1208633 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

炬燵蜜柑倶楽部。

炬燵蜜柑倶楽部。

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

カテゴリ

サイド自由欄


2005.05.22
XML
カテゴリ:80年代ポップス
「クラセ先輩、今度の日曜日、予定はありますか?」
「日曜日? 無いよ」
「じゃ十三時、**駅のロータリーの花時計の前に来られますか?」
 倉瀬は意外な場所で意外な人物に意外な問いを投げかけられた。

   *

 三月初め。教室に差し込む日射しが日に日に暖かくなる頃。既に部の世代交代もし、高校も決まった三年生のクラスがずらりと並ぶ三階は、のんびりとした空気の中にあった。
「おーい倉瀬、二年生が呼んでるー」
 ほいよ、と日なたで悪友達と話していた彼は、「客」の姿を見て驚いた。
「あれ、吉衛? …珍しい」
 珍しい、なんてものではない。彼女が倉瀬の学年の階に来たこと今まで一度も無かった。理由は単純かつ簡潔だった。
 曰く「用事が無いし」。
 そして彼女は口を開くや否や、上記の台詞を述べたのだ。
 彼は少し考えると、短く答えた。
「行ける。でも何で?」
 彼はまずYESとNOを、彼女には言うことにしていた。この回答が無いと彼女は混乱する。次の言葉が出て来なくなるのだ。
「父が食事かお茶を一緒にしたい、って言ってましたから」
「お父さんが?」
 彼は濃い眉を寄せた。はい、と彼女はあっさりとうなづいた。周囲の方がその会話を耳にして、固まっている。
「そういう条件ですけど、行けますか?」
「ああ…大丈夫」
 彼は首を傾げた。だが断る理由も無かった。
「ではその時に」
 彼女はそれだけ言うと立ち去った。
 何なんだ、と倉瀬は首をひねるばかりだった。だが考えている余裕は無かった。
「うわ」
 不意に後ろから首を絞められた。
「おーいクラセ、今の何だよ」
「う、く、苦しいって…何だよって何だよ」
「今の! あれ、前言ってた後輩だろ?」
「変だ変だって、可愛いじゃんよー」
「こいつ隠してやがったなー」
 悪友達は一斉に、彼をこづいたり冷やかしたりする。
「やめれ! …そんなんじゃ、ねーんだよ」
 何とか彼等から逃れ、彼は息をつく。
「そんなんじゃないってよー…ぜいたく」
 なあ、と数人の男子は揃ってうなづく。
「何だっけ、吉衛トモミちゃん、だよなあ」
「ああ、確かこないだの期末で二年で五位だったって言うじゃん」
「まあ…頭はいいよな」
 彼は記憶をひっくり返す。確かに相変わらずその類の「頭はいい」のは変わらない。いや、出会った頃より良くなっていると言ってもいい。それは認める。だが。
「それに可愛いし綺麗だし大人しそうだし」
「あいつ…綺麗なのか?」
 彼は思わずこう言っていた。
 周囲の同級生は、無言で再び彼の身体を取り押さえた。
「…だから俺が、何したって言うんだっ!」
「お前、目ぇ悪いんと違うか?」
「慣れすぎてる、ぜーたく」
 そんなこと言われても。彼は再び必死で腕を振りほどく。
「だってなあ…俺はそういう目で見たことは無いの!」
「だったらもったいない!」
「だよなー。そーいえば、隣のクラスの徳松、あの子が楽器弾いてるのがいいからって、付き合ってくれとか言ったんだろ?」
 初耳だった。
「…何、お前、知らないの?」
「知らん。でも断られたんじゃないのか?」
「ご名答」
 ぱちぱち、と周囲は苦笑しながら拍手した。だろうな、と彼は思う。
「だから、いくら後輩ってなあ…」
「彼女、背も高くて綺麗だし、ああいう楽器、似合うんだよなあ…ゆったりとこーやって」
「あーいうの、『優雅』っーんじゃねえ?」
 一人がポーズとしなを同時に作って見せた。思わず倉瀬は「そりゃ違う」と内心突っ込んだ。優雅だなんて。彼の頭にひらめいたのは、ついコピーしてしまった某3ピースロックバンドの激しい曲を、弦も切れんばかりに弾きまくっている彼女だった。
 そもそもその「優雅」に見える演奏をするために、彼女がどれだけ繰り返し繰り返し練習しているのか知りもしないのに。
「とにかく、別に俺はあいつにどうって訳じゃないから、気があれば当人に言ってくれ」
 そんな、と周囲から声が飛ぶ。どうやら中には「取り持って欲しい」と内心考えていた者も居た様である。彼は少しばかり不愉快なものを感じた。
 そんなこと知るか。彼女のテンポを乱して玉砕すればいいんだ。
 内心彼は、吐き捨てた。

 日曜日。「**駅のロータリーの花時計前」に彼は居た。
 そして花時計が十三時を指した時。
「先輩ーっ!」
 パールピンクの軽自動車の窓から、聞き覚えのある声が飛んできた。トモミが助手席の窓から手を振っていた。
 すっ、とそのまま車は彼の前に止まった。
「こんにちは先輩、後ろに乗って下さいな」
 扉を開ける。すると、やあ、と運転席から声がした。
「こ、こんにちは」
「倉瀬くん? トモミの父です。よろしく」
 若い声だ、と倉瀬は思った。振り向いた顔も、二十代後半位に見えた。
「いきなりでびっくりしただろ?」
 動き出すとすぐに、彼は倉瀬に問いかけた。
「ええ、まあ…」





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.05.22 09:43:42
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.
X