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カテゴリ:本日のスイーツ!
そう言われてしまうと、どう言っていいのか困る。それはどうも顔に出ていたらしく、マスターは苦笑しながら、あたしの頭をぽん、と叩いた。
「だから別にソレはいいの。リクツで納得できる。納得できないのはも一つの方」 「も一つの方?」 「だーかーらー、あたし、マスターが女だったとしても同じ気持ちになるっての」 ぽん、とマスターは手を叩いた。 「つまりお前は、単純に、『ママハハ』に対して妬いてるんだ」 「妬いてるっーか、『ママが可哀想でしょ!』って感じ」 はーいはいはい、と彼は大きくうなづいた。 「納得。でもそれお前、普通俺に言うか?」 「マスターが女だったら言わない。どろどろになるの見え見えだし。男だから言うの」 「…それはまた複雑怪奇な」 そうなのだ。結局あたしの気持ちはそこで止まる。 あたしのモットー「批判的精神であれ」と思ったとしても、どーしてもうまくいかない感情の部分。 「あーもう、マスターが簡単に憎めるタイプだったら楽だったのにーっ」 言いながらあたしは残りの拭くべき食器を力まかせに拭く。きゅっきゅっ、と音が耳にうるさい。 「俺はやだねー。ママムスメとどろどろの戦いなんか。ホントのスプラッタの方が気楽」 「ホントのスプラッタ、経験してるの?」 「そらまあそれなりに」 ぞ、と背筋に寒気が走るのを感じた。 「…それなりにって」 「んー、だってなー、…」 マスターはそう言いながら、天井を見上げた。そして軽く首を回す。 「…やめた。あまりいい話じゃあない」 「あたしでも?」 「一応お前女だし。チビでガリのガキでも」 「禁句ーっ!」 ぼん、とまたステンレスの盆が音を立てた。 「おいお前ら、またやってるのか…」 そう言いながら、カウベルを鳴らして、ドクトルKが入ってくる。彼は閉店後の、共通時九時頃にやって来るのが普通だ。「お疲れ」とマスターは手を挙げる。 ドクトルはこんな風に、ほぼ毎晩、夕食にやって来る。そしてそのまま泊まり込んで、翌朝朝飯を一緒に食べてく。 医院の方は、朝は九時くらいから。昼の患者が終わって一時くらいから三十分ほど休むと、また午後の患者がやって来る。一体何処からわいて来るんだろう、というくらい、毎日毎日、ひっきりなしに患者は来るらしい。 「で、うちには一応休みがあるだろ?」 「うん」 「ヤツの方には無いの。お休み」 「ええっ!!」 このことを言われた時には、あたしもさすがに驚いた。 「…そんなに患者さん、多いの?」 「多いねー。両隣の町からも来るし、またあいつも来れば来たで、全部診ようとするし、自分に手に負えないとみれば、大病院への紹介状も書いてやってるし」 「へーえ」 さすがにあたしも感心した。 そう、何でも、この「アンデル」と、両隣りの町には、ドクトルが来るまで医者がここ数年、居なかったそうだ。だから仕方なく町の人々は、病気やケガの時には、遠くの病院まで出かけて行ったのだという。 「お前も見たろ? この町の様子は」 うん、とあたしはうなづく。 だいたい無いのは、病院医院だけじゃない。警察も無い。消防も無い。一応食料品や生活用品を扱う店、食堂は何軒かあるけれど、発展というには程遠い。 「貧乏…って訳じゃないでしょうに」 「うん、貧乏じゃあない。ただ、物騒」 「物騒」の内容はともかく、そのせいで人は居なくなってしまったらしい。 ここにやって来た時、あたしは軽いカルチュアショックを受けた。駅には必ず駅員さんが居て、改札があって、切符売り場があるものだと思っていた。けどここには何も無い。 「それでも駅舎はあるだろ?」 そのことを言うと、マスターはそう返した。ん、とあたしはうなづいた。 「俺達が来る十年位前までは、ちゃんとあそこには駅員が切符も売ってたらしいんだわ」 「じゃあ何で、今は居ないの?」 「そりゃあ、乗るヤツが少ない駅に駅員を置くのは無駄だろ」 と言う訳で人口の低下は駅にまで影響をきたすということがよーく判った。 ちなみにこの話をしていたのは、午後のお茶用の菓子を作っていた時だった。マスターは客の合間を見て、スコーンの生地をさくさく、まぜこぜしていた。 マスターはとにかく手際がいい。 その一例として、お茶の時間用のお菓子作りもある。マスターは料理も菓子も自分で作る。もっとも彼が作るのは、スコーンやクッキー、ビスケットと言った焼き菓子程度だが。生ケーキや綺麗な冷菓の様なものは、やっぱりケーキ屋に契約注文しているという。 「『トロイカ』のケーキは美味いだろ?」 あたしはうなづく。最初に来た時に食べたケーキも「トロイカ」製だったらしい。 「だけど俺達がここにやって来るまでは、あそこの奥さん、ほんっとうにシュミでしか作ってなかったんだぜ? ところがある日差し入れてくれたのがもー、滅茶苦茶、美味かったの。それで頼む様になって」 当初、潰れかけたこの店を建て直していたマスターを、この町の人々は「物好き」と思っていたらしい。だけど、愛想が良くて元気で、妙な一芸を持っていて、良く働くマスターに興味と好意を持ったのだという。 これは当人の証言だけではなく、洋菓子店「トロイカ」をやっているコリューブ夫人から聞いたのだから確かだ。しかも彼女はマスターの影響で店を出してしまった位だ。 そう言いながら、マスターはスコーンのタネをざくざくと混ぜていた。 「じゃあ、これも」 「そ、コリューブ夫人直伝」 バターをまぶされた生地はほどよくぽろぽろとして、今にも「丸めて焼け」と言わんばかりだった。 ちなみにマスターとドクトルがこの「アンデル」にやって来たのは、ここが無人駅だったからだという。「だって面白そうじゃないか」というのがマスターの言だった。 そして列車から降りた彼等は、それぞれに住処を探そうと思ったのだと。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.01 06:38:33
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