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2005.09.11
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カテゴリ:80年代ポップス
 越境生というのは、現在この日本でも珍しい、全国の管区を移動できる存在なのだ。
 現在の日本は、十二の管区に分かれた地方分権制を取っていた。
 彼らが住む東海管区は、太平洋側の、本州中部にある。
 管区としては大きな方である。地区数も多い。
 微妙な差はあるのだが、今では「地区」と呼ばれている区域。それが昔は「県」という単位だったという。
 ただ、そのことは高等に入るまで、松崎も知らなかった。
 大人達も知っているのか知らないのか、故郷ではまず誰も口にしたことはなかった。
 いや、そうではない。
 松崎は例外を思い出す。兄貴。
 口にはしていた。ただ自分にはその意味が分からなかっただけなのだ。
 二百年も昔には、この国は他の国ともつきあいがあったんだよ。その頃は、管区なんて強力な境もなく、自由に国中を行き来できたのにね。
 今では、一部の公務員と、越境生くらいしか、生まれた管区を離れた行動はできなくなっているらしい。勝手に離れれば、それは罪になる。
 当たり前だ、と彼は思っていた。上の学校に上がるまでは。
 だけどここへ来て、それが当たり前ではない時代があったことを知った。
 彼は思う。自分はここに本当に来てよかったのだろうか? 自分がここに来た理由は…
 そのまま授業が始まった。口の端が下がったまま、松崎は教科書を開く。何代もの三年生が使ってきた教科書は、手ずれのした年季ものだった。
 授業が始まって三十分くらいした時、廊下でぱたぱたと音がした。
 がらがらがら。
 引き戸が勢いよく開かれた。

   *

 がらがらがら。
「ぎゃ!」
 その戸の端に頭をぶつけた。
 勢いが良すぎて、力が入りすぎたのだ。戸車の調子が良すぎるのよ!
「何だ?」
 高い、よく通る声の女教師が、あたしに鋭い声で問いかける。
「遅れましたあ。転入生の、森岡さつきですう」
 あえて明るく言ってみせる。こうなったら笑いを取れ、だ。
 あたたたたた。ぶつけたほっぺたを思わず手でさする。まったく、こんなとこあざになったらどうするのよ!
 視界は見事に男ばかりだった。同じくらいの、短い頭の群れ! 
 坊主と言ってしまうにはちょっと長い。まあ慣れたけれど、やっぱり何か変。決まりなのかな。指ですいて、そこから毛が出たらだめ、とかさ。
 今までも色んな学校を見たけれど、ここ程皆同じくらいの刈り込み方をしてるとこは見たことがない。
 それでもって、やっぱり、だとは思うけど、こっちを見て、びっくりしてる。
 期待が半分裏切られた、と言うような。
 そんなに珍しいかしらね。赤茶の髪は。
 伸ばしているのに編んでもいない、あちこちが跳ね回っている、狼みたいな髪型は。
 確かに今までの学校のどこでも見なかったけどね。あ、でもあの窓際の奴は結構長めだ。耳に髪を掛けてる。
「森岡…初日からずいぶんな時間だな」
「すみません、ちょっと途中で」
「まあいい、とにかく遅くなりはしたが、紹介せねばならん。来なさい」
 女教師―――戸の上の板には生田、と書いてあった―――は、仕方ないな、という口調で手招きする。
「…えーと、その遅れた原因があるんですが…」
「遅れた原因?」
 あたしはぐい、と「原因」を引っ張った。やん、と「原因」はとっさに口にする。可愛らしい声だ。そのままぐい、と彼らの前に押し出す。
「人を捜してるんですって。えーと」
 がたん、とその時席を立つ音がした。
「規ちゃん!」
 「原因」こと、今泉若葉は、立ち上がった男子生徒の一人に向かって、そう声を張り上げた。
「お前の知り合いか? 松崎規雄」
「…は、はい」
 ちょっと来い、と生田は松崎と呼ばれた生徒を手招きする。五分間自習してろ、と言い放つと、そのままあたし達は廊下へと出た。
「五分で話せる理由、か? 森岡さつき」
「あたしの方は話せますけどね」
 首を少し傾けると、ざらりと後ろの長い髪が流れるのが判る。
「ここに来る道の途中でこのひとを拾ったんだけど、彼女の自転車がパンクしてたんで、直してたんです。でちょっと時間が。あ、ここに来たのは時間少し過ぎたくらいだったんですけど、自転車置き場に手間取って」
「なるほどそれは納得の行く説明だ。くどくどしいのに一分も掛からない」
 妙な感心のされ方だ。
 生田は腕を組むと、頭半分小さいあたしの顔をのぞき込む。
「…おお、あざができてるぞ、森岡さつき。松崎、彼女達を保健室に連れていけ。伊庭先生に診てもらえ。そうしたらそのまましばらくついていろ」
「…は、はい」
 行こう、と松崎はあたし達をうながした。
 生田は再び教室へと戻っていく。なるほど、この知り合い同士に話す時間を与えてくれたって訳ね。
 無言のまま、あたし達は廊下を歩いていく。
 木造の校舎は歩くたびにぎしぎしと音がする。いつまで経っても慣れない音だ。こんなのであの教室の男子が走り回れば、ずいぶんうるさいだろう。や、うるさいどころか、踏み抜きはしないか?
 それにしても長い廊下だ。
 外側から見たところ、この校舎は二階建てだった。焼き板を張りつめたような外壁に、窓枠だけが白かった。
 工法のせいか、上に伸ばせないなら、確かに廊下は長くなる。十ばかりの教室と特別教室を越えたところに、ようやく目指す保健室はあった。





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最終更新日  2005.09.11 20:37:02
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