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カテゴリ:その他。
大変ご無沙汰をしてしまいました。
ブログにアクセスして下さっている皆様に中々報告出来なくてご免なさい。 8月22日に母が亡くなりました。ショックというか暫く夢を見ているようでした。 母は死なない!って思っていましたが、現実は崖っぷちに指一本でぶら下がっている状況の 此処数年だったのです。 2度目の心筋梗塞に耐えられる心臓ではありませんでした。 「延命処置」をしてしまった事への後悔...その結果としての最後は、とても苦しいものでした。 不整脈から心室細動を起こしてしまったのです。 もはや外科手術は出来ないと云われ、内科的な治療は心臓に鞭を入れて動かしている状況でした。 「心室細動」とは心臓がけいれんを起こす状況です。 普通は意識が無くなるそうなのですが母は最後迄意識がありました 私と娘の手を握りながらの壮絶な最後でした。 本人が望んでいた様に眠るように逝かせてあげられなかった...それだけが母に申し訳なくて... 3月に心筋梗塞を起こした時は延命処置を望まなかったのに、父が亡くなってしまって 母には一分一秒でも生きていてほしかった私のエゴのせいです。 22日間、現在と未来を行ったり来たりの母でした。 最後の言葉は娘の結婚を心配してのものでした。「誰としたの?」 このような結果であれば、あのまま8月1日に父の元に逝かせてあげれば良かったと... 毎日が後悔の日々でした... 最後に、とんでもない親不孝をしてしまいました。 父は緩やかに死を迎え、母は余りにも壮絶でした。 最後の二人の生き様、死に様が反転してしまいました。 父の四十九日と母の初七日が一緒というのも不思議な縁のせいでしょうか... まるで「お雛様」の様に並んだ二人の供養をしっかりしながら生きて行くしかないです。 親を亡くすと言う事は灯台の灯が消えると云う事だと云われましたが暗闇に漂ってばかりも いられません。今後は自分が灯台にならなければいけないのですから... マロンですが、母が自宅に戻って来た時、今迄聞いた事もない声で泣き叫んでいました。 そして二晩最後の見守り仕事として母と添い寝してくれました。 一晩目は旦那と川の字、二晩目は私と川の字... 今年の夏は私の一生涯で忘れられない夏となりました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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