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テーマ:聖地・神社仏閣・パワースポット
カテゴリ:お出かけ情報
日本で最もお墓参りをされているお墓では・・・と思えるのが、泉岳寺にある「赤穂義士墓地」です。
お墓の入り口で90本のお線香を買い、48のお墓に詣でる・・・そうです、ここには47ではなく、48のお墓があるのです。 赤穂四十七士に加えて、本人は討ち入りを熱望したものの周囲の反対に遭って討ち入りの前に切腹した萱野三平の供養墓が明和4年(1767年)に建立されました。 また義士達の戒名には、例えば大石内蔵助の「忠誠院【刃】空浄【剱】居士」のように、「刃」と「劔」の二文字が必ず入っていますが、1人だけ「遂道退身信士」という戒名の義士がいます。 本懐成就後に関係者に討ち入りを報告して廻り、江戸に戻って自首した寺坂吉右衛門の供養墓です。 赦されて天寿を全うし、八十三歳と記されています。 赤穂義士墓地入口の瑤池梅:義士の墓守をした堀部妙海法尼が瑤泉院から賜った鉢植えの梅を移植したものです。 ![]() 赤穂義士墓地からの高輪ゲートウェイ ![]() 血染めの石(左)と血染めの梅:浅野内匠頭が田村右京大夫邸の庭先で切腹した際に、その血がかかったと伝えられています。 ![]() 首洗い井戸:吉良上野介の首級を主君の墓前に供える前にこの井戸水で洗ったと伝えられています。 ![]() 大石内蔵助の墓:4月1日(水)から7日(火)まで「春の義⼠祭」が行われます。 ![]() 大石内蔵助の子・主税の墓。わずか16歳でした。 ![]() 寺坂吉右衛門の供養墓:明治元年に供養のため建てられました。本懐成就後、瑤泉院など関係者に討ち入りを報告して廻り、のちに江戸に戻って自首しましたが赦され、麻布・曹渓寺で83歳の天寿を全うしました。現在も曹渓寺に眠っています。 ![]() 萱野三平の供養墓:48人目の義士です。討ち入りを熱望したものの周囲の反対に遭い、討ち入り前に切腹しました。 ![]() 間新六の供養墓:赤穂義士は元禄16年(1703年)2月4日に切腹した後、直ちにこの地に埋葬されましたが、間新六だけは遺族が遺体を引き取っていきました。
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Last updated
2026.03.05 06:00:07
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