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《櫻井ジャーナル》

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2017.11.22
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アメリカのFCC(連邦通信委員会)はメディアの寡占化を推進する道を歩み続けようとしている。地域におけるラジオ局、テレビ局、新聞社の所有者が集中しないよう、1970年代に定められた規制今年(2017年)11月16日に撤廃​したのだ。

勿論、こうした動きは1980年代から本格化、今では「報道」の9割程度を6つのグループが支配している。COMCAST(NBCなど)、ルパート・マードックのニューズ・コープ(FOX、ウォール・ストリート・ジャーナル、ニューヨーク・ポストなど)、ディズニー(ABCなど)、VIACOM(MTVなど)、タイム・ワーナー(CNN、TIME、ワーナー・ブラザーズなど)、CBSだ。

こうした資本による統合だけでなく、支配層はメディアを支配してきた。19世紀にロスチャイルド兄弟がメディアへの影響力を重視していたことは有名で、例えばイギリスのネイサンはタイムズなど、オーストリアのザーロモンはアルゲマイナー・ツァイトゥングなど、フランスのジェームズも有力紙だったモニタル・ユニベッセルなどだ。1933年から34年にかけてJPモルガンなどウォール街の大物たちがフランクリン・ルーズベルト大統領を中心とするニューディール派を排除するためにクーデター計画では新聞で人心を操ろうとしていた。

本ブログでは何度も書いてきたが、第2次世界大戦後、アメリカで情報統制を目的としたモッキンバードと呼ばれるプロジェクトが存在していた。このプロジェクトは1948年に始動、その中心にいた4名は大戦中からアメリカの破壊活動を指揮していたアレン・ダレス、破壊活動を目的とした秘密機関OPCの局長だったフランク・ウィズナー、やはりダレスの側近で後にCIA長官に就任するリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだ。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979)





ダレスとウィズナーにはウォール街の弁護士という顔があり、ヘルムズは母方の祖父にあるゲイツ・ホワイト・マクガラーは国際決済銀行の初代頭取。また、グラハムの義理の父にあたるユージン・メイアーは金融界の大物で、世界銀行の初代総裁である。つまりダレス、ウィズナー、ヘルムズ、グラハムの4名は金融機関と深く結びついているのだ。グラハムの妻、つまりメイアーの実の娘であるキャサリンはウォーターゲート事件の取材を社主として指揮した人物だ。

この事件の取材で中心的な役割を果たしたカール・バーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、それから間もなくして「CIAとメディア」というタイトルの記事をローリング・ストーン誌に書いている。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)ワシントン・ポスト紙では書けなかったということでもある。

この記事では、当時、400名以上のジャーナリストがCIAのために働き、彼の情報源だったCIA高官は、ニューヨーク・タイムズ紙が1950年から66年にかけて少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供していたと語ったという。1980年代から報道統制が格段に強化されたことを考えると、今の状況は遥かに悪いだろう。

その一端を語ったのが​フランクフルター・アルゲマイネ紙の編集者だったウド・ウルフコテ​。彼によると、ジャーナリストとして過ごした25年の間に教わったことは嘘をつき、裏切り、人びとに真実を知らせないことで、多くの国のジャーナリストがCIAに買収されているとしている。

日本のマスコミも1980年代から急速にプロパガンダ機関化が進んだ。勿論、それ以前も組織としては支配層の宣伝をしていたが、中には気骨のある記者も存在した。そうした人々が1980年代から徹底的に粛清されていった。それが実感だ。

最近ではそうしたことを知る人が増え、日本のマスコミは本当のことを伝えないという批判を聞く。そうした批判は間違っていないが、アメリカをはじめとする西側のメディアも似たようなものなのである。日本のマスコミを批判する一方、アメリカなどのメディアが伝える話を無批判に受け入れることの滑稽さを知るべきだ。

アメリカの有力メディアが信頼できないことは2003年3月にイラクを先制攻撃する前の状況を思い起こすだけでも明白。リビアでもシリアでもウクライナでもそうしたメディアは同じように嘘を広めようとしてきた。その嘘はアメリカ支配層が作る型枠を示しているわけで、その中で動いている限り、「右」を名乗ろうと「左」を名乗ろうと「リベラル」を名乗ろうと許される。

しかし、アメリカなど西側の有力メディアは急速に信頼されなくなっている。インターネットの発達により、巨大資本に依存せずに事実を発信できる状況ができたことのほか、ロシアのメディアが西側支配層の情報支配を揺るがしている。そこで、報道統制を強化しなければならないと考えているのだろう。FCCの決定はそうした流れの中での出来事だ。






最終更新日  2017.11.22 04:38:36

2017.11.21
カテゴリ:カテゴリ未分類
エマニュエル・マクロン仏大統領からの招待という形で​サード・ハリリはフランスを訪問​した。サウジアラビアで軟禁されているという情報が流れる中、フランス政府はサウジアラビアへの批判を和らげようとしているのかもしれない。家族同伴と伝えられているが、ふたりの子どもはサウジアラビアに残っていることから人質ではないかとも噂されている。

ハリリの解放をサウジアラビア側へ求め、招待したというマクロンは2006年から09年まで社会党に所属しているが、その間、08年にロスチャイルド系の投資銀行へ入り、200万ユーロという報酬を得ていたといわれている。2014年に経済産業デジタル大臣に就任すると巨大資本のカネ儲けを支援する新自由主義的な政策を推進したが、その背景を考えれば必然だろう。ロスチャイルドの操り人形だと見る人は少なくない。

アメリカ政府の侵略政策にも加わったマクロンのボス、フランソワ・オランドが国民から憎悪されるようになるとオランドの元から離れて2016年4月に「前進!」を結成、今年5月7日に実施されたフランス大統領選挙の第2回目の投票で大統領に選ばれた。

レバノンの首相だったハリリは11月4日、サウジアラビアに滞在している際にテレビを通じて辞任を発表している。その中でイランやヒズボラを非難し、それを利用してサウジアラビアはヒズボラに対する戦争を煽っているのだが、ハリリは10月中旬にヒズボラとの連合政府へ参加する意向だということをイタリアのラ・レプブリカ紙に語っていた。

こうした流れから、サウジアラビアで強制的に辞任させられたと言われるようになる。ハリリが辞任を発表した11月4日にはサウジアラビアで大規模な粛清が始まっている。その中心にいるのが国王の息子で皇太子のモハメド・ビン・サルマン。イスラエルやアメリカのネオコンと緊密な関係にあることで知られている。9月にもイスラエルを訪問していたようだ。イスラエルと粛清について協議していた可能性がある。

拘束されたのは王族、閣僚や元閣僚、軍人などビン・サルマンのライバル、あるいはライバルの配下だと見られる人々のようで、サウジアラビア国家警備隊を率いていたムトイブ・ビン・アブドゥッラー、衛星放送のMBCを所有するワリード・ビン・イブラヒム・アル・イブラヒム、ロタナTVを含むエンターテイメント会社のロタナ・グループの大株主であるアル・ワリード・ビン・タラル王子、ネットワーク局ARTを創設したサレー・アブドゥッラー・カメル、ブッシュ家と関係が深いバンダル・ビン・スルタンなども含まれている。現在、皇太子側は富豪たちに対し、資産の70%をよこせば釈放すると持ちかけているようだ。誘拐の次は身代金。やっていることは犯罪者と替わらない。

粛清の際に死亡した王子もいる。そのひとりがアブドゥル・アジズ・ビン・ファハド。今年6月21日に皇太子の座を追われたムハンマド・ビン・ナーイフのグループに属し、ハリリと緊密な関係にあったことで知られている。

ハリリはサウジアラビアでオゲルという会社を経営していたが、その会社を通じてアジズ・ビン・ファハドはつながっていたようだ。その会社はビン・サルマンから金融面で締め上げられ、今年の夏に活動停止を余儀なくされたという。

本ブログでは何度も書いてきたが、ネオコンは1991年の時点でイラク、シリア、イランを殲滅する計画を立てていた。(​ココ​や​ココ​)イラクではCIAと関係の深いサダム・フセイン体制を倒したものの、イスラエルの傀儡体制樹立には失敗し、今ではイランと連携している。シリアでもイラクと同じように破壊と殺戮を展開したが、送り込んだ傭兵部隊、つまりアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)は壊滅寸前で、新たな手先にしようとしたクルドはアメリカの思惑通りに動いていない。

調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いたレポートによると、​アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟はシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始​している。すでにイラクを破壊していたので、こうした国や組織がターゲットになったわけだ。

前にも書いたが、カタールで1992年1月から2013年6月まで外務大臣、2007年4月から2013年6月まで総理大臣を務めたハマド・ビン・ジャッシムはBBCに対してシリア侵略の内情を語ったが、その中で2006年7月から8月にかけて行われたイスラエルによるレバノンへの軍事侵攻に失敗したことを受け、2007年から対シリア工作が始まったと説明している。

シリア侵略に失敗したネオコン、イスラエル、サウジアラビアはターゲットをレバノンへ切り替え、アメリカ軍を侵略に使おうと目論んでいると推測する人もいる。そのシナリオを実現するために選ばれた人物がハリリだということになるだろう。






最終更新日  2017.11.21 05:31:58
2017.11.20
カテゴリ:カテゴリ未分類
アメリカとトルコとの関係が悪化していることは本ブログでも繰り返し書いてきた。アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟が目論んだシリアの体制転覆が思惑通りに進まずに長期化、ロシアへ接近して防空システムS-400を購入することで合意する状況になっている。

それでもトルコはまだNATO加盟国であり、ノルウェーで行われていた軍事演習にも参加していたのだが、その中で​トルコ政府が敵とされていたことに怒ったレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領​は11月17日、自国兵士40名を引き揚げさせると発表した。そのトルコでは19日にトルコ、イラン、そしてロシアの外務大臣が会ってシリア情勢を協議し、その友好的な関係をアピールしている。

トルコがロシアへ接近する前、両国は軍事衝突へ発展しても仕方がない状況に陥ったこともある。アメリカをはじめとする三国同盟が侵略の手先として使っていたアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)をロシア軍が2015年9月30日にシリア政府の要請で攻撃を開始、戦況を一変させて政府軍が優勢になったのだが、そうした中、同年11月24日にトルコ軍のF-16がロシア軍のSu-24を待ち伏せ攻撃で撃墜、脱出した乗組員のひとりを地上にいた戦闘集団が殺害したのだ。

パイロットの殺害を指揮したとされているアレパレセラン・ジェリクは「灰色の狼」という団体に所属していた。この団体は1960年代に「民族主義者行動党」の青年組織として創設されたが、トルコにおける「NATOの秘密部隊」の1部門だとも言われている。

この撃墜はアメリカの承認、あるいは命令なしに実行できなかったはず。撃墜の当日から翌日にかけてポール・セルバ米統合参謀本部副議長がトルコのアンカラを訪問していた。

ところが、2016年6月下旬にエルドアン大統領は撃墜事件に関してロシアのウラジミル・プーチン大統領に謝罪、​7月13日にトルコの首相はシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆​していた。

その直後、7月15日にトルコでは武装蜂起があり、短時間で鎮圧されている。事前にロシア政府がトルコ政府に対してクーデター計画の存在を知らせたとも伝えられている。エルドアン政権はクーデター計画の黒幕をアメリカへ亡命中のフェトフッラー・ギュレンだと主張しているが、この人物はCIAの保護下にあると見られている。つまり、クーデター未遂を仕掛けたのはアメリカ政府だった可能性がある。

その流れの中、今年(2017年)10月5日にトルコのアメリカ領事館で働いているメティン・トプスが逮捕され、別のひとりの逮捕状も出されたと伝えられている。このクーデター計画の背後にはアメリカ中央軍のジョセフ・ボーテル司令官やジョン・キャンベルISAF司令官がいたと見る人は少なくない。その一方、今年9月12日にトルコとロシア両政府はロシア製の防空システムS-400の購入で合意している。

つまり、トルコとアメリカの関係は冷え切り、NATO側もトルコは敵になったと考える状況になっている。それを正直に表現、トルコがNATOから離れる口実を作ってしまったとも言えるだろう。その​NATOは加盟国に対し、部隊を緊急展開するために道路、橋、鉄道網などを整備して戦車など重い装備の移動に耐えられるようにしておけと11月8日に発表​した。1991年12月にソ連が消滅してからNATOは東へ浸食、ロシアとの国境が目の前に迫っている。





西側ではNATOの役割を防衛的に描くが、その創設で中心的な役割を果たしたイギリスやアメリカには好戦的な勢力が存在している。その象徴とも言える人物がウィンストン・チャーチル。第2次世界大戦でドイツが降伏した1945年5月当時、イギリスの首相だったチャーチルはJPS(合同作戦本部)に対してソ連への軍事侵攻作戦を作成するように命令している。そして5月22日に提出されたのが「アンシンカブル作戦」。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。

この作戦は参謀本部に拒否され、チャーチルは7月26日に下野するが、彼はソ連との戦いを続けた。つまり、翌年の3月5日にアメリカのミズーリ州フルトンで「バルト海のステッティンからアドリア海のトリエステにいたるまで鉄のカーテンが大陸を横切っている」と演説して冷戦の開幕を告げ、​1947年にアメリカのスタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得して欲しいと頼んだ​と伝えられているのだ。

大戦でアメリカ本土は攻撃されなかったに等しく、製造業も無傷で残った。それに対してソ連はドイツとの戦闘で2000万人以上の国民が殺され、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊され、惨憺たる状態だった。西ヨーロッパへ侵攻、占領する余力はソ連軍に残されていなかった。

そうした中、1949年4月に創設されたのがNATOと呼ばれる軍事同盟だ。参加国はアメリカとカナダの北米2カ国に加え、イギリス、フランス、イタリア、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルクの欧州10カ国である。

NATOが創設される一方、ヨーロッパでは統合の動きが現れ、EUにつながる。こうした考え方のベースにはオットー・フォン・ハプスブルク大公やチャーチルを含む支配グループが1922年に創設したPEU(汎ヨーロッパ連合)があるとも言われている。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

実は、NATOが創設される前から破壊工作を目的とした秘密機関が存在していた。当初はWUCCが統括していたが、1949年に北大西洋条約が締結されるとNATOへ吸収され、51年からはCPCというラベルの下で活動するようになった。CPCのメンバーだった国はアメリカのほかイギリス、フランス、西ドイツ、ベルギー、ルクセンブルグ、オランダ、そしてイタリアだ。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

SACEUR(欧州連合軍最高司令官)の命令でCPCの下部組織として1957年、あるいは58年に創設されたのがACC。各国の情報機関はこの委員会で情報の交換を行っている、あるいはこの委員会を通じてアメリカは秘密部隊のネットワークを操るとも言われている。

NATOの秘密部隊は国ごとに名称が違い、例えばイタリアはグラディオ、デンマークはアブサロン、ノルウェーではROC、ベルギーではSDRA8といった具合だ。こうした秘密部隊全てが米英の情報機関、つまりCIAとMI6(SIS)のコントロール下にある。

こうした秘密機関の存在が公的に確認されたのは1990年8月のこと。イタリアのジュリオ・アンドレオッティ内閣がその存在を公的に確認、その年の10月にはグラディオに関する報告書を出している。

そのグラディオは1960年代から80年代にかけて「極左」を装って爆弾攻撃を繰り返し、左翼陣営にダメージを与え、治安体制を強化して国内の刑務所化を促進した。かつてイタリアやフランスはコミュニストの影響力が強かったが、今は見る影もない。

このグラディオの背後にはアメリカの秘密工作機関OPC(CIAへ吸収され、1952年に計画局が設置される際の中核になった)が存在、東アジアでは当初、上海に拠点があった。ところが中国では解放軍が1949年1月に北京へ無血入城、5月には上海を支配下におき、10月には中華人民共和国が成立している。解放軍が迫る中、OPCは拠点を日本へ移動させ、その中心は厚木基地に設置された。

その1949年に日本では国鉄を舞台とした怪事件が相次ぐ。7月5日から6日にかけての下山事件、7月15日の三鷹事件、そして8月17日の松川事件だ。これらの事件は左翼弾圧に利用されている。その翌年の6月に朝鮮戦争が勃発した。朝鮮戦争の最中、CIAは国民党軍を率いて中国への軍事侵攻を試みたが、失敗している。






最終更新日  2017.11.20 14:08:06
2017.11.19
カテゴリ:カテゴリ未分類
アメリカの軍と情報機関が不法占領を続けているシリアでは新たな戦争を始めようとする動きがある。アル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を使ったバシャール・アル・アサド体制の打倒に失敗、クルドを新たな侵略の手駒にするプランもうまくいかず、イスラエルとサウジアラビアはアメリカを直接的な軍事介入へと導こうとしている。そうした目論見に応えようとするアメリカの勢力がネオコン、あるいはアングロ・シオニストだ。

シリア侵略の中核はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟だが、当初はそこにトルコ、カタール、ヨルダン、アラブ首長国連邦、フランス、イギリスなどが加わっていた。そのうちトルコとカタールが離脱、そのカタールで1992年1月から2013年6月まで外務大臣、2007年4月から2013年6月まで総理大臣を務めたハマド・ビン・ジャッシムがシリア侵略の内情をBBCのインタビューで語っている。

ハマドによると、2006年7月から8月にかけて行われたレバノンへの軍事侵攻に失敗したことを受け、2007年から対シリア工作が始まったのだという。本ブログでは何度も書いてきたことだが、調査ジャーナリストの​シーモア・ハーシュ​は2007年3月5日付けのニューヨーカー誌にアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟がシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始していると書いていた。

その2007年にウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官はそのベースになるプランが遅くとも1991年の段階で作られていたことを指摘している。その当時、国防次官だったポール・ウォルフォウィッツがイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていたというのだ。(​3月​、​10月​)

1991年12月にソ連が消滅してボリス・エリツィンを大統領とするロシアはアメリカの属国になると、ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと認識して世界制覇プランを国防総省のDPG草案という形で作成している。これがいわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだ。

2003年3月にアメリカ主導軍による先制攻撃でイラクのサダム・フセイン体制は崩壊、その後も殺戮と破壊が続く。ウォルフォウィッツが口にした3カ国のうち、残るはシリアとイランということになる。レバノンのヒズボラはイランとの関係でターゲットになった。

ハマド・ビン・ジャッシムによると、レバノン政府の親サウジアラビア派を支援してシリアでの戦乱を煽ったいたのがサード・ハリリ。11月4日にサウジアラビアでテレビを通じて辞任を発表した人物である。そのハリリもシリア侵略が失敗したことを理解、ヒズボラとの連合政府へ参加する意向だということを今年10月中旬にイタリアのラ・レプブリカ紙へ語っている。

サウジアラビアでハリリの後ろ盾になっていたアブドル・アジズ・ビン・ファハド王子が粛清劇の最中に死亡、ハリリも拘束されて辞任を強いられたと言われている。現在は家族が人質に取られた形で表面的には自由に動いているようだ。

イラクのクルドもシリアへの侵略に協力していたとしているが、リーダーのマスード・バルザニが父親のムラー・ムスタファ・マスードと同じようにイスラエルの指揮下にあることは広く知られている。イスラエルやサウジアラビアはマスードを利用してイラク北部を奪おうとしたのだが、イラク・クルドの反マスード派がイラク政府側へつき、キルクークを政府軍が奪還したことから「独立」の目論見は失敗に終わった。シリアのクルドも侵略軍の傭兵として政府軍やロシア軍と戦うことを拒否したようだ。

そこでイスラエルやサウジアラビアは、シリア北部を占領して基地を建設しているアメリカ軍を利用しようとしている可能性が高い。アメリカのニッキー・ヘイリー国連大使は相変わらずロシアに対して吠え続け、核戦争も辞さない姿勢を示している。

今年8月にネオコンの​リンゼイ・グラハム​上院議員は朝鮮との戦争に関し、「もし数千人が死ぬとしても、死ぬのはそこでであり、ここではない」とテレビ番組で語っていた。朝鮮を攻撃すれば朝鮮が反撃するだけでなく、中国が軍事介入してくる可能性は高い。朝鮮戦争の時もそうだったが、アメリカは朝鮮半島での戦争を対中国戦の一環だと認識している。中国の戦略的同盟国であるロシアも動くだろう。ロシアがその気になればアメリカの空母艦隊は対艦ミサイルなどで全滅、アメリカに残された道はふたつしかなくなる。降伏するか、あるいは全面核戦争だ。

ネオコンは中国やロシアと戦争を始めても、第2次世界大戦のように、アメリカ本土は戦場にならないと考えている可能性がある。日本は朝鮮半島に近いわけだが、日本人も似たようなものだろう。高をくくっている。日本のマスコミは「大東亜共栄圏」を掲げて侵略戦争を行った当時よりもひどい状況だ。

それに対し、ドナルド・トランプ政権の首席戦略官だった​ステファン・バノン​は朝鮮の核問題に絡み、「軍事的な解決はない。忘れろ」と発言していた。ソウルに住む1000万人が開戦から最初の30分で死なないことを示されない限り軍事作戦には賛成しないという姿勢だった。そして彼は首席戦略官を解任された。死者が数千人で済むはずはないとバノンは理解している。






最終更新日  2017.11.19 06:14:08
2017.11.18
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アメリカ政府は国連を使い、シリア政府がサリンを使ったと非難している。その根拠とされている国連の報告書があるのだが、そこにはシリア政府軍の戦闘機がサリンで攻撃したとするアメリカ政府のシナリオを否定する事実が「付録II」に書かれていることも事実である。









ロシア国防省はシリア政府軍が侵略軍の兵器庫を空爆したのは2017年4月4日の午前11時30分から12時30分だとしているのが、国連の報告書では午前6時42分から52分だとされている。ところが、それでもシリア政府軍がサリンを使ったことを否定する事実がその報告書には含まれている。6時には病院へ患者が担ぎ込まれているというのだ。攻撃があったとされる時刻より前にカーン・シャイクンでは57件、その他の地域を含めると100名以上になる。

本ブログではすでに書いたことだが、アメリカ国務省でさえ、10月18日に発表した旅行者向けの警告の中でダーイッシュやハーヤト・ターリル・アル・シャム(アル・ヌスラ)などのグループが化学兵器を使うことを認めている。それにもかかわらず、こうした勢力がサリンを使ったかどうかを国連は調べようとしない。それどころか、こうした勢力と一心同体の関係にあることが明白になっている白ヘルなどの主張に依存しているのだ。

化学兵器をアメリカ、イスラエル、サウジアラビアをはじめとする勢力が送り込んだ傭兵集団が使っていることは2013年の段階ですでに指摘されていたが、アメリカの政府や有力メディアは政府軍が使用したと強弁、それを口実にしてアメリカ軍やNATO軍による直接的な軍事介入を目論んできた。傀儡体制の樹立に失敗したなら、イラクやリビアのように国を破壊して「石器時代」のようにしようとしたわけだ。

アメリカが化学兵器の使用を口実にした直接的な侵略を口にしたのは2012年8月のこと。バラク・オバマ大統領が直接的な軍事介入の「レッド・ライン」は生物化学兵器の使用だと宣言したのだ。少なからぬ人は、アメリカ政府が生物化学兵器を使うことに決めたのだなと推測した。

2012年12月になると、国務長官だったヒラリー・クリントンがこの宣伝に加わる。自暴自棄になったシリアのバシャール・アル・アサド大統領が化学兵器を使う可能性があると主張したのだ。翌年の1月になると、アメリカ政府はシリアでの化学兵器の使用を許可、その責任をシリア政府へ押しつけてアサド体制を転覆させるというプランが存在するとイギリスのデイリー・メール紙が報道した。

そして2013年3月、ダーイッシュがラッカを制圧した頃にアレッポで化学兵器が使われ、西側はシリア政府を非難したが、この化学兵器話に対する疑問はすぐに噴出、5月には国連の調査官だったカーラ・デル・ポンテが化学兵器を使用したのは反政府軍だと語っている。この年には8月にも化学兵器が使用され、アメリカは9月上旬に攻撃すると見られていたが、地中海から発射されたミサイルが海中に墜落、軍事侵攻はなかった。その件も、シリア政府が化学兵器を使用したことを否定する報道、分析が相次いだ。

コントラの麻薬取引を明るみに出したことで有名なジャーナリスト、​ロバート・パリー​によると、4月6日にポンペオCIA長官は分析部門の評価に基づき、致死性の毒ガスが環境中に放出された事件にバシャール・アル・アサド大統領は責任がなさそうだとトランプ大統領に説明していたと彼の情報源は語り、その情報を知った上でトランプ大統領はロシアとの核戦争を招きかねない攻撃を命令したという。6月25日には調査ジャーナリストの​シーモア・ハーシュ​もパリーと同じ話を記事にしている。化学兵器の使用にアサド政権は無関係だとするCIAの報告は無視されたということだ。






最終更新日  2017.11.18 07:17:10
2017.11.17
カテゴリ:カテゴリ未分類
アメリカ司法省の要求に従い、ロシア系メディアのRTアメリカは「外国のエージェント」として登録、同社の金融に関する情報を開示するように求められることになる。1938年に成立した外国エージェント登録法に基づくのだが、似た状況下にあるカタールのアル・ジャジーラ、フランスのフランス24、イギリスのBBC、ドイツのドイチェ・ベレ、あるいは日本のNHKに対してはそうしたことが要求されていない。

RTやスプートニクといったロシアのメディアがターゲットになった理由はアメリカ人に信頼されてきたことにあるだろう。アメリカでは1970年代から言論統制が強化され、21世紀に入ると有力メディアの「報道」から「本当のこと」を探すのが困難になっている。

そうした中、ロシア系メディアはアメリカで発言の機会が大幅に制限されている少数意見を採りあげ、選挙では2大保守政党ではない弱小政党にも発言のチャンスを与えた。信頼されていてもアメリカ支配層の政策に異を唱えているため有力メディアから無視される人々も番組や記事に登場させ、結果として支配層の嘘、有力メディアの偽報道を暴く役割を果たしてきたのだ。アメリカの言論を守ってきたとも言える。それが支配層の逆鱗に触れたわけだ。

2003年3月にアメリカ主導軍がイラクを先制攻撃した際、報道を統制するために「埋め込み」という手法を採用した。従軍記者や従軍カメラマンを厳しい統制下に置いたのだが、こうした従軍ジャーナリストは以前から報道統制下にあり、ベトナム戦争の際にも状況は似ている。

例えば、1968年3月16日にソンミ村のミライ集落とミケ集落において、アメリカ軍の部隊が非武装で無抵抗の村民を虐殺すという出来事があった。その犠牲者数はアメリカ軍によるとミライだけで347人、ベトナム側の主張ではミライとミケを合わせて504人だされている。

この虐殺を実行したのは、アメリカ陸軍第23歩兵師団第11軽歩兵旅団バーカー機動部隊第20歩兵連隊第1大隊チャーリー中隊第1小隊。その小隊を率いていた人物がウィリアム・カリー中尉だ。

この虐殺はCIAと特殊部隊が実行したフェニックス・プログラムの一環だった。親米的でない地域の住民を皆殺しにしていたのだ。ソンミ村での一件が発覚したのは、現場近くを飛行していたOH-23偵察ヘリコプターのヒュー・トンプソン准尉が虐殺を止めさせ、報告したことにある。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

フェニックス・プログラムについては1969年1月6日に報道されている。ニューヨーク・タイムズ紙のドルモンド・アイレスがこのプログラムで1万5000人以上のベトコン(南ベトナム民族解放戦線)の工作員が拘束、または殺害されたと報道したのだが、大きな問題にはならなかった。ほかのジャーナリストが無視したということだ。

こうした虐殺は議員も無視している。例えば、1969年3月に第11軽歩兵旅団のロナルド・リデンアワーがミライで目撃したことを約30名の国会議員へ手紙で知らせたが、反応したのはモ・ウダル下院議員とバリー・ゴールドウォーター上院議員、そしてエドワード・ブルック上院議員のみだったのである。

1969年3月にはソンミ事件が始めて報道されるがこれも無視される。人々から注目されるのは1969年11にシーモア・ハーシュ記者の書いた記事をAPが配信してからだ。

ソンミ事件を従軍ジャーナリストが知らなかったわけではない。バーカー機動部隊に従軍していた記者やカメラマンはチャーリー中隊と一緒に地上へ降り、虐殺の現場を目撃しているのだ。それでも報道しなかった。

ハーシュの記事が出た直後、ウィリアム・ウェストモーランド陸軍参謀長は事件の調査をウィリアム・ピールスに命じたが、この人物は第2次世界大戦中にCIAの前身であるOSSに所属した人物。1950年代初頭にはCIA台湾支局長を務めている。CIAが主導した虐殺をCIAの人間が本気で調査するわけがない。つまり、この人選は事件の真相を隠蔽することが目的だった。

このほかにも虐殺事件があり、内部告発があったが、もみ消されている。そうした工作を行っていたひとりがコリン・パウエル大佐。後に統合参謀本部議長や国務長官を務めることになる人物だ。アフリカ系で、しかも陸軍士官学校や海軍兵学校を経ずに統合参謀本部議長に昇進したのは異例だった。





1982年1月にはニューヨーク・タイムズ紙のレイモンド・ボンナーやワシントン・ポスト紙のアルマ・ギラーモプリエトがエル・サルバドルにおける政府軍の住民虐殺を記事にした。その前年、12月にエル・モソテで800人〜1200名の村民が殺されたという内容だ。サン・サルバドルのアメリカ大使館から派遣されたふたりも虐殺の事実を確認してホワイトハウスへ報告したが、ロナルド・レーガン政権は無視し、国務次官補だったトーマス・エンダースやエリオット・エイブラムスは記事を「偽報道」だと非難している。ニューヨーク・タイムズ紙の幹部編集者だったエイブ・ローゼンタールは1983年にボンナーをアメリカへ呼び戻した。

CIAは第2次世界大戦が終わって間もない1948年頃から情報をコントロールするためのプロジェクトをスタートさせている。いわゆるモッキンバードだが、その中心にいた人物はアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズという破壊活動を指揮していた大物、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだ。その妻はウォーターゲート事件で有名になったキャサリン・グラハム。この女性の実父は世界銀行の初代総裁、ユージン・メイヤーである。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979)このキャサリンがウォーターゲート事件の調査を指揮したという事実を忘れてはならない。

そのウォーターゲート事件を調査したのは若手記者だったカール・バーンスタインとボブ・ウッドワード。情報源の「ディープスロート」を連れてきたウッドワードは海軍の元情報将校。実際の取材はバーンスタインが行ったと言われている。

そのバーンスタインはリチャード・ニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後に「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)

それによると、その時点までの20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上。そのうち200名から250名が記者や編集者など現場のジャーナリストで、残りは、出版社、業界向け出版業者、ニューズレターで働いていた。1950年から66年にかけて、ニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供しているとCIAの高官は語ったという。

最近では、西側メディアのロシアに関する偽情報に危機感を抱いた​フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の元編集者、ウド・ウルフコテ​もドイツでCIAとメディアとの関係をテーマにした本を2014年2月に出している。それから3年を経た今年5月、英語版が出版されたはずだが、流通していない。

ウルフコテは本を出す前から有力メディアとCIAとの関係を告発していた。彼によると、ジャーナリストとして過ごした25年の間に教わったことは、嘘をつき、裏切り、人びとに真実を知らせないこと。ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収され、最近では人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開、人びとをロシアとの戦争へと導き、引き返すことのできない地点にさしかかっていることに危機感を抱いたという。今年1月、心臓発作によって56歳で死ぬまで警鐘を鳴らし続けていた。

アメリカを含む西側の有力メディアで働く記者や編集者は「本当のこと」を伝えない。その傾向は1970年代から強まり、今では嘘を取り繕うためにより新たな嘘をつくという循環に陥っている。そうしたメディアを有り難がっている人々も信用できない。






最終更新日  2017.11.17 05:49:57
2017.11.16
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中東で新たな戦争が勃発すると懸念する人が少なくない。言うまでもなく、その震源はアメリカ、イスラエル、そしてサウジアラビア。特にイスラエルとサウジアラビアの動きが注目されている。

ジョージ・W・ブッシュ政権は統合参謀本部の懸念を振り切り、アメリカ軍を中心とする連合軍を編成して2003年3月にイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒した。その後も破壊と殺戮は続き、今も終わっていない。

2006年10月にイギリスの医学雑誌「ランセット」が掲載したジョンズ・ホプキンズ大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究による調査報告によると、2003年3月から2006年7月までの間に65万4965名以上のイラク人が死亡、そのうち60万1027名は暴力行為(要するに戦闘)が原因だという。イギリスのORB(オピニオン・リサーチ・ビジネス)は2007年夏までに約100万人が殺されたという調査結果を公表している。イラクに親イスラエル体制を築くというプランAは達成できなかったが、「石器時代」にするというプランBは実現したと言えるだろう。

調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いたレポートによると、​アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟がシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始​している。この作戦は1991年にポール・ウォルフォウィッツが口にしていたプランに符合する。イラクは破壊したので、次はシリアとイラン、そのイランの影響下にあるヒズボラということだ。(​3月​、​10月​)

工作の中心にはリチャード・チェイニー副大統領(当時。以下同じ)、国家安全保障担当副補佐官のエリオット・エイブラムス、イラク駐在のアメリカ大使で記事が出た直後に国連大使に就任したザルメイ・ハリルザドといったネオコン、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン王子がいた。

バンダル・ビン・スルタンはブッシュ家と緊密な関係にあり、「バンダル・ブッシュ」と呼ばれているほどだ。そのビン・スルタンも今年(2017年)11月4日からサウジアラビアで始まった粛清で拘束されたと伝えられている。その前、6月21日にはCIAとの関係が深いムハンマド・ビン・ナーイフも皇太子の座を追われている。

2003年にフセイン体制を破壊したブッシュ政権はイラクに親イスラエル体制を築こうとするが、失敗してしまう。その一方でイランとイラクが接近していく。

また、フセイン時代、イラク政府はアル・カイダ系武装集団を人権無視で取り締まっていたが、フセイン後のイラクではそうした武装集団が跋扈するようになる。AQI(イラクのアル・カイダ)はそうしたグループ。その後、AQIは弱小グループを吸収してMSC(ムジャヒディーン会議)を編成、2006年にはISI(イラクのイスラム国)の創設が宣言された。2010年5月からアブ・バクル・アル・バグダディがISIを率いている戦闘の地域をシリアへも拡大させた後、名称はダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)と呼ばれるようになった。

2011年2月にリビア、そして3月にシリアを三国同盟を中心とする勢力が侵略を開始、その手先としてアル・カイダ(CIAの訓練を受けたムジャヒディンの登録リスト)系武装集団が使われた。その中心メンバーはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団である。

その年の10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が倒され、カダフィは惨殺された。その際、NATOと​アル・カイダ系武装集団LIFG​との連携があからさまになる。体制崩壊の直後、反カダフィ勢力の拠点だったベンガジの裁判所にアル・カイダの旗が掲げられたのだ。その映像は​YouTube​にアップロードされ、イギリスの​デイリー・メイル紙​も伝えている。

カダフィ体制が倒された後、侵略勢力は戦闘員と武器/兵器をシリアへ運ぶが、その拠点になったのベンガジのアメリカ領事館。2012年9月11日にその領事館が襲撃されてクリストファー・スティーブンス大使が殺されている。サラフィ主義者とムスリム同胞団の対立が関係しているとする情報もある。

リビアからシリアへの輸送工作の拠点がベンガジにあるCIAの施設で、アメリカ領事館も重要な役割を果たしていた。2012年9月10日にはクリストファー・スティーブンス大使がCIAの工作責任者と会談、その翌日には海運会社の代表と会っている。その直後にベンガジの領事館が襲撃されて大使は殺された。その当時、CIA長官だったのがデイビッド・ペトレイアスで、国務長官がヒラリー・クリントンだ。

襲撃の前月、​アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)は反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団を中心に編成された戦闘集団だと指摘する報告書をホワイトハウスに提出​している。報告書の中で、東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるとも警告されていた。この警告は2014年、ダーイッシュという形で現実になるが、報告書が作成された当時のDIA長官がマイケル・フリン中将である。

マイケル・フリンはドナルド・トランプ政権で国家安全保障補佐官に就任しするものの、2月13日に辞任させられた。ネオコンをはじめとする好戦派に嫌われた結果だが、その一因は2012年の報告書にあるだろう。

三国同盟を中心とする侵略勢力はシリアへもリビアと同じように直接的な軍事介入で体制を潰そうとする。そこで「政府軍による住民虐殺」や「化学兵器の使用」といった偽情報を流すがロシア政府によって直接的な軍事介入は阻止され、2015年9月30日からはシリア政府の要請でロシア軍が介入、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュを本当に攻撃する。その1年前からシリア政府の承諾を得ないまま空爆を始め、インフラを破壊、反政府軍を支援していたアメリカ軍とは根本的に違った。

アメリカはデリゾールでの戦闘にアル・カイダ系武装集団やダーイッシュの戦闘員を集中させるため、イラクのモスルやシリアのラッカなどからデリゾールへの移動を黙認してきたことは本ブログで何度も指摘した。​西側支配層の宣伝機関に堕しているBBCもこの事実を認める報道​をしている。アメリカとヨーロッパとの間で利害が衝突しはじめているようにも見える。

ここにきてアル・カイダ系武装集団やダーイッシュは壊滅寸前。そこでアメリカは侵略の手駒をクルドへ切り替えようとしたが、思惑通りには進まなかったようだ。そこでサウジアラビアやイスラエルの姿が浮上してきた。両国の政府高官は頻繁に行き来しているようで、AFPによると、今年9月にモハメド・ビン・サルマン皇太子もイスラエルを秘密裏に訪問したとイスラエルの高官は語っている。トルコ政府によると、アメリカ軍はシリア北部に13基地を建設済みで、​ジム・マティス国防長官はダーイシュを口実にしてシリア占領を続ける意思​を示している。

イスラエルとサウジアラビアだけでイランやヒズボラとの戦争を始めることは難しいと考えられ、アメリカを引き込もうとしているはず。マティスの発言はイスラエルやサウジアラビアの意向に沿うものだと言えるだろう。サウジアラビアで粛清が始まる数日前、ドナルド・トランプの義理の息子にあたるユダヤ系のジャレッド・クシュナーがサウジアラビアを訪問した事実も興味深い。世界はサウジアラビアとイスラエルの動向に注目している。






最終更新日  2017.11.16 05:44:35
2017.11.15
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東アジアの軍事的な緊張を高める出来事を2010年に引き起こしたのは日本の海上保安庁である。9月に「日中漁業協定」を無視して尖閣諸島の付近で操業中だった中国の漁船を取り締まったのだ。

海上保安庁は国土交通省の外局で、当時の国交大臣は前原誠司。総理大臣は菅直人だった。この行為によって田中角栄と周恩来が「棚上げ」で合意していた尖閣諸島の領有権問題が引きずり出され、日本と中国との関係は急速に悪化する。これはアメリカの戦略にとって好都合な動きだ。

海上保安庁が協定を無視して中国漁船を取り締まる3カ月前、2010年6月にベニグノ・アキノ3世がフィリピンの大統領に就任した。この人物の父親は1983年8月にマニラ国際空港で殺されたベニグノ・アキノ・ジュニアであり、母親は86年2月から92年6月まで大統領を務めたコラソン・アキノ。いずれもアメリカ支配層の影響下にあった。つまり傀儡。

イギリスやアメリカを中心とするアングロ・シオニストは20世紀の初頭からロシアを制圧しようと目論んでいる。そのために西ヨーロッパ、パレスチナ、サウジアラビア、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯とその外側の外部三日月地帯で締め上げようという戦略を立てる。その戦略をハルフォード・マッキンダーは1904年に発表している。

ズビグネフ・ブレジンスキーもこの戦略の信奉者で、彼のプランもマッキンダーの考えに基づいて作成された。アメリカにはフィリピン、ベトナム、韓国、インド、オーストラリア、そして日本を結びつけ、中国やロシアに対抗する「東アジア版NATO」を築くという戦略があるが、これも基本は同じだ。

中国には一帯一路(海のシルクロードと陸のシルクロード)というプロジェクトがある。かつて、輸送は海路の方が早く、運搬能力も高かったのだが、技術の進歩によって高速鉄道が発達、パイプラインによるエネルギー源の輸送も可能になった。海の優位さが失われている。しかも中国は南シナ海からインド洋、ケニアのナイロビを経由して紅海に入り、そこからヨーロッパへ向かう海路も計画している。この海路を潰すため、東の出発点である南シナ海をアメリカは支配しようと考え、日本はアメリカに従ったということだ。

ところが、2016年6月に大統領となったロドリゴ・ドゥテルテはアメリカに従属する道を選ばない。ベトナムなどもアメリカの好戦的なプランから離れていく。ロシアと中国は東アジアでの経済的な交流を活発化させて軍事的な緊張を緩和しようとする。

例えば、今年(2017年)9月4日から5日に中国の厦門でBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の会議が開催され、9月6日から7日にかけてロシアのウラジオストックで同国主催のEEF(東方経済フォーラム)が開かれた。このイベントに朝鮮も韓国や日本と同様、代表団を送り込んでいる。韓国がロシアや中国との関係を強化しようとしていることは明白だ。

こうした中、核兵器の爆発実験や弾道ミサイル(ロケット)の発射実験を繰り返し、アメリカの軍事的な緊張を高める口実を提供してきたのが朝鮮にほかならない。BRICSの会議やEEFが開かれた直後、9月15日にもIRBM(中距離弾道ミサイル)を発射している。

このところ朝鮮の爆発実験やミサイルの発射は成功しているようだが、少し前までは四苦八苦していた。ところが、短期間の間にICBMを開発し、水爆の爆破実験を成功させた可能性があるという。そこで、外国から技術、あるいは部品が持ち込まれたと推測する人もいる。

ミサイルのエンジンについて、​イギリスを拠点にするシンクタンク、IISS(国際戦略研究所)のマイケル・エルマン​は朝鮮がICBMに使ったエンジンはソ連で開発されたRD-250がベースになっていると分析、朝鮮が使用したものと同じバージョンのエンジンを西側の専門家がウクライナの工場で見たとする目撃談を紹介している。

ジャーナリストのロバート・パリーによると、​エンジンの出所だと疑われている工場の所在地はイゴール・コロモイスキーという富豪(オリガルヒ)が知事をしていたドニプロペトロウシク(現在はドニプロと呼ばれている)にある​。

コロモイスキーはウクライナ、キプロス、イスラエルの国籍を持つ人物で、2014年2月のクーデターを成功させたネオ・ナチのスポンサーとしても知られている。2014年7月17日にマレーシア航空17便を撃墜した黒幕だとも噂されている人物だ。

国籍を見てもわかるようにコロモイスキーはイスラエルに近いが、朝鮮はイスラエルと武器の取り引きをした過去がある。1980年のアメリカ大統領選挙で共和党はイランの革命政権に人質解放を遅らせるように要求、その代償としてロナルド・レーガン政権はイランへ武器を密輸したのだが、その際、イランは大量のカチューシャロケット弾をアメリカ側へ発注、アメリカはイスラエルに調達を依頼し、イスラエルは朝鮮から購入してイランへ売っているのだ。この関係は切れていないと考えるのが自然だろう。

その後も朝鮮とイスラエルとの関係は続き、イスラエルには朝鮮のエージェントがいるようだ。そのエージェントがエンジンの件でも重要な役割を果たしたという情報も流れている。

2010年9月に海上保安庁が協定を無視して中国漁船を取り締まって日中関係を悪化させた翌年の3月11日、東北の太平洋側で巨大地震が発生、日本と中国の対立は緩和されそうな雰囲気になる。そうした流れを壊し、関係悪化の方向へ引き戻したのが石原慎太郎と石原伸晃の親子だ。

2011年12月に石原伸晃はハドソン研究所で講演、尖閣諸島を公的な管理下に置いて自衛隊を常駐させ、軍事予算を大きく増やすと発言したが、この背後にはネオコンの大物でポール・ウォルフォウィッツの弟子にあたり、ハドソン研究所の上級副所長だったI・ルイス・リビーがいたと言われている。

そして2012年4月、石原慎太郎知事(当時)はヘリテージ財団主催のシンポジウムで尖閣諸島の魚釣島、北小島、南児島を東京都が買い取る意向を示して中国との関係は決定的に悪くなった。

安倍晋三もハドソン研究所と関係が深いが、そのつながりを築いたのもリビー。その安倍は2015年6月1日、赤坂にある赤坂飯店で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、​「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にした​という。

こうしたアメリカの好戦的な動きに一貫して同調してきたのは日本くらいだろう。アメリカ海軍は航空母艦を東アジアに回遊させて朝鮮、実際は中国を威嚇してきたが、すでに航空母艦の時代は過ぎ去っている。

例えば、ロシアが開発した超音速(マッハ5から8)の対艦ミサイル、ジルコンはあらゆるプラットフォームから発射でき、防ぐことは困難だと言われている。また、ECM(電子対抗手段)はアメリカのイージス艦の機能を停止させられる可能性が高い。つまり、アメリカの艦隊は全滅させられるだろうということだ。

2015年11月には​ロシア軍がリークした新型魚雷​の場合、潜水艦から発射された後の遠隔操作が可能で、海底1万メートルを時速185キロメートルで進み、射程距離は1万キロに達するという。

それでもネオコンなどアメリカの好戦派はロシアや中国を核戦争で脅そうとするだろうが、西側の支配層のうちどの程度が追随するかは不明だ。






最終更新日  2017.11.15 03:58:33
2017.11.14
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そのWikiLeaksを2006年に創設したジュリアン・アッサンジは2010年からイギリスのロンドンにあるエクアドル大使館から外へ出られない状態が続いている。2012年にはエクアドル政府がアッサンジの亡命を認めたが、スウェーデンの要請に基づき、アメリカやイギリスが逮捕する構えだからだったからだ。そのスウェーデンは今年(2017年)5月に捜査を終了させ、逮捕令状も取り消したが、今でも軟禁状態は継続している。アメリカやイギリスの姿勢が理由だ。

この件でイギリスとスウェーデンの当局は当然、連絡を取り合ってきた。2010年と11年に​イギリス側はスウェーデンがロンドンでアッサンジから事情聴取することを断念させたことがここにきて判明、しかも重要な電子メールは消去されていた​。イギリスの検察は何も悪いことをしていないと開き直っているようだ。

ブラドリー・マニング(現在の名前はチェルシー・マニング)特技兵の持ち出したアフガニスタンやイラクおける戦争に関する資料をWikiLeaksが公開したのは2010年7月。その中には​米軍のAH-64アパッチ・ヘリコプターが上空から非武装の十数名を射殺する様子を撮影した映像​が含まれ、(日本ではどうだか知らないが)世界に衝撃を与えた。殺された人の中にはロイターの取材チームに参加していた2名も含まれている。映像を見る限り、間違いで攻撃したのではない。

内部告発者だということが突き止められたマニングは軍事法廷は2013年に懲役35年を言い渡したが、今年1月にバラク・オバマ大統領が刑期を軽減、5月に釈放された。

アメリカ政府はマニングの告発資料が公表された直後からアッサンジを刑事事件の容疑者として扱いはじめ、公表の翌月にはスウェーデンでレイプ事件の容疑者として取り調べを受けている。ふたりの女性がスウェーデンの警察に出向き、アッサンジにHIVの検査を受けさせられるかと相談したのだという。この訴えを受けて逮捕令状が出され、スウェーデンのタブロイド紙が警察のリーク情報に基づいて「事件」を報道して騒動が始まる。

ところが、翌日には主任検事のエバ・フィンが令状を取り消した。レイプした疑いがあるとは認めなかったのだが、9月1日にこの決定を検事局長のマリアンヌ・ニイが翻して捜査を再開を決め、9月27日にアッサンジはスウェーデンを離れた。ニイが逮捕令状を請求したのは11月のことだ。

メディアは容疑をレイプというショッキングな表現を使っていたのだが、実際は合意の上で始めた●行為におけるコンドームをめぐるトラブルのようで、しかもアッサンジ側は女性の訴えを事実無根だとしている。

被害者とされる女性はアンナ・アーディンとソフィア・ウィレンのふたりなのだが、アーディンは「不実な男」に対する「法的な復讐」を主張するフェミニストで、ふたりの女性と同時につきあう男を許さないという立場。しかも彼女のいとこにあたるマチアス・アーディンはスウェーデン軍の中佐で、アフガニスタン駐留軍の副官を務めた人物だという話が出てきた。

しかし、最も驚かせた事実は、​彼女が反カストロ/反コミュニストの団体と結びついている​ということ。この団体はアメリカ政府から資金援助を受けていて、CIA系の「自由キューバ同盟」と関係がある。彼女自身も国家転覆活動を理由にしてキューバを追放された過去があるようだ。彼女がキューバで接触していた「フェミニスト団体」は、CIA系のテロリスト、ルイス・ポサダと友好的な関係にあるとも言われている。

2010年9月19日にスウェーデンでは総選挙が予定されて、フレデリック・レインフェルト首相が率いる与党は苦戦が予想されていた。このレインフェルトがコンサルタントとして雇っていた人物はジョージ・W・ブッシュ米大統領の次席補佐官を務めた​カール・ローブ​だ。その選挙の結果、レインフェルトは2014年まで首相を務めることができた。

本ブログでは何度も指摘してきたが、アメリカは侵略戦争を始めるために偽旗作戦を仕組むことが少なくない。例えば、2003年のイラクに対する先制攻撃もそうだった。ジョージ・W・ブッシュ政権は大量破壊兵器を口実にしていたが、これは嘘。この主張を裏付ける証拠は存在せず、その主張を否定する証言、分析は存在していた。

イラク戦争の際、アメリカの情報機関や軍は収容所を設置、そこでは拷問が行われて死者も出ていた。イラクにあったアブ・グレイブ刑務所の実態も写真付きで明らかにされ、​刑務所の管理責任者だったジャニス・カルピンスキー准将はイスラエルから来たという尋問官に会ったとも話していた​。アブ・グレイブでの拷問を明るみに出したジャーナリストの情報源も、イラクにイスラエルの情報機関員がいることを確認したという。

歴史を振り返ると、情報と資金が流れて行く先に権力が生まれ、存在することがわかる。情報と資金を握った人間、あるいは勢力が支配者になるとも言えるだろう。支配者が「秘密保護」を主張、タックスヘイブン/オフショア市場を整備する理由もそこにある。逆に、民主主義を実現したいなら、公的な情報の全面公開とタックスヘイブン/オフショア市場の禁止は不可欠だ。

そうした意味で、支配者たちが隠す情報を明らかにする内部告発者の存在は重要であり、その内部告発を支援するWikiLeaksのような活動も必要だが、日頃、支配者たちが作った枠の中で「右」だ「左」だと言い合っている人々にとって、枠からはみ出た事実ほど目障りなものはないだろう。






最終更新日  2017.11.14 04:02:38
2017.11.13
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ドナルド・トランプ米大統領とウラジミル・プーチン露大統領がベトナムで非公式に会談、​シリアにおける戦闘の軍事的な解決はないということで合意したと11月11日に発表​された。そこにはシリアから親イラン勢力が撤退するというようなことは含まれていない。







トランプ大統領がベトナムでプーチン大統領と会談するとFOXニュースに語った​のは11月2日のこと。その直後にロシア外務省はベトナムで開かれるAPECのサミットでプーチン大統領は会談する用意があると表明した。

しかし、アメリカにはロシアとの関係を悪化させようとする勢力が存在する。冷戦の復活ではなく、1991年12月にソ連が消滅、西側の傀儡だったボリス・エリツィンがロシア大統領を務めていた当時のようにアメリカが唯一の超大国になり、自分たちがその支配者として君臨したいということだ。

何度も書いてきたが、1991年にそのウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていた。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が2007年に明言している。(​3月​、​10月​)

また、2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に掲載されたシーモア・ハーシュの記事によると、その当時、​アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟がシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始​したと主張、この工作にはムスリム同胞団やサラフィ主義者が使われることも示唆している。

こうした作戦のベースになっているのが​1992年2月に国防総省で作成されたDPGの草案​。ポール・ウォルフォウィッツを中心に作成されたことからウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。簡単に言うと、パクス・アメリカーナの実現だ。

このドクトリンの前提はソ連が消滅し、ロシアがアメリカの属国になったということ。そこでアメリカは東アジアを重視、つまり中国を屈服させようとするのだが、21世紀に入ってプーチンがロシアを再独立させることに成功してネオコンの戦略は揺らぐ。

それでもウォルフォウィッツ・ドクトリンに執着しているネオコンはロシアの再属国化を目論む。同時に中国も屈服させようとしているが、アメリカやイスラエルは脅して屈服させようとする。

その路線に沿って動こうとしていたのがヒラリー・クリントンだが、ロシアや中国のように脅されても屈しない国に対しては脅しをエスカレートさせることになり、その先には全面核戦争が待ち受けている。

バラク・オバマ政権はすでにロシアとの関係を深刻化させ、クリントンへ引き継ごうとしたのだろうが、この目論見はアメリカとロシアとの関係を修復させると公約して当選したトランプの当選で揺らぐ。そこで始まったのが「ロシアゲート」キャンペーンだ。証拠を示すことなく、有力メディアを使って宣伝、人々を洗脳してきた。

今回もトランプとプーチンとの会談を阻止、関係修復を妨害するための圧力があったようで、ロシア外務省が米露大統領の会談に前向きの姿勢を見せた直後、ホワイトハウスの広報担当は両大統領がベトナムで公式に会うことはないと語った。そこで非公式の会談になったわけだ。

シリアを含む中東ではネオコン、イスラエル、サウジアラビアの描いたプランが崩壊寸前にある。手先として使ってきたアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)は壊滅状態。トルコ政府によると、アメリカはクルドが支配している地域に10カ所以上の軍事基地を建設済みで、自分たちの手先をクルドへ切り替えようとしたが、それも思惑通りには進んでいないようだ。

そうした中、イスラエルとサウジアラビアはイランに対する戦争を実行しようと画策しているが、これは焦りの結果だ。サウジアラビアでは国王と皇太子の親子がライバルの粛清を開始、イスラエルが協力している。イランどころかヒズボラをこの2カ国で倒すことは難しく、アメリカを巻き込もうとしているだろう。西側の有力メディアはそのイスラエルとサウジアラビアの宣伝機関として活動している。






最終更新日  2017.11.13 04:24:32

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