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カテゴリ:時代?もの2
やがて涼の妻、今宮の産屋では七日の産養があった。
涼の里方である紀伊守種松が、その際の御馳走を引き受け、御座所の準備もしていた。 簾の縁には浅黄で緑色の綺をつける。 南の廂に懸けて巡らせた壁代には白綾を使って光沢を出した。 畳には紺の真綿で作った薦畳に紫の裏を張って、唐錦の縁を付けている。席には白い綾を使っている。 茵には上席を敷き、またその上にもう一つ重ねている。それらは簀子にも置かれている。 浅香の机、銀の容器、黄金の土器、外側を檜皮色、内側に金箔を塗った沈製の火桶、そして銀で作られ、内側は黒く塗られた火鉢。その起こし炭までが全て上等なものである。 そのうちに正頼の息子達が皆やって来た。上達部は上に、息子達は簀子に控える。その他の客はまだ来なかった。 そんな中、涼は仲忠にこう招待の文を送ってきた。 「―――松風をはらむあなたもおいで頂きたいものだな。生まれた子があなたにあやかる様に――― ぜひ来て欲しいな」 「ああもう、こんなに催促されないうちに行こうと思ってたのに!」 受け取った仲忠は苦笑しつつ返事を書く。 「―――あえることをご存知のお子さんは、千年を経た待つを吹く野分の様に末が長いだしょう――― すぐにでも行くのに、『和え物』と言われるとちょっと行くのが恥ずかしいですよ」 「あそこは流石に人が大勢見えるし、晴れがましい場所なので…」 そう言って仲忠は紅の装束も綺麗にして出掛ける。涼はやってきた友をたいそう喜んで出迎えた。 近衛府の者や奏者などもずらりと既に揃っていた。 やがて平中納言や藤大納言忠俊や藤宰相実正といった人々もやって来る。 料理が出てきて、酒を酌み交わし、談笑などする中で、詩の議論も始まった。 だが涼と仲忠はその仲間には加わらず、二人で話し込んでいた。 涼は仲忠に向かい、しんみりと語る。 「人の心程判らないものは無いですね。少し前まで、私は自分がここの婿として住むことになるなど、考えたことも無かった。藤壺の御方が入内なさった時は、それこそ絶望のあまり法師になろうか、死んでしまおうか、それとも滋野の帥がした様に、怒りにまかせた文を帝に奉ろうか、などとも考えたものだよ」 仲忠は涼のそれが言葉だけのものだということを良く知っているので、黙って聞いている。 「でも考えてみれば、皆馬鹿馬鹿しいね。そんなことしたって何にもなりはしない。それでまあ、当時は気を紛らわすために多少そこらの女にも手を伸ばしていたんだけど」 くす、と仲忠は笑う。 「おやおや、嘘だと思っている。まあどっちでもいいさ。そのうちここの大殿に、今宮の婿にどうだ、ということを言われてね」 何ですか何ですか、と周囲は涼の言葉に耳をそばだてている。それ故に彼は本心ではない自分を作る。 「さすがにそれはひどい仕打ちだと思った訳だ。姉は駄目だからせめて妹を、という。だからちょっと大殿を懲らしめてやれればな、と思って了承した訳さ」 内情を知る仲忠からしてみれば、涼の冷静なその話っぷりが可笑しくてたまらない。笑いを抑えるのが精一杯だった。口を開くと何やらぼろが出てきそうなので、彼はただもう、黙って聞いてやるふりをとっていた。 「で、一晩通って、今宮が綺麗な女だったらもう一晩は行ってやろう、可愛かったら二晩は行ってやろう、と思ったのさ。だって、大殿は私のことを融通の利かない田舎人と思ってそういう仕打ちをするのだもの。そのくらいの仕返しもしなくちゃ、と思って二晩は通った訳さ」 「実際美しかった訳でしょ?」 仲忠はようやくそう口を挟む。 「まあね。だから二晩泊まった訳さ。でもほら、君同様に三日目、帝から召された晩があったろう? あの時はさすがに、もう止めだ、と思ったんだけどね。で、帝の御前で夜が更けるまでお仕えしていたんだけど、そのうちさすがにこのままじゃあ彼女が可哀想だよな、と思ってね。…そんな訳で、今この三条殿で君や皆と一緒に居るのさ。都で生い育った皆だったらこうやって納まってはいないと思うよ」 「まあ。ね。でもここの大殿もあなたのことは元々色んな約束を破ってしまったこととか、気にしていたから」 ふふ、と仲忠の言葉に涼は微笑む。 「そうかな?」 「少なくとも帝や院のお言葉に背いてしまった訳だからね。東宮さまに藤壺の御方を入内させてしまったことは、かなり無理矢理だった訳だし」 そうそう、無理矢理でしたよね、と耳聡い周囲からも同意の声が挙がる。 「でもそもそも僕等が当時の貴宮に恋して文を送ったのは、彼女が美しい、という評判からだったでしょ。その点だったら涼さん、あなたの今の奥方もそう変わりはしないでしょう? 小さな頃から大殿も大宮も大事に育ててきた姫なのだから」 そう言いつつも、二人は苦笑をお互いに隠せはしない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.01.11 17:17:54
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