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2007.10.21
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カテゴリ:時代?もの2
「この山の七人は、残った業も尽きることであろう。兜率天に帰るがいい」
 はっ、と七人は顔を上げた。
「そして日本のそなた。そなたは以上の様な訳でこれからは幸福になるだろう。そしてこの七人のうちの一人を、孫に得るだろう」
「私の、孫…」
 俊蔭は思いも掛けない言葉に唖然とする。
「その孫は、人の腹に宿る様な者では無いが、これも何かの縁である。その者により、そなたの末は、豊かな報いを受けるであろう」
 その場に居た八人は皆、仏を拝み奉った。
 俊蔭はこの琴を仏と菩薩に一つづつ渡した。するとあっという間に二人は雲に乗り、風に靡いて戻って行った。その時には天地も震えた。

 この様にして、俊蔭はもう日本へ帰るべき時だ、と考え、七人に一つづつ琴を渡した。
 七人は涙を流して別れを惜しんだ。
「とてもここを離れがたいのですが…」
「おお、それは我々とて同様。我々にせめてできることは…」
 七人は音声楽でもって、孔雀が彼を渡した川まで送った。
「我々は日本まであなたをお送りしたいのだが、残念ながらそれはできない。ですからせめて」
 そう言って印を結び、呪文を唱える。
 あ、と俊蔭は声を立てる。彼等はその手に傷をつけ、その血で琴に書き付けたのだ。
 りゅうかく風。
 ほそお風。
 やどもり風。
 山もり風。
 せた風。
 花ぞの風。
 かたち風。
 みやこ風。
 あわれ風。
 おりめ風。
 その様に十の琴を名付け、七人は戻って行った。やがて琴は吹き上げる風に巻き上げられて行った。
 俊蔭は来た道を戻り、最初に出会った三人の元へとたどり着いた。
「…おお、よくお帰りに」
「…様々なことがありました」
 そう言ううちに、風が天女の名付けた二つも含めた十二の琴が名を付けられなかった白木のものを加え、彼の前へと降りて来る。
「…今までお世話になりながら、何もできずに」
「いえいえ、楽しい日々でした」
「せめてこれを」
 俊蔭は白木の琴を彼等に渡した。彼等が喜んだことは言うまでもない。

 そして俊蔭はようやく日本へ帰る気になり、まず波斯国へと渡った。
 その国の帝や后、そして皇太子にこのことを一つづつ報告すると、帝は非常に驚き楽しみ、俊蔭を呼んだ。
「この琴だが、まだその音が馴染んでいない様に思える。しばらく弾き鳴らしていくがいい。他国の者とはいえ、既に国を離れて久しいだろう。この国に居るのなら、わしが便宜をはかってやろう」
 それは、と俊蔭は返した。
「…私は日本に、既に年老いた父母がおります。ですがそれを見捨ててこの様に彷徨い来てしまいました。きっと今は亡くなり、荼毘にふされ、既に塵や灰となってしまっていることでしょう」
「だったら尚更」
「私はせめて、その白い屍だけでも見たいのです。見なくてはならないのです。…ですから、せっかくの仰せですが…」
 そうか、と帝は非常に哀れに思い、帰国を許した。

 波斯国の交易船に乗り、帰途についた俊蔭が日本についたのは、三十九の歳。日本を出て既に二十三年の月日が流れていた。
 父は亡くなって三年、母に至っては五年になるという。
 俊蔭は嘆いたが、そうしたところで父母が戻ってくる訳ではない。三年の喪に服し、それからようやく朝廷に帰国の報告をした。
「おうおう、亡くなった者も多い中で、よく帰ってきたものだ」
 と帝は彼の帰国を喜んだ。
 俊蔭が長い月日の間にあったことを報告すると、帝は哀れに思ったり、興味深く聞き、彼を式部少輔の役につけた。殿上も許し、東宮の学士に任じた。
「学問に道については俊蔭に任せる。順を追い、東宮の才に従って教え、治世のことも心配の無い様にしてくれ」

 すると、その様に帝から頼りにされ、容貌も有様も全てが人より優れている俊蔭には「うちの娘を」と持ちかける者が一気に来た。
 しかし当の本人は、仏に伝えられた、前世の淫欲の罪を思い、慎んで用心していた。
 そのうちに、それでも一人、一世の源氏にあたる女性に出会った。心映えの優れたひとだったので、この人なら、と俊蔭は北の方とし、女の子を一人儲けた。
 ようやく訪れた穏やかな幸せに、俊蔭は妻も子もどちらも非常に可愛がった。
 やがて位も上がり、式部大輔となり、左大弁と掛け持つ様になった。
 そしてその頃から、娘の才能が際だってきたのだ。





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最終更新日  2007.10.21 16:08:37
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