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2009.01.11
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カテゴリ:時代?もの2
「そう言えば」
 仲忠はふっと目を細める。
「僕等が吹上に出かけていって、あなたと最初に出会って色々遊んだ時には、こんな今が来るなんて思いもしなかったな。あの時は本当、今では思いつきもしないようなことを色々やったなあ」
 確かに、と涼は黙ってうなづく。
「あの頃僕等はまだ上達部の端くれに引っかかった程度だったけど、今は公卿で。…あの時一緒だった仲頼さんも出家しなかったら、蔵人頭くらいにはなっていた筈ですよね。元々身分の高いひとだったし、帝からも目をかけられていたひとだったのに… そんなひとが山に籠もってしまって… どうしてるかな、最近忙しくて訪ねたりできなかったんだけど… 涼さんはどう? 仲頼さんの所へは」
「私は時々出かけているよ。そう、ちょっと前には、寒くなるから、綿入れの着物とかも縫わせて、草餅とかと一緒に送ったり」
「年が明けて花盛りの頃になったら、皆で仲頼さんの所には行きましょうよ。行正さんも連れて、皆で詩を作りたいな。懐かしい楽しいことは忘れちゃいけないと思うんだ。今が世知辛いのだったら余計に、あの頃のことはきらきらした思い出として大切に大切にして、ずっと持っていたいよね」
「今はそんなに世知辛い?」
 涼は問いかける。
「ううんそういう訳ではないけれど。今は幸せさ。本当に。宮は愛しい。子犬ちゃんは目に入れたくない程。だけどそれでもあの頃、僕等男だけでわいわいと何処かで浮かれ騒ぐ、なんていうのはもう思い出の中にしか無いでしょ」
 決して今が嫌な訳ではない。けど。
「それに今は殿上の間に彼が居なくて、管弦の時なんかもう一層寂しいじゃないの。いつ何が起こるか判らない世の中だもの。聴きたいと思う音楽をいつでも聴けるからって惜しんで聴かずにいて、そしたら何の前触れも無く明日死んでしまうようなことがあるかもしれないじゃない。そしたら何の生きてる甲斐があるんだろ」
「…」
「それにいつかは僕等も年とって行くんだよ。その時にはいくら身につけた技芸だって、手が動かなくなり声も出なくなるし、頭だってそう。気付かないうちにいろいろ忘れていってしまうんだ」
 だからね、と仲忠は涼の手を取る。
「ほら今から琴を弾いて下さいよ。平然と雲の上に居る様な顔してないで、この世の中に降りてきて、僕にも帝にも、あなたの養父母にも皆に聴かせてくださいな」
「…そうだね」
 涼はうっすらと微笑む。
「したいことをできる時にするってのはいいね。生き甲斐のある世の中だ。じゃあ君も弾くんだね」
「いやそこはまず涼さんから」
 そんな戯れ言の様な、そして何処かに本気が混ざっている様な会話をしながら、結局は琴に手を触れない二人だった。
 元々弾かせる気はあっても弾く気は無いのだ。できるだけ人前では。

 ややして、涼の元に、正頼から文が届く。

「お祝いに参上したいとは思うのですが、持病の脚気でどうにもこうにも。
 そこに息子達が居りましょう。私の代わりに何か雑役でもさせてやって下さい」

「おやまあ、大殿は来られないのか」
 涼は了解した、とばかりに返事をすぐに用意する。

「了解致しました。おいで下さらないので、皆大変寂しそうでございます」

 などと書いて使いの者に渡す。

 正頼が来ないのが判ったからなのかどうなのか、さて、と涼は色紙に碁手を多く包ませて皆それぞれに配った。
「涼さんの宝は皆で今晩賭け碁で取ってやろうよ」
 仲忠は楽しそうに皆に呼びかける。皆で賭け碁が始まった。
 涼は「負けた」と言っては碁手を相手の結び袋に入れる。またその入れ方が鷹揚なものだったので、相手をしていた仲忠の餌袋が一杯になってしまった。入れすぎだ、と仲忠は笑うが無論涼はそんなことは気にしない。仲忠は碁手入りの大きな餌袋を二つ持つ羽目になってしまった。 
 それを見た、負け組の男達は仲忠の元に近付いて「いいじゃないか用立ててくれ」と欲しがるのだが、そこはそこ。仲忠は首を縦には振らない。
「駄目ですよ。だってこれ、僕が今度負けた時に使うぶんですもん」
 そう言われては皆も引き下がるしかなかった。ちなみにその中に入っていたのは黄金の銭だった。





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最終更新日  2009.01.11 21:11:14
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