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カテゴリ:小説 鼠小僧治郎吉 へたれ噺
。。。。。。。。。。。。。。。。。。 鼠小僧次郎吉へたれ噺 弱虫小僧 10 鼠小僧じゃない、弱虫小僧だった。 しんと静まり返った 弥平町の裏長屋でうっすらと灯りをともして、おしぬは、次郎吉の帰りを待っていた。 すっーと、表の障子が開いた。 ~ちがう、あの人じゃない~ おしぬには長屋に入ってきた男が次郎吉でないことはその男が放つ空気でわかった。 「おしぬ、おれだよ、忘れちゃいめえ、治兵衛店の猫七だよ」 「えっ、あの猫七さん、またどうしてこんな時刻に」 「俺は、今じゃ。十手を預かる岡っ引きなんだ、おめえの亭主の次郎吉がお縄になったんで知らせに来たんだよ。 おしぬががどんな理由で次郎吉の女房になったのかは知らねえが、あいつはとんでもねえ悪党だったんだよ、鼠小僧だなんて世間じゃ煽てられてたが、なに、酒と女と博奕に明け暮れていたただのコソ泥だったんだよ、おしぬ、おめえだって、気が付いていたんだろう」 「猫七さん、いえ、猫七親分でしたね、あのひとはね、酒と女と博奕で自分の弱さを隠していた人なんです、鼠小僧なんかじゃない、弱虫小僧だったんですよ、豆腐の角に、頭ぶつけて死んじまいそうなほど、弱い心の男だったんですよ、そうしなけりゃあ、生きていけない弱い人だったんですよ、怯弱でいつもびくびくしてて、人と争えない、人を押しのけて生きていくこのできない可哀そうなひとでしたよ、泣きじゃくりながら盗んでいたんですよ、」 「おめえは次郎吉に優しくしてもらって、随分と肩を持つようだが、そりゃあ、おためごかしというもんだ。銭を施(ほどこ)してたのはおしぬ、おめえだよな、調べはついてるんだ、次郎吉は盗んだ銭でただ遊んでただけの男だよ、」 「あのひとは私が貧乏人の長屋に銭を配っていたこと、ちゃんと知っていたような気がするんです、私がお金を配るのをそっと見ていて、自分じゃぁ度胸がなくてできないんですから、内心嬉しがっていたんじゃないかしら、そう思っていますよ、それじゃなきやぁ、あのひとは、自分が鼠小僧だってこと、知らずに死んじまうんですよ、だったとしたら、鼠小僧治郎吉はやっぱり、どじなひとよねえ」 「それでよう、おしぬ、これからどうするんだ、おめえは銭を盗んじゃいねえだろうが、次郎吉が盗んだ銭を配った罪がどんな罪になるのかはおらあ知らねえが、まあ、お取り調べはきついだろうよ、朝になれば、奉行所の手の者がやってきて、おめえもお縄になるかもしれねえよ、気いつけな、」 「次郎吉さんはね、こんなことになると、もうとっくに覚悟を決めていたんだわ、ちゃんと、私は三下り半(離縁状)をとっくの昔に渡してもらってる。 私がこの家を出れば、、、私はもう、次郎吉さんの女房じゃないのよ、ああ、また山下町の梅屋でも帰ろうかな」 「おしぬ、おらあ、案じてるんだぜ、馬鹿なこと言ってねえで、治兵衛店へ帰って、巳代治とかいう弟とおかっさんと暮らせばいいじゃねえか、そのくらいの銭は次郎吉も残しておいてくれたんだろう」 「次郎吉さんはね、銭なんか残しておく人じゃないの。 私の名は、お、し、ぬ、よ、そうよ、し、ぬ、”死ぬ”なんだわ、次郎吉さんと一緒に死にますよ。わたしはね、鼠の泥棒の女房だったけど、次郎吉さんとの暮らしは、とっても、刺激的で楽しかった、面白かった。次郎吉さんも後悔なんかしてないわ、きっと、面白かったんだとと思う。 猫七さんは、猫なのに奉行所の犬になって、それで面白かったのですか、 「おしぬよ、そう自棄にならねえで、次郎吉の分まで生きたらどうでい、、」 岡っ引き猫七がなぜ、おしぬを逃がそうとしているのか下弦の月が嗤っていた。 つづく 朽木一空
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最終更新日
2022年04月15日 14時20分39秒
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