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カテゴリ:政治
開いた口が塞がらないというのはこういうことを言うのだろう
過日の学校事務職員が給食費を私的流用したことについての謝罪記者会見 5月21日の高知新聞の記事である ![]() よほど重要な用事が急遽入ったのかもしれないが、教育長の記者会見への出席は無し 本来であれば、最高責任者である教育長が責任ある立場で謝罪し今後斯様な事件の再発を抑止する決意が語られてしかるべきである。 ![]() その教育長が参加しない場で、教育長の言葉が代読されたようであるが、その内容が、私などには理解できない。 どのような口がそんな噓らごとを言うのであろう。言っている意味が全くに欺瞞であることに気づかないはずは無いだろうに、人々をたばかり馬鹿にしている発言としか思われない。 「県教育長の言葉を直接県民の皆さまに伝えていく必要がある。」と本人不在で部下に代読させた呆れた会見 流石にこれは無いだろう 本人不在で代読させた上に、直接に県民に自身の言葉として決意を示す改革をしたとはよくも言ったものである。 教育長はもとより、教育委員会の幹部の職員も恥ずかしくないのだろうか。 代読させることが直接県民に語りかける改革であろうはずがない事は判りきっていることである 何を言っているのだろう 口先だけの謝罪と非難を直接受けるのは教育委員会の事務方任せで教育長は知らぬ顔の半兵衛を決め込む どう考えても言っていることとやっていることが矛盾しているのは自明の理である。 岸田首相などの国会答弁の姿とダブって見えてくる 平気で見え見えの意味の通らないことも空々しくも言い応えるもんだと悲しくも思えてくる。 ![]() 謝罪会見に出席しないと言い切る教育長の姿勢とそれを許す行政組織に、行政不信や教育不信が増幅するのは致し方あるまいと暗澹たる気持ちに思い沈むばかりである。 自分が謝っても仕方ないと教育長は開き直っているのかもしれないけれど、トップの職責というのはそういうものではない 開き直りと傲慢と自己矛盾の記者会見不参加の有り様に猛省を求む などと5月21日のブログの記事を書いていたのであるが、私ごときが物申すことでもあるまいと投稿することは自重していた ところが今日5月23日の新聞記事である 謝罪会見への不参加が敵前逃亡とも責任放棄ともいえる教育長の判断で有ることを知り あきれ果てての投稿と相成った( ´∀` ) ![]() 「担当職員の方がよく知っているから彼らに任せる」として自らは謝罪の場に出ず矢面に立たないという教育行政のトップとしての当事者意識の欠けた教育長の姿勢はあってはならない。 如何に批判されようとも叱責されようとも真摯に謝罪し説明し改革の道を説き進めることが教育長を引き受けて高知県の教育を牽引していく教育長の職責である 増してや直接県民に説明したいとあえて言い切る教育長であるのに自己矛盾していることに気づかないのだろうか 残念この上ない 「ちったあ教育長としての矜持を持てや」とも言いたくなる 大いなる志と勇気を持ち、ダメトップの傲慢なる勘違いを正し、あるべき姿を志向する公務員の出てくることを心から祈る 頑張れ公務員 期待している☆*: .。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.05.24 02:28:11
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