近藤史恵 『サクリファイス』
このミステリーがすごい 2008年版 国内編 第7位 【内容】ただ、あの人を勝たせるために走る。それが、僕のすべてだ。勝つことを義務づけられた〈エース〉と、それをサポートする〈アシスト〉が、冷酷に分担された世界、自転車ロードレース。初めて抜擢された海外遠征で、僕は思いも寄らない悲劇に遭遇する。それは、単なる事故のはずだった――。二転三転する〈真相〉、リフレインの度に重きを増すテーマ、押し寄せる感動! 青春ミステリの逸品。 【このミステリーが凄い】 より紹介文自転車ロードレースを舞台に描かれるスポーツ・サスペンス たまに近藤史恵のブログを読んでいるのだが、数年前からツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアなど、ヨーロッパの自転車ロードレースについての記述をよく見かけるようになった。スタートしてからゴールまで、何十日もかかるレースを熱心に観戦して、選手の情報などにも詳しいのである。そうこうしているうちに登場したのが本作だった。ロードレースを見るうちにネタを思いついたのか、あるいは逆なのか。おそらく前者だと思うけれど、いやはやよくもまあ、自分の趣味をこれだけの小説に昇華させたものである。 目立つことの重圧に耐えられず、陸上競技をやめた白石誓が見出したのは自転車ロードレースの世界だった。プロチームに所属した誓は徐々に力を発揮し、ついに国内最大級のレース、ツール・ド・ジャポンのメンバーに選ばれる。だが彼の役割はチームのエースである石尾豪を勝たせるためのアシスト役にあった。ある区間で監督に命じられたまま集団を飛び出した誓は、その後の展開に恵まれ区間優勝を遂げる。日程が進み、誓にも石尾と同様に総合優勝のチャンスが巡ってきた。だが誓は命じられるまま、自分の自転車の車輪とパンクした石尾の車輪を交換するのだった。 自らの勝利を捨ててまでアシストに徹する誓に、強豪のスペインチームが興味をもつ。そのころ誓は石尾の黒い噂を聞く。エースの座を脅かす若手が現われると潰しにかかるというのだ。現に石尾が絡んだレース中の事故で、若手が再起不能の怪我を負ったという。誓が不安な気持ちで向かった初の海外レースで悲劇が起こる。 一人のエースの為に戦うロードレースという特殊な競技の本質と、犠牲という作品のテーマが不可分に結びついた作品である。チームメイトのアシストによって栄光をつかむエースの責任と矜持など、一面的に論じられない、さまざまな人間の思惑が、レースを通じて浮き彫りにされていく。【感想】初読の作家さんが続いてます。近年の「このミス」ランクインの作品に絞って読んでます。さすが10以内ランクインの作品は、どれも、おもしろいです。この『サクリファイス』は、まず、カタカナの表題が意味が分からず、関心を持ちにくかったのですが、紹介文を読んで惹かれました。スポーツ界が舞台というと、以前、雫井脩介さんの『栄光一途』で、柔道界のドーピングがテーマの小説を読みました。スポーツ界の闇ネタというと、ドーピングとか妬みや嫉妬、、などを想像しますが、まさにそういう内容でした。ところが『サクリファイス』は、そういう、ドロドロや体育界系の熱血!的なものを感じさせません。いえ。そういうのは確かに渦巻いているのですが、主人公の周りであるけど、本人はそういうのに無関心なんですね。主人公の誓が、そもそも、俺が俺がというタイプではないのです。「トップでテープを切ることに意味があると思えない。」なんとクールなストイックな言葉。でも、冷めているとか、嫌味じゃないんですね。トップは居心地が悪いということのよう。 ある意味、力がある者だけが言える言葉です。彼はアシストに徹し、チームプレイやエースを立てることが、自分には合っている、そのほうが自由で心地よいと思っている。いまどきの、ガツガツしてない草食系な感じです。自転車ロードレースは、競輪とも違うんですね。チームで戦う、でも、孤独なスポーツでもあり、ホントになじみの無い競技だと感じました。それで、淡々と話が進み、サラッと読めるんですが、ラストが突然ドラマチックでした。爽やかで、キリッとした一冊。サクリファイス:【意味】1 いけにえ, ささげ物;(神に)いけにえを差し出すこと, 供犠 ・ human sacrifice 人身御供(ひとみごくう). 2 犠牲;犠牲的行為 ・ by [at] the sacrifice of …を犠牲にして ・ fall a sacrifice to war 戦争の犠牲になる ・ make a sacrifice of ... …を犠牲にする