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2019.09.15
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 ​インディペンデント(アラビア語版)​によると、ロシア政府のイスラエル政府に対する姿勢が厳しくなった。これまでロシアはロシア人がターゲットにならないかぎりイスラエルによるシリア攻撃を黙認するという姿勢だったが、この報道が事実なら、その姿勢が変化したようだ。8月にはシリアに対するイスラエルの攻撃を3度止めさせたという。さらに、イスラエル軍機が領空を侵犯した場合、戦闘機や防空システムのS-400で撃墜するとプーチンはロシア訪問中のネタニヤフに通告したとも伝えられている。

 ロシアがイスラエルとの戦闘を避けてきた理由のひとつはイスラエルにアメリカ軍の秘密基地があり、同国が兵器庫として機能しているためだとも言われている。イスラエルとの戦争に発展することは避けたいだろうが、侵略には反撃するという意思を示したのだろう。

 イスラエルでは9月17日に議会選挙が予定されているが、3年前から汚職容疑で捜査の対象になっているネタニヤフにとって今年の選挙は通常より大きな意味がある。そこで、選挙対策として軍事的な行動に出たと推測する人は少なくない。

 4月9日の選挙では120議席のうちベンヤミン・ネタニヤフが率いる「リクード」が38議席を獲得し、3名の元参謀総長(ベニー・ガンツ、ガビ・アシュケナージ、モシェ・ヤーロン)をリーダーとする「青と白」の35議席を上回ったが、組閣に失敗して再選挙になった。

 ネタニヤフの父、ベンシオン・ネタニヤフは「修正主義シオニズム」の祖であるウラジミル・ジャボチンスキーの秘書だった人物。その流れを汲む人びとは今でも大イスラエル、つまりユーフラテス川とナイル川で挟まれている地域を支配しようとしている。

 イスラエルではゴラン高原に続いてヨルダン川西岸を併合しようとする動きがあるが、それは序の口にすぎない。イスラエルの支配地域をイラク、シリア、イラン、レバノン、エジプトに広げると公言している活動家もいるのだ。

 ジャボチンスキーは「ユダヤ人の国」の建設を公言していたが、その構想は19世紀に描かれている。その構想を実現するために多額の資金を提供した富豪がいるのだが、そのひとりがエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルド。テル・アビブを中心にパレスチナの土地を買い上げ、ユダヤ人入植者へ資金を提供している。

 この富豪はフランス人だが、イギリスにも同調者はいた。例えば、同じ一族のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。そのライオネルと親しかったベンジャミン・ディズレーリはイギリスの首相を務めているが、その際にスエズ運河を買収している。

 エドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドの孫にあたるエドモンド・アドルフ・ド・ロスチャイルドもイスラエルの支援者として有名。この人物やアメリカの富豪アブラハム・フェインバーグはイスラエルの核兵器開発を後押ししていたことでも知られている。なお、フェインバーグはハリー・トルーマンやリンドン・ジョンソンのスポンサーとしても有名だ。このふたりは前任大統領の死によって副大統領から昇格したという共通項がある。

 この流れはシオニストの本流的な存在で、傍流のジャボチンスキー派とは違いがある。時代によって変化はあるが、両派の対立は無視できない。ヒラリー・クリントンを担いでいたネオコンの背景は本流、ドナルド・トランプの背景は傍流と言えるだろう。

 ジャボチンスキー派は1970年代にアメリカのキリスト教系カルトと手を組んで影響力が増大、イスラエルでも主導権を握ってリクードが労働党を押さえ込むようになる。

 21世紀に入ってその構造に変化が生じるが、その一因はロシアからオリガルヒが逃げ込んできたことにあるだろう。言うまでもなくオリガルヒとはボリス・エリツィン時代に西側の巨大資本やクレムリンの腐敗勢力の手先になって巨万の富を築いた人びと。つまりシオニストの本流に近い。

 シオニストの本流は19世紀にイギリスで作られた長期戦略に従って動いているように見える。ユーラシア大陸の周辺地域を支配し、内陸部を締め上げ、最終的にはロシアを制圧して世界の覇者になるというプランだ。

 この戦略は1904年にハルフォード・マッキンダーという地理学者が発表しているが、その前から支配層の内部では考えられていたのではないだろうか。

 19世紀の半ばからイギリスは中国(清)の制圧に乗り出す。そのために引き起こされたのが1840年から42年までのアヘン戦争や56年から60年までの第2次アヘン戦争だ。

 これらの戦争でイギリスは勝利したが、それは沿岸部の制圧にとどまる。内陸部を制圧する戦力がなかったからだ。内陸部を支配し、中国を完全な植民地にするためには傭兵が必要。そこで彼らは日本に目をつけたのだろう。イギリスが薩摩や長州を支援、その薩長を中心とする明治体制が琉球、台湾、朝鮮、そして中国を侵略していく。その流れが止まるのは日本軍がソ連軍に惨敗した1939年のノモンハン事件だ。

 ネオコンは1991年12月にソ連が消滅、自分たちの傀儡であるエリツィンがロシア大統領に就任した時点で世界制覇の達成は目前だと考えたのだろう。アメリカを「唯一の超大国」と表現し、1992年2月には世界制覇プランのウォルフォウィッツ・ドクトリンを作成している。このドクトリンに基づき、ネオコン系のPNAC(新しいアメリカの世紀プロジェクト)は2000年に報告書を発表、ジョージ・W・ブッシュ政権はそれに基づく政策を打ち出していく。

 しかし、21世紀に入り、そのプランの前提であるロシアの属国化が崩れる。ウラジミル・プーチンを中心とする勢力がロシアを再独立させたのだ。それ以降、ネオコンはプーチン体制を破壊しようと必死だ。バラク・オバマ政権がロシアとの関係を悪化させ、ヒラリー・クリントンがロシアを恫喝、その後の反ロシア工作(ロシアゲート)につながる。

 こうした中、プーチンはネタニヤフに寛大な姿勢を示してきた。ネオコンを牽制するためだろうが、アメリカの影響力が急速に弱まっていることもあり、ロシア政府の姿勢が変化してきたのだろう。

 今年6月23日に​ネタニヤフはイスラエルでアメリカのジョン・ボルトン国家安全保障補佐官とイランを巡る問題について話し合い、24日と25日にはボルトンのほかイスラエルで国家安全保障担当の顧問を務めるメイア・ベン・シャバトやロシアのニコライ・パトルシェフ安全保障会議長官が加わった会議が開かれた​という。そのボルトンは補佐官を解任された。







最終更新日  2019.09.15 16:59:20
2019.09.14
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 今から77年前、真珠湾攻撃から9カ月後の1942年9月14日に細川嘉六が逮捕された。その直前には外務省と密接な関係にある世界経済調査会で働いていた川田寿と妻の定子も逮捕されている。

 川田寿と定子は1930年にアメリカで結婚、41年に帰国してから世界経済調査会に就職したが、アメリカ時代にコミュニスト関係の活動をした疑いがかけられたという。

 その後、平館利雄や西沢富夫も逮捕され、家宅捜索で1枚の写真が発見される。1942年7月に富山県の泊(今では朝日町の一部)で細川の著作『植民史』の出版記念を兼ねた親睦会が開かれているが、その際に撮影されたものだ。それを神奈川県警察特別高等課は共産党再建準備会だと主張、大弾圧につなげたのである。

 結局、横浜事件では言論関係者を中心に60名以上が逮捕され、30名以上が有罪判決を受けた。そのうち4名は獄死、釈放直後に獄中の心神衰弱が原因で死亡した人物もいる。

 こうした弾圧を指揮していたのは当時の内務次官で1932年から36年にかけて警保局長を務め、東条英機の懐刀と言われていた唐沢俊樹だと見られている。1942年から43年にかけての警保局長は三好重夫、43年から44年にかけては町村金五だ。このでっち上げ事件では内務官僚や特高だけでなく、検察官や裁判官も共謀関係にある。

 この事件が冤罪だと言うことは警察や検察だけでなく裁判所も知っているはず。何しろ裁判所の職員も裁判記録を焼却しているのだ。現在の裁判官がこの事件を免訴という形で有耶無耶にした理由もその辺にあるのだろう。

 大戦後、唐沢は衆議院議員になり、岸信介内閣では法務大臣に就任。三好は公営企業金融公庫の総裁を経て自治省の特別顧問に就任、町村は衆議院議員、参議院議員、北海道知事などを務めた。その息子が町村信孝だ。

 この3人に限らず、内務官僚、思想検察、特高などの幹部は戦後も支配階級の人間として君臨した。裁判官も責任を問われたとは言いがたい。天皇制官僚体制は大戦後も存続、戦前の思想弾圧で中枢を占めていた人びとが戦後も要職に就いているのである。「国体」は護持された。

 戦前の日本には「軍国主義国家」というタグがつけられ、軍人に全責任を押しつけているが、実態は天皇制官僚国家。本ブログでは繰り返し書いてきたように、関東大震災以降、日本はJPモルガンを中心とするアメリカの巨大金融資本の影響下にあり、その金融資本は1933年から34年にかけてフランクリン・ルーズベルト政権を倒してファシズム体制を樹立するためにクーデターを計画していた。

 そのJPモルガンが日本へ大使として送り込んだのがジョセフ・グルー。「軍国主義国家」というタグは天皇制官僚国家の実態を見えなくする。しかもアメリカ支配層(ウォール街)にとって都合の良い軍人は戦後、厚遇されている。

 思想弾圧の最前線に立つことになる特高が警視庁で設置されたのは1911年。大逆事件の後だ。弾圧の法的な根拠になる治安維持法は1925年3月、普通選挙法と同時に成立した。公布されたのは治安維持法が4月、普通選挙法が6月である。

 大逆事件は明治天皇の暗殺を計画したとして多くの社会主義者や無政府主義者が逮捕され、24名に死刑(半数は無期懲役に減刑)が言い渡された事件。裁判は非公開で行われ、証人調べもなく、裁判記録も残されていない。つまり裁判官を含め、司法関係者は確信犯的に事件をでっち上げたのである。

 この事件の場合、裁判記録が存在しないため、検察側の主張や裁判の実態は不明。被疑者のうち4名は暗殺を計画したと推認できるとされているが、幸徳秋水がそれに関わったとする主張には疑問が持たれている。他の被疑者は全く無関係だった可能性が高い。

 日本の裁判所は戦前の犯罪的な行為を清算していない。国民はそれを許してきた。裁判官が戦前と同じように動くのは必然だ。







最終更新日  2019.09.14 13:33:55
2019.09.13
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 ​ジョン・ボルトン国家安全保障補佐官の後任にチャールズ・クッパーマン副補佐官が昇格すると伝えられている​。この人物はネオコンと兵器産業と深く結びついていることで知られ、そうした意味でヒラリー・クリントンに近いと言えるだろう。ボルトンとは2016年の大統領選挙より前から緊密な関係にあったと言われている。

 クッパーマンは1950年生まれで、78年から80年にかけての期間、CPD(現在の危機委員会)で上級分析官を務めている。CPDは1950年に創設されているが、ジェラルド・フォード政権(1974年から77年)で台頭したネオコンを含む好戦派(反デタント派)が76年に再編している。

 1980年代にネオコンと他の好戦派はイラクのサダム・フセイン体制を巡った対立した。ネオコンはフセイン政権を倒して親イスラエル体制を樹立、トルコ、イラク、ヨルダンの親イスラエル国帯を築いてシリアとイランを分断、その上で両国を制圧するという計画を立てていた。

 それに対し、ジョージ・H・W・ブッシュやジェームズ・ベイカーたちはフセイン体制をペルシャ湾岸産油国の防波堤と認識していた。フセインを倒すかどうかの対立は暴露合戦につながり、イラクゲートやイラン・コントラ事件を浮かび上がらせることになった。

 1991年から92年にかけてアメリカ主導軍がイラクを攻撃した際、ブッシュ大統領がフセイン体制を存続させたことにネオコンは激怒している。その中心グループに属すポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)は1991年にイラク、シリア、イランを殲滅すると口にし、92年2月には国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成する。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。

 1991年12月にソ連が消滅、アメリカの支配層だけでなくアメリカ信奉者もアメリカが唯一の超大国になったと信じた。その判断に基づき、ソ連のようなライバルが出現することを阻止することにしたのがネオコン。力の源泉であるエネルギー資源の支配もドクトリンに含まれる。

 このドクトリンを作成された中心人物は国防次官だったウォルフォウィッツ。その上にいた国防長官はリチャード・チェイニー。そのほかI・ルイス・リビーやザルメイ・ハリルザドが関係していた。ハリルザドはボルトン国家安全保障補佐官の後任として名前が挙がっていたひとり。最近ではベネズエラのクーデター計画を指揮、1980年代にはイラン・コントラ事件でも名前が浮上したエリオット・エイブラムズも候補者のひとりだった。

 ところで、クッパーマンは1980年にレーガンの大統領キャンペーンに参加、後にボーイングやロッキード・マーチンで副社長を務めている。

 兵器産業と緊密な関係にある親イスラエル派(シオニスト)は少なくないが、そのひとりがウォルフォウィッツを含む後にネオコンと呼ばれる若者をオフィスで育成していたヘンリー・ジャクソン。ボーイングから来た上院議員と呼ばれていた。ちなみに、ヒラリー・クリントンは上院議員時代、ロッキード・マーチンから来たと言われている。

 この議員は民主党に所属していたが、1972年の大統領選挙で戦争に反対していたジョージ・マクガバンが同党の候補に選ばれると党内に反マクガバン派のグループを結成、落選運動を始める。CDM(民主党多数派連合)だ。

 その結果、戦争に反対するマクガバンは落選、つぎにデタントを主張したニクソンがスキャンダルで失脚、そして好戦派が実権を握ったフォード政権ではデタント派が粛清されてネオコンやブッシュ(CIAの非公然オフィサーの可能性が高い)などが台頭する。

 クッパーマンは核戦争でロシアに勝てると口にしていることでも知られている。本ブログでは繰り返し書いてきたが、​フォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキアー・リーバーとダリル・プレスの論文​では、アメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てると主張している。似た考え方だ。

 しかし、2008年8月にイスラエルやアメリカの支援を受けたジョージア軍が南オセチアを奇襲攻撃してロシア軍に惨敗、さらに15年9月末からシリア政府の要請で軍事介入したロシア軍は兵器の性能の高さを明らかにし、核戦争でアメリカが完勝することはありえないことを示した。

 中東でも朝鮮半島でもベネズエラでもボルトンの政策が破綻していることは確かで、ボルトンの辞任で軌道修正することができるとは言えるが、トランプ政権にはマイク・ペンス副大統領やマイク・ポンペオ国務長官のようなキリスト教系カルトの信者、つまりキリスト教シオニストがいる。そこへヒラリー・クリントンのようなクッパーマンが入って情況が好転するのだろうか?







最終更新日  2019.09.13 18:42:26
2019.09.12
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 9月11日には歴史の節目になる出来事が引き起こされた。アメリカ国内の刑務所化を加速させ、中東など国外で侵略戦争を本格化させた2001年の攻撃がひとつだが、1973年9月11日にも節目になる出来事があった。チリのサルバドール・アジェンデ政権をリチャード・ニクソン政権は軍事クーデターで倒したのだが、この体制転覆は新自由主義を世界へ広める突破口として利用されたのである。

 チリを含むラテン・アメリカはヨーロッパに富をもたらしてきた。侵略の対象になり、略奪されてきたのだ。11世紀から15世紀にかけて「十字軍」と称するヨーロッパの軍事組織は中東を侵略したが、15世紀から17世紀にかけての期間はヨーロッパの支配層は海賊として世界を荒らし回っている。

 ラテン・アメリカに到達した海賊は1521年にアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪う。この略奪を指揮していたのがエルナン・コルテスだ。インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが侵略、金、銀、エメラルドなどを略奪。1533年にインカ帝国を滅ぼされた。

 ヨーロッパの海賊は貴金属製品を盗んだだけでなく、先住民を使って鉱山開発も行った。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山だろう。18世紀までにポトシ銀山だけで15万トンが運び出されたとされているが、実態は不明である。そうした財宝はヨーロッパに富をもたらし、支配力の源泉を提供することになった。

 当初、ラテン・アメリカを支配したのはポルトガルやスペインのようなラテン系の国だが、19世紀の終盤になると北アメリカの侵略が一段落したアメリカの支配層が南に矛先を向けた。

 アメリカが南を侵略する切っ掛けになったのが1898年2月15日の出来事。キューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈したのだ。アメリカはスペインが爆破したと主張、宣戦布告して米西戦争が始まる。ウィリアム・マッキンリー大統領は戦争を回避しようとしていたが、海軍次官補だったシオドア・ルーズベルトが独断で戦争へアメリカを向かわせたという。この戦争に勝利したアメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、プエルトリコ、グアム、フィリピンを買収することになり、ハワイも支配下においた。

 それ以降、ラテン・アメリカはアメリカを拠点とする巨大資本の植民地になるのだが、第2次世界大戦後、この地域でも独立国が生まれる。それを潰すのがCIAの破壊工作部門の仕事のひとつ。チリもそのターゲットになった。

 アジェンデは巨大資本の活動を制限し、労働者の権利を認める政策を掲げ、大統領に選ばれた。アメリカは選挙に介入するのだが、それでもアジェンデは1970年の大統領選挙で勝利したのである。

 CIAはアジェンデ政権を倒すためにチリ軍を使ったが、この軍隊が最初から反アジェンデだったわけではない。チリ軍参謀総長だったレネ・シュネイデルは憲法遵守の立場だった。そこでCIAは1970年10月にシュネイデルを暗殺、それと同時にアメリカの金融機関やIBRD(世界銀行)はチリへの融資を停止して経済面から揺さぶりをかけている。1972年9月には労働組合がストライキを敢行、社会を不安定化させていく。そうしたときのため、CIAは労働組合をコントロール下におくわけだ。

 軍事クーデターで実験を握ったピノチェトはアメリカ巨大資本のカネ儲けに邪魔な人びとを誘拐し、相当数が殺害された。サンチアゴの国立競技場は「拷問キャンプ」と化したと言われている。

 このクーデターで巨大資本に盾突く勢力は潰滅、ピノチェト体制は新自由主義を導入する。シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授のマネタリズムに基づき、大企業/富裕層を優遇する政策を実施したのだ。

 この政策はイギリスのマーガレット・サッチャーが導入した後、世界へ広がっていく。そのひとつの結果が富の集中。一部の人が巨万の富を手に入れる一方、大多数の人びとは貧困化して社会は崩壊していくわけだ。19世紀なら侵略と略奪で国内の安定を図ることもできたが、そうした手法は限界に達している。







最終更新日  2019.09.12 15:33:20
2019.09.11
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 黄之鋒(ジョシュア・ウォン)がドイツを訪問、同国のハイコ・マース外相とベルリンで会談、中国政府から抗議を受けている。

 黄は香港で続く反中国運動で中心グループに所属、今年(2019年)8月6日に羅冠聰(ネイサン・ロー)らと一緒にアメリカのジュリー・イーディー領事とJWマリオット・ホテルで会っているところを撮影されている。イーディーは外交官だが、前にも書いたように、CIAの非公然オフィサーだと噂されている。

 黄や羅のような若者を操っている人物として知られているのが元王室顧問弁護士の李柱銘(マーチン・リー)、アップル・デイリー(蘋果日報)などのメディアを支配する黎智英(ジミー・リー)、香港大学の戴耀廷(ベニー・タイ)副教授、カトリックの枢機卿である陳日君(ジョセフ・ゼン)、公民党の余若薇(オードリー・ユー)、元政務司司長の陳方安生(アンソン・チャン)など。

 こうした人びとは2014年9月から12月まで続いた「佔領行動(雨傘運動)」でも重要な役割を果たしたが、​その翌年の9月に黄之鋒、戴耀廷、李柱銘はフリーダム・ハウスなる団体に栄誉をたたえられた​。黄之鋒は2015年11月にナンシー・ペロシ下院議長と会談、17年5月にはネオコンのマルコ・ルビオ上院議員と会っている。人権運動の活動家を名乗るに人物にも同じような背景の持ち主がいる。

 フリーダム・ハウスは1941年に創設されたのだが、1980年代にロナルド・レーガン政権がイメージを重視するようになってからプロパガンダ機関として活動するようになった。

 こうした戦略は「プロジェクト・デモクラシー」として進められ、侵略する際に「民主」、「自由」、「人道」といったタグをつけるようになる。そうしたタグをつけた侵略では現地における工作がそれまで以上に重要になるが、CIAの工作資金を動かす機関になったのがNED(民主主義のための国家基金)。そこから資金はNDI(国家民主国際問題研究所)、IRI(国際共和研究所)、CIPE(国際私企業センター)、国際労働連帯アメリカン・センターへ流れていく。USAID(米国国際開発庁)もCIAの資金を流す上で重要な役割を果たしている。

 香港の反中国運動にNEDから資金が出ていることは秘密にされていない。マイク・ポンペオ国務長官は香港の反中国運動について、背後にアメリカ政府が存在しているとする中国政府の主張を「お笑い種」だとしたが、ポンペオの主張がお笑い種である。












 本ブログでは繰り返し書いてきたが、権力は情報とカネの流れていく先に生まれ、育つ。人民が権力を握り、その力を行使する仕組みを民主主義体制と言うとするならば、情報とカネは人民へ流れていかねばならない。

 しかし、プロジェクト・デモクラシーを推進しているアメリカは「安全保障」を口実にして秘密体制を強化、カネは1%に満たない人びとへ流れていく仕組みを作ってきた。新自由主義とはそういう代物だ。言うまでもなく、日本も同じ道を進んでいる。

 アメリカ流の選挙とは選択肢を限らせ、教育や報道というプロパガンダ機関を支配者がコントロール、資金力で結果を決められるようにできている。新自由主義の導入と並行する形で小選挙区制が推進されたのは偶然でないだろう。

 アメリカをはじめ、私的権力が国を上回る力を獲得した国は少なくないが、その多くは私的権力が国外にいる。そうした私的権力が拠点としてきたのがウォール街やシティだ。







最終更新日  2019.09.11 13:17:26
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 ジョン・ボルトン国家安全保障補佐官がホワイトハウスを去ることになった。ドナルド・トランプ大統領のツイッターによると、9月9日夜、ホワイトハウスに仕事はないとボルトンの通告し、翌朝、ボルトンは辞任を申し出たという。ボルトンは自分が9日夜に辞意を伝えたとしている。






 朝鮮半島にしろ中東にしろ、ボルトン、マイク・ペンス副大統領、マイク・ポンペオ国務長官のトリオは大統領の政策を妨害してきた。最近はこのトリオにジーナ・ハスペルCIA長官が加わったとする話もある。

 以前からアメリカの支配階級は脅して屈服させるという手法を好んできたが、ネオコンはそうした傾向が特に強い。そのネオコンに担がれていたヒラリー・クリントンはバラク・オバマと同じようにロシアも恫喝しようとしていた。

 勿論、ロシアや中国は脅しに屈しない。必然的に脅しはエスカレートし、核戦争で威嚇するしかなくなる。それにブレーキをかけようとしたのがトランプ、あるいはトランプを担いだ勢力。2016年の大統領選挙ではロシアとの関係修復を訴え、勝利した。

 そうした政策の背後にいたのが2014年までDIA局長を務めていたマイケル・フリン中将。そのフリンは2017年2月、トランプ政権がスタートした翌月に国家安全保障補佐官を解任されてしまう。それ以降、好戦トリオの影響力が強まり、トランプの外交は行き詰まっているのだが、強硬策は破綻しつつある。その背景にはアメリカやイスラエルの弱体化があるのだろう。

 ところで、好戦トリオのうちペンス副大統領とポンペオ国務長官はキリスト教系カルトの信者で、親イスラエル。ボルトンはモルモン教のミット・ロムニーに近いのだが、ロムニーはボストン・コンサルティング・グループで働いていた当時、ベンヤミン・ネタニヤフの同僚。ロムニーも熱烈な親イスラエル派だ。

 ネタニヤフは1972年にマサチューセッツ工科大学へ留学、1980年代にはドナルド・トランプの父親であるフレデリック・トランプと知り合い、親しくなった。その縁でドナルドも親しくなったのだろう。

 1980年代にドナルドはロイ・コーンを顧問弁護士にしているが、この人物は赤狩りで有名なジョセフ・マッカーシー上院議員の顧問を務め、禁酒法の時代に密造酒で大儲けしたルイス・ローゼンスティールなる人物と親しくしていた。コーンの顧客には犯罪組織のガンビーノ一家の幹部も含まれていた。

 酒が合法になって以降、ローゼンスティールは大手酒造メーカーの経営者になるが、裏ではスキャンダルを使った恐喝で有力者を操っていたと言われている。

 ローゼンスティールの同業者で親しい間柄だったのがサミュエル・ブロンフマン。その息子であるエドガー・ブロンフマンもイスラエルの情報機関とつながっている、あるいは動かしている。

 ヒラリー・クリントンの周辺にいたシオニスト(親イスラエル派)とは違うが、トランプの周辺にもシオニストがいる。その包囲網からトランプは抜け出せるのか、あるいは今でもその人脈に操られているのか、現段階ではなんとも言えない。







最終更新日  2019.09.11 03:57:59
2019.09.10
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 2001年9月10日、アメリカでは国防長官だったドナルド・ラムズフェルドが2兆3000億ドルが行方不明になっていると発表した。決済の過程で発覚したというのだが、その翌日、カネの行方を追跡していた国防総省のオフィスが破壊されて資料は消滅、バックアップが保管されていたニューヨークの世界貿易センターにあった7号館(ソロモン・ブラザース・ビル)は攻撃を受けなかったものの、崩壊して資料はなくなったという。

 7日にも書いたように、このビルにはソロモン・スミス・バーニー(1988年にソロモン・ブラザースとスミス・バーニーが合併してこの名称になった)のほか、国防総省、OEM(ニューヨーク市の緊急事態管理事務所)、シークレット・サービス、CIA(中央情報局)、SEC(証券取引委員会)、IRS(内国歳入庁)、FEMA(連邦緊急事態管理局)がテナントとして入っていた。

 ビルの崩壊によってSECが保管していたシティ・グループとワールドコム倒産の関係を示す文書、「ジョージ・W・ブッシュの財布」とも言われたエンロンの倒産に関する文書もなくなった。保管されていた金塊が消えたとも言われている。

 日本には内閣官房報償費(官房機密費)というものがあるそうだ。官房長官の裁量で支払先を秘密にして使えるカネで、安倍晋三政権は6年間で74億円余りを使ったという。これは一種の工作費だが、私的な目的で使われてもわからない。

 日本に限らず、軍や情報機関の予算は不明確。アメリカの情報機関CIAが麻薬取引で資金を調達していることも知られているが、その問題を掘り下げようとした記者は有力メディアから追放された。こうした秘密を正当化するために使われている口実は安全保障。支配階級の安全を保障するということである。安全保障を情報公開の上に置いているわけだが、そうした行為は民主主義の否定にほかならない。

 秘密は不正を生む。情報とカネが流れていく先に私的権力は生まれ、その流れが権力を維持し、強大化。その私的権力は国をコントロールできるようになる。アメリカや日本はそうした類いの国だ。







最終更新日  2019.09.10 11:06:48
2019.09.09
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 ゴールドマン・サックス出身のイングランド銀行総裁、マーク・カーニーは8月23日にドル体制の終焉を口にした。各国の中央銀行が発行するデジタル通貨のネットワークがドルに替わるとしている。日本で通貨のデジタル化が推進されている理由もこの辺にあるのだろう。ドル体制の崩壊は何年も前から指摘されてきたが、イングランド銀行の総裁が口にしたことは興味深い。

 この構想が現実になった場合、アメリカの支配システムは崩れてしまう。このシステムは基軸通貨として認められてきたドルを発行する特権によって支えられてきたからだ。この問題について詳しく調べたわけではないので明確なことは言えないが、巨大資本の通貨に対する支配力を強めようとはしているのだろう。

 当初、そのドルは金に裏づけられていたが、1971年8月にリチャード・ニクソン米大統領がドルと金との交換停止を発表、その裏付けは消えた。それ以降、ドルを基軸通貨として維持するため、その流通量をコントロールする仕組みを整備する。そのために作られたのがペトロダラー(石油取引を利用したドルの還流システム)。

 大多数の国が必要とする石油に目をつけたアメリカは産油国と話をつけて決済をドルに限定、OPEC(石油輸出国機構)はドルをアメリカへ還流させてきた。これがペトロダラーの仕組みだ。

 ドルを還流させるために高額兵器や財務省証券の取り引きが利用される。投機市場もだぶついたドルを吸い上げる仕組みのひとつだ。金融規制が大幅に緩和された理由のひとつはそこにあるのだろう。

 これは実社会から資金を吸い上げる仕組みであり、庶民の購入能力を低下させる。当然、生産活動は停滞、あるいは破綻してしまい、資金は投機市場へ流れていく。その流れをスムーズにすることが規制緩和の目的。今のシステムでは、金融緩和によって生じるのはインフレでなくバブル。その程度のことは日銀総裁も理解していただろう。

 かつてアングロ・サクソンが金本位制を採用したのは、イギリスの金融資本がアフリカの金鉱山を支配して世界の金流通量をコントロールできたため。第2次世界大戦後はアメリカが世界の金を支配、基軸通貨を発行する特権を手に入れた。ところが1971年の段階で金に基づく通貨支配の仕組みが崩れたわけである。

 カーニーが働いていたゴールドマン・サックスは世界の金融界に大きな影響力を持ち、金融スキャンダルでも名前が出てくる。例えばギリシャの経済破綻。

 その切っ掛けは2001年に通貨をドラクマからユーロへ切り替えたことにある。この切り替えでギリシャは経済的な主権を失い、ギリシャ政府は独自の政策を打ち出せないまま破綻したのである。

 実は、EUのルールに従うとこの通貨切り替えはできないはずだった。できないはずのことができたのは、そこに不正が存在していたからだ。つまり財政状況の悪さを隠したのだ。その隠蔽工作で中心的な役割を果たしたのがゴールドマン・サックス。財政状況の悪さを隠す手法をギリシャ政府に教え、債務を膨らませたのである。

 その手法とは、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などを使って国民に事態を隠しながら借金を急増させ、投機集団からカネを受け取る代償として公共部門の収入を差し出すということが行われていたという。借金漬けにした後、「格付け会社」がギリシャ国債の格付けを引き下げて混乱は始まった。

 ギリシャを破綻させる作業が続いていたであろう2002年から05年にかけてゴールドマン・サックスの副会長を務めていたマリオ・ドラギは06年にイタリア銀行総裁、そして11年にはECB総裁に就任している。

 日本もゴールドマン・サックスと無縁ではない。小泉純一郎政権が推進した郵政民営化に深く関与しているのだ。その政策で中心的な役割を果たしたと言われている人物が西川善文、竹中平蔵、ヘンリー・ポールソン、ジョン・セイン。ポールソンはゴールドマン・サックスのCEO、セインはCOOだった。

 イングランド銀行やアメリカのFRB(連邦準備理事会)はこうした私的な金融機関によって創設されている。中央銀行の仕組みは金融機関を設けさせることが目的だ。

 イングランド銀行は1694年にオラニエ公ウィレムが銀行家によるカルテルの中枢として設立。1815年にワーテルローでフランス軍が敗北して以降、ネイサン・メイヤー・ロスチャイルドがイングランド銀行を支配するようになった。

 FRBは1913年に作られたが、その制度の設立を決めた会議は1910年にジョージア州のジキル島で開かれている。会議に参加したのはJPモルガンのヘンリー・デイビッドン、ベンジャミン・ストロング、JPモルガン系のフランク・バンダーリップ、チャールズ・ノートン、クーン・ローブのポール・ウォーバーグ、そして上院議員のネルソン・オルドリッチと財務次官補だったエイブラム・アンドリュー。オルドリッチ議員の娘婿はジョン・D・ロックフェラーの息子、ジョン・D・ロックフェラー・ジュニアだ。







最終更新日  2019.09.09 22:42:02
2019.09.08
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 2014年2月にウクライナでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した段階ではEUとロシアとのつながりを断ち切れたとオバマ政権が考えたとしても不思議ではない。その結果EUはロシアの天然ガスを失い、ロシアはEUというマーケットを失い、両者は米英の軍門に降ったということだ。その一方、シリアではダーイッシュが勢力を拡大さて行く。

 そうした中、2014年9月に香港で「佔領行動(雨傘運動)」が始まる。その中心人物として名前の挙がっている人物は弁護士の李柱銘(マーチン・リー)、メディア王と呼ばれる黎智英(ジミー・リー)、香港大学の戴耀廷(ベニー・タイ)副教授、あるいは陳日君(ジョセフ・ゼン)、余若薇(オードリー・ユー)、陳方安生(アンソン・チャン)など。

 アヘン戦争でイギリスが支配するようになった頃から香港は李、何、許、羅の4家族に支配されてきた。イギリスの手先ということだが、その構造は現在も基本的に変化していない。こうしたファミリーも佔領行動を支援、その背後にアメリカやイギリスが存在しているわけだ。

 そうしたグループが反中国運動のスタートして売り出した若者が黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、羅冠聰(ネイサン・ロー)、そして周永康(アレックス・チュー)だ。

 この2014年の運動を操っているのがアメリカやイギリスだと言うことを当然のことながら中国政府は熟知している。中国はウクライナや中東/北アフリカにおける米英の行動を見ただけでなく、香港の工作でアメリカ支配層の目論見を知った。中国がロシアと戦略的な同盟関係に入る一因はここにあるだろう。

 2013年から14年にかけてアメリカの好戦派が実行した中国やロシアに対する攻勢は自らの足下を切り崩すことになったと言えるだろう。

 その2014年の10月、フランスの大手石油会社トタルの会長兼CEOだったクリストフ・ド・マルジェリがモスクワ・ブヌコボ空港で事故死している。トタルはロシアとの取り引きを拡大していた。しかもその3カ月前、ド・マルジェリは石油取引をドルで決済する必要はなく、ユーロの役割を高めれば良いと主張していた。

 フランスの自動車会社ルノーの会長で、日産の会長でもあったカルロス・ゴーンも2014年当時、ロシアでの自動車販売を推進する姿勢を見せていた。そのゴーンをアメリカの従属国である日本の当局はゴーンを怪しげな容疑で逮捕している。

 また、ドイツのフォルクスワーゲンは2015年9月にロシアでエンジンの生産を始めたが、その2週間後、アメリカのEPA(環境保護局)は同社の販売している自動車の一部が排ガス規制を不正に回避するためのソフトウエアを搭載していたと発表した。

 それでもドイツとロシアとの関係は続き、今年には​ドイツの自動車メーカー、ダイムラーがメルセデス・ベンツの新しい組み立て工場がモスクワ近郊に完成​させている。

 それだけでなく、ロシアとEUはウクライナを迂回するパイプランを建設している。ロシアのビボルグからバルト海を南下してドイツのグライフスバルトへつながるノード・ストリームがすでに存在しているが、これに並行して新たなパイプライン、ノード・ストリーム2の完成が間近だ。

 ネオコンをはじめとするアメリカの好戦派が行ってきた政策は破綻しているのだが、影響力は維持している。そうした好戦派に大統領候補として担がれていたヒラリー・クリントンをドナルド・トランプは2016年の大統領選で破った。トランプはロシアとの関係修復を訴えていたが、大統領へ就任した直後に国家安全保障補佐官だったフリンは解任され、トランプは現在、好戦派に操られているように見える。崩れつつあるアメリカ帝国を支えようとアメリカの好戦派は必死だ。その好戦派にしがみついているのが日本のエリートである。(了)







最終更新日  2019.09.08 00:00:11
2019.09.07
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 ドイツのアンゲラ・メルケル首相が8月6日に北京で中国の習近平国家主席と会談した。中国とドイツは互いに重要な貿易相手国。ドイツはアメリカの属国になっているが、日本とは違って自立した部分も残し、ロシアとの関係も断ち切ろうとはしていない。

 西側の有力メディアは相変わらず「人道」や「民主」といった御札を貼りまくっているが、国外では侵略、破壊、殺戮、略奪を繰り返し、国内では収容所化を進め、1%に満たない一部の人びとへ富と情報が集中する仕組みを築いている自分たちの体制のことは無視している。西側メディアの御札に影響されるのは考えることをしない人びとだろう。

 ドイツやフランスの経済界はロシアや中国との関係を強めているが、アメリカはそうした動きを妨害してきた。そのアメリカの計画は挫折しつつあるのだが、その原因を作ったのはロシアであり、2013年から14年にかけての時期が転換点になっている。

 EUとロシアとの関係を断ち切るため、バラク・オバマ政権は2013年にウクライナでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すためにクーデターを仕掛けた。

 この年の11月に反ヤヌコビッチ派は抗議活動を始めるが、その拠点になったのがキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)。EUへ憧れを持つ人びとを集めるため、当初の演出は「カーニバル」的なもので、12月に入ると50万人が集まったとも言われている。

 その段階で前面に出てきたのがアメリカ/NATOの訓練を受けたネオ・ナチのグループ。年が明けて2月の半ばには棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃も始めた。その頃から広場では狙撃がはじまるが、反ヤヌコビッチ派も警官隊も狙われている。

 狙撃を指揮したのはネオ・ナチのアンドリー・パルビーで、本ブログでも書いたように、ジョージアなどからスナイパーが入っていたことも明らかにされている。

 ヤヌコビッチ大統領は2月22日に排除されるが、その3日後にキエフ入りして事態を調べたエストニアのウルマス・パエト外相はスナイパーがクーデター派だということをつかみ、EUの外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)だったキャサリン・アシュトン(イギリス人)へ電話で報告するが、その会話が録音され、インターネット上に流された。パエトによると、「​全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。・・・・・スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合(クーデター派)の誰かだというきわめて強い理解がある。​」

 ロシアのソチでは2014年2月7日から23日にかけて冬期オリンピックが開かれているが、キエフのクーデターがこのオリンピックに合わせて実行されたことは間違いないだろう。ロシアが動きにくい時期を狙ったということだ。

 この時期、アメリカはシリアのバシャール・アル・アサド体制を倒すため、傭兵を送り込んで戦わせていた。侵略戦争が始まったのは2011年3月。リビアへの侵略が始められた翌月のことだ。

 リビアの場合、地上ではアル・カイダ系武装勢力のLIFGを中心とする武装勢力が戦い、空からNATOが攻撃するというコンビネーション。2011年10にはムアンマル・アル・カダフィ体制が倒され、カダフィ自身は惨殺された。

 シリアのアサド体制も同じように倒そうとしたのだろうが、その前にロシアが立ち塞がる。リビアを攻撃する前、アメリカ、イギリス、フランスなどはリビア上空に飛行禁止空域を設定しようとする。そのために国連の安全保障理事会で決議1973が採択された。この決議がリビアのカダフィ体制を倒すことが目的だということは事前に指摘されていた。

 それにもかかわらず、中国やロシアは決議で棄権。つまり中国とロシアがリビアの破壊を容認したことになる。ロシアで棄権を決めたのは大統領のドミトリー・メドベージェフだが、棄権を知ったウラジミル・プーチン首相は激怒したという。そしてシリアでロシアはNATOの軍事介入を許さない。(Max Blumenthal, “The Management Of Savagery,” Verso, 2019)

 シリア侵略が思惑通りに進まないことからアメリカは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)を売り出す。この戦闘グループの主力もサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団。

 オバマ政権の政策はこうしたグループへの支援だと​2012年の段階で警告​していたのがアメリカ軍の情報機関DIAであり、当時の局長がマイケル・フリン中将。その警告がダーイッシュという形で現実なったわけだ。そして2014年にフリンは解任された。(つづく)







最終更新日  2019.09.07 20:59:33

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