そのものを揺るがす事態にもなった。昨年9月14日にイエメンのフーシ派による攻撃でサウジアラビアの石油施設が大きなダメージを受けたのだ。

 その2週間後、9月28日にはサルマン国王が最も信頼していた個人的な警護の責任者だったアブドル・アジズ・アル・ファガム少将が射殺されている。少将は皇太子の政策を危険だと考えていたようだ。

 危機的な状況に陥ったサウジアラビアはイランとの関係を修復しようと考え、交渉を始めた。イラン側のメッセンジャーがガーセム・ソレイマーニー。イスラム革命防衛隊の特殊部隊とも言われているコッズ軍を指揮していた人物だが、今年(2020年)1月3日にイラクのバグダッド国際空港で暗殺された。イラクのアディル・アブドゥル-マフディ首相によると、緊張緩和に関するサウジアラビアからのメッセージに対するイランの返書をソレイマーニーは携えていたという。

 アメリカ軍がUAV(無人機、ドローン)で攻撃したのだが、ソレイマーニーの動きに関する情報をイスラエルから得ていたと言われている。アメリカとイスラエルはサウジアラビアとイランの関係修復を望んでいないということだ。

 こうした暴力的な政策に屈服する国もあるだろうが、反発も強める。実際、ソレイマーニーが暗殺された2日後、イラク議会はアメリカ軍に国外へ出て行くように求める決議を採択している。

 そして8月4日、レバノンの首都ベイルートで大きな爆発があった。インターネット上に流れている映像には核爆発を思わせるキノコ雲や衝撃波が映っている。保管されていた硝酸アンモニウムが爆発したという話が流されたが、その一方でミサイルを目撃したとする証言もあった。

 西側の有力メディアはミサイル説を偽情報だと一蹴したが、複数の映像が存在、最初の爆発はイスラエルが発射した対艦ミサイルガブリエル、2度目の爆発はF16が発射した核弾頭を搭載したデリラだとする説もある。爆発の様子やクレーターの存在などから小型核兵器、あるいは核物質を使った新型兵器だとも言われている。

 中東で小型核兵器、あるいは核物質を使った新型兵器が使われた疑いのあるケースは今回以外にもある。2006年7月から9月にかけてのレバノン侵攻でイスラエル軍はヒズボラに敗北、その際にイスラエルが誇るメルカバ4戦車も破壊されたが、その直後にウルスター大学のクリストファー・バスビー教授はレバノンへ入り、残されたクレーターを調査、濃縮ウラニウムを見つけている。レバノンやガザを走っていた自動車のフィルターからもそうした物質が発見されたという。

 ​バスビー教授はイラクの2011年10月にイラクのファルージャでも調査​、そこで濃縮ウラニウムが人の髪の毛や土の中から検出されたと語っている。

 アラブ首長国連邦とイスラエルが国交を「正常化」するとアメリカのドナルド・トランプ大統領が発表したのは、ベイルートで大きな爆発があってから9日後のことだ。







最終更新日  2020.09.15 00:00:11
2020.09.14
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 アラブ首長国連邦に続き、バーレーンがイスラエルと国交を正常化すると伝えられている。アラブ首長国連邦とイスラエルの調印式は9月15日に行われる予定だ。

 アラブ首長国連邦の場合、合意の条件としてイスラエルはヨルダン川西岸の併合を停止するとされているが、イスラエルはこの説明を否定、イスラエル駐在アメリカ大使のデイビッド・フリードマンは併合が永遠に行われないわけではないと語っている。イスラエルがヨルダン川西岸の併合を止めることはありそうもない。

 アラブ首長国やバーレーンを含むペルシャ湾岸の産油国はイギリスやアメリカに従属しているわけで、米英両国の支配者に逆らうことは難しいが、一般市民はパレスチナ人を支援しているため、ある程度のカムフラージュは必要だということだろう。

 イスラエルの建国が宣言されたのは1948年5月14日。そこには多くのアラブ系住民が住んでいたことから、追い出す必要があった。そこで1948年4月上旬には「ダーレット作戦」を始めている。これは1936年から39年にかけてシオニストがアラブ系住民を殲滅する作戦を展開した作戦の延長線上にあるとも見られている。

 シオニストの軍隊、ハガナの副官だったイェシュルン・シフがエルサレムでイルグンのモルデチャイ・ラーナンとスターン・ギャングのヨシュア・ゼイトラーに会ったのは4月6日。イルグンもスターン・ギャングもシオニストのテロ組織だ。

 その3日後にイルグンとスターン・ギャングはデイル・ヤシンという村を襲撃、住民を虐殺する。襲撃の直後に村へ入った国際赤十字の人物によると、254名が殺され、そのうち145名が女性で、そのうち35名は妊婦だった。イギリスの高等弁務官、アラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されている。少なくともこの司令官はシオニストの仲間だと言えるだろう。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005)

 こうした虐殺に怯えた住民は逃げ出したが、シオニストは予定していた地域を全て占領することができなかったと言われている。約140万人いたアラブ系住民のうち、5月だけで42万人以上がガザやトランスヨルダン(現在のヨルダン)へ移住、その後1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。国際連合は1948年12月11日に難民の帰還を認めた194号決議を採択したが、現在に至るまで実現されていない。そしてイスラエルの建国が宣言された。

 そして1967年6月5日に始まった第3次中東戦争。この年の3月から4月にかけてイスラエルはゴラン高原のシリア領にトラクターを入れて土を掘り起こし始めて挑発、シリアが威嚇射撃するとイスラエルは装甲板を取り付けたトラクターを持ち出し、シリアは迫撃砲や重火器を使うというようにエスカレートしていった。

 しかし、この時にイスラエルはシリアに対し、イスラエルに敵対的な行動を起こさなければイスラエルとエジプトが戦争になってもイスラエルはシリアに対して軍事侵攻しないと約束していた。

 軍事的な緊張が高まったことからエジプトは1967年5月15日に緊急事態を宣言、部隊をシナイ半島へ入れた。5月20日にはイスラエル軍の戦車がシナイ半島の前線地帯に現れたとする報道が流れ、エジプトは予備軍に動員令を出す。そして22日にナセル大統領はアカバ湾の封鎖を宣言した。

 イスラエルはこの封鎖を「イスラエルに対する侵略行為」だと主張、イスラエルの情報機関モサドのメイール・アミート長官が5月30日にアメリカを訪問、リンドン・ジョンソン米大統領に開戦を承諾させた。そして6月5日にイスラエル軍はエジプトに対して空爆を開始、第3次中東戦争が勃発する。

 この戦争で圧勝したイスラエル軍はガザ、ヨルダン川西岸、シナイ半島、ゴラン高原を占領している。ゴラン高原の西側3分の2は今でもイスラエルが不法占拠している。イスラエルはシリアとの約束を守らなかったのだ。

 イスラエルが勝利した理由はいくつか指摘されている。ひとつはイスラエル軍の装備がアラブ諸国を圧倒していたこと。第2にアラブ諸国が分裂していたこと。第3にシリアとの秘密合意でイスラエルは北側を心配する必要がなかったこと。第4にアメリカが偵察のために上空から撮影した写真を提供し、政治的に支援していたこと。アメリカ空軍第26戦術偵察航空団は偵察機RF4Cをイスラエルへ派遣、そこで塗装をイスラエル軍の航空機のように塗り替えている。(Alan Hart, “Zionism Volume Three”, World Focus Publishing, 2005)

 戦争が勃発した4日後にアメリカは情報収集船のリバティを地中海の東部、イスラエルの沖へ派遣するが、そのリバティをイスラエル軍は8日に攻撃している。偵察機を飛ばしてアメリカの艦船だということを確認した後の攻撃だった。ロケット弾やナパーム弾が使われているが、これは船の乗員を皆殺しにするつもりだったことを示している。

 それに対し、リバティの通信兵は壊された設備を何とか修理、アメリカ海軍の第6艦隊に遭難信号を発信するが、それをイスラエル軍はジャミングで妨害している。

 それでも空母サラトガは遭難信号を受信。この空母の甲板にはすぐ離陸できる4機のA1スカイホークがあった。艦長はその戦闘機を離陸させたが、その報告を聞いたロバート・マクナマラ国防長官は戦闘機をすぐに引き返させるように命令している。

 その後、ホワイトハウス内でどのようなことが話し合われたかは不明だが、しばらくして空母サラトガと空母アメリカは8機の戦闘機をリバティに向けて発進させた。

 ジョンソン政権で秘密工作を統括していた303委員会は1967年4月、リバティを潜水艦と一緒に地中海の東岸、イスラエル沖へ派遣するという作戦、フロントレット615を立てたと言われている。リバティを沈没させ、その責任をエジプト、あるいはソ連に押しつけて戦争を始めようとしたという見方もある。この話が事実なら、イスラエルはアメリカの弱みを握ったと言えるだろう。

 その第3次中東戦争でも建国前に予定していた地域を支配できていない。しかもこの戦争で占領した地域の一部をイスラエルは手放さざるをえなくなる。が、彼らは諦めない。そしてガザやヨルダン川西岸を攻撃しているのだが、「国際世論」はこうしたイスラエルの行動に寛容だ。ユーフラテス川とナイル川に挟まれている地域を支配しようという大イスラエル構想をイスラエルは捨てていないだろう。







最終更新日  2020.09.14 03:52:49
2020.09.13
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 安倍晋三首相が辞意を表明したことを受け、自民党では総裁選が告示され、石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長が立候補したようだ。次の総裁は9月14日に選ばれる。

 菅が最有力候補だとされている。嘘、言い訳、はぐらかしを繰り返してきたという声も聞こえてくる人物だが、安倍政権の官房長官を務めてきたということは、この人物が選ばれたなら「安倍政権」が続くことになるということ。かといって石破や岸田は具体的な政策が見えず、期待できそうにない。

 政権交代という声もあるが、安倍政権という悪夢は鳩山由紀夫降ろしから始まったことを忘れてはならない。東シナ海を「友愛の海」と呼ぶ民主党の鳩山が総理大臣に就任したのは2009年9月のこと。この主張はアメリカを支配する人びとを刺激した。

 ソ連が1991年12月に消滅すると、ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと考え、単独で行動しても文句を言える国はなくなったと判断、国連を無視するようになる。そこでネオコンは1992年2月に国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成した。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだ。

 ところが、日本側は国連中心主義から離れない。そこでマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベル国防次官補を説得してジョセイフ・ナイ国防次官補らに話を伝える。ナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表。そこには在日米軍基地の機能を強化、その使用制限の緩和/撤廃が謳われていた。日本をアメリカの戦争マシーンに組み込む青写真だとも言えるだろう。

 その当時、日本で怪事件が続いたことは本ブログで何度か指摘した。例えば、1994年6月に松本サリン事件、95年3月には地下鉄サリン事件、その直後には警察庁長官だった國松孝次が狙撃され、1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われるスターズ・アンド・ストライプ紙が日本航空123便に関する記事を掲載、その中で自衛隊の責任を示唆している。

 1995年には大和銀行ニューヨーク支店で巨額損失が発覚、98年には長銀事件と続いて銀行界に激震が走り、証券会社のスキャンダルも発覚した。こうした問題には大蔵省(現在の財務省)が深く関与していたはずだ。

 ナイ・レポートが発表された後、日本はアメリカの戦争マシーンに取り込まれていくが、その流れの前に立ち塞がったのが鳩山だった。その鳩山と近かった小沢一郎に対するスキャンダル攻勢は2006年から始まっている。週刊現代の6月3日号に「小沢一郎の“隠し資産6億円超”を暴く」という記事が掲載されたのだ。

 2009年11月には小沢の資金管理団体である陸山会の04年における土地購入に関し、政治収支報告書に虚偽記載していると「市民団体」が小沢の秘書3名を告発、翌年の1月に秘書は逮捕されている。また「別の市民団体」が小沢本人を政治資金規正法違反容疑で告発、2月には秘書3人が起訴された。

 裁判の過程で検察が「事実に反する内容の捜査報告書を作成」するなど不適切な取り調べを行ったことが判明、この告発は事実上の冤罪だということが明確になっているが、小沢潰しは成功した。そして鳩山は2010年6月に総理大事の座から引きずり下ろされたわけだ。

 鳩山の後任になった菅直人は国民の声を無視、消費税の増税と法人税の減税という巨大企業を優遇する新自由主義的政策を打ち出した。首相就任の3カ月後には海上保安庁が尖閣諸島の付近で操業していた中国の漁船を「日中漁業協定」を無視する形で取り締まり、日本と中国との友好関係を破壊する動きが本格化する。その協定を無視した取り締まりの責任者が前原誠司だ。次の野田佳彦政権も民意を無視する政策を推進したうえで「自爆解散」、2012年12月の安倍政権の誕生につながる。

 安部もネオコンと関係が深かった。特にハドソン研究所の上級副所長を務めるI・ルイス・リビー、通称スクーター・リビーだ。リビーはエール大学出身だが、そこでポール・ウォルフォウィッツの教えを受けている。ウォルフォウィッツ・ドクトリンを作成した際の中心人物だ。リビーの下にいるのがマイケル・グリーンやパトリック・クローニンである。日本における「報道」を見ると、数年前からネオコンは安倍に見切りをつけたようだが、当初は違ったということだ。

 日本が「ファイブ・アイズ」と協力関係を結びことを望んでいると河野太郎防衛相が8月12日に語ったことは本ブログでも触れた。イギリスとアメリカの情報機関を中心とする英語圏5カ国の情報機関による連合体で、イギリスとアメリカから命令が出ている。この連合体は加盟国の政府を監視する役割もある。

 そうした発言をした​河野は9月9日にCSIS(戦略国際問題研究所)のオンライン・イベントにマイケル・グリーンと共に参加​、10月に総選挙があるかもしれないと語っている。

 現在、CSISはネオコンの巣窟になっているようだが、元々は1962年にジョージタウン大学の付属機関として設立されている。創設にレイ・クラインというCIAの幹部が関係するなどCIAとの関係が強かった。その事実が発覚したことから1987年に大学と研究所との関係は解消されたことになっている。日本のマスコミがこの研究所のメンバーを登場させる理由は言うまでもないだろう。







最終更新日  2020.09.13 22:31:28
2020.09.12
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 9月11日には歴史の節目になる出来事が引き起こさている。

 例えば、2001年にはニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃された。そのショックを利用してアメリカ支配層の好戦派は国外での侵略戦争と国内での収容所化を加速させている。ステージをひとつ進めたとも言えるだろう。

 もうひとつは1973年にチリであった軍事クーデター。サルバドール・アジェンデ政権を倒したクーデターはオーグスト・ピノチェトに率いられたのだが、その後ろ盾はCIAの秘密工作部門、その背後には国家安全保障補佐官だったヘンリー・キッシンジャーがいた。

 ピノチェト体制はクーデター後、アメリカを拠点とする巨大資本のカネ儲けにとって邪魔な人々を殺害していく。邪魔者がいなくなった段階で導入したのが新自由主義だ。このシステムは強者総取りが基本で、大企業は税金と賃金を払わず、国民の資産を盗むことを認めている。労働者の権利は剥奪され、経済活動の仕組みは破壊されいくということでもある。

 フランクリン・ルーズベルトは1938年、強大な私的権力が政府を所有している状態をファシズムと定義した。私的権力が民主的国家そのものより強大になることを人びとが許すなら民主主義は危機に陥ると警鐘を鳴らしたのだ。こうした状態を目指しているのが新自由主義にほかならない。

 新自由主義はマーケットを絶対視、その正当性は議論しない。その理屈は循環論法で、理論とは言いがたい代物。信仰と言うべきだろう。

 この信仰で教祖的な役割を果たしたのがシカゴ大学の教授だったミルトン・フリードマンであり、その先輩にあたる学者がフリードリッヒ・フォン・ハイエクだ。ハイエクの教え子にはデイビッド・ロックフェラーも含まれている。

 新自由主義が庶民を疲弊させ、国力を衰えさせることは明かで、ニクソン大統領でさえ自国へ導入することをためらった。この信仰に基づく体制を最初に導入した国がチリだ。

 欧米で初めて新自由主義を政策として取り入れたのはイギリスのマーガレット・サッチャー政権。サッチャーはハイエクと親しかった。日本へ新自由主義を導入したのは中曽根康弘であり、その政策をさらに進めたのが小泉純一郎、菅直人、野田佳彦。それを安倍晋三が引き継いだ。

 ピノチェトと親交があったひとりにステファノ・デレ・キアイエなるイタリア人がいる。アメリカとイギリスの情報機関は第2次世界大戦の後、西ヨーロッパに秘密工作を実行するための部隊を編成した。その部隊をイタリアではグラディオと呼ぶ。このグラディオにデレ・キアイエも参加していたのだ。

 グラディオなどは後にNATOの秘密部隊と呼ばれるようになるが、実際の命令はイギリスやアメリカの情報機関、つまりMI6やCIAから出ていた。ニューオリンズの地方検事だったジム・ギャリソンは1967年にクレイ・ショーなる人物をジョン・F・ケネディ暗殺に絡んで逮捕するが、このショーが理事を務めていたパーミンデックスも、そのネットワークの一部。

 グラディオは1969年12月にミラノのフォンタナ広場にある国立農業銀行で極左を装った爆弾テロを実行している。その1年後にはバレリオ・ボルゲーゼを中心とするクーデターが試みられて失敗するが、それらにもデレ・キアイエは参加していた。

 デレ・キアイエはクーデターに失敗した後、スペインへ逃げ込むのだが、その後もイタリアとスペインとの間を自由に行き来している。そして1973年、クーデター直後のチリを彼は訪問したのだ。







最終更新日  2020.09.12 11:37:15

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