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カテゴリ:時代?もの2
「…あなたをうつほで見つけた時、胸が潰れそうになったんだ」
兼雅はやや拗ねた様な声で言う。 「その時他の女のことは頭から吹き飛んでしまったんだ。あなたのことで頭がいっぱいになって、他の女のことなど思い出しもできなかったんだ」 その言葉には尚侍もさすがに心を動かされるものがある。 「仲忠が言うまですっかり忘れていた」 「嫌な方」 「そう言わないでおくれ。私だって彼女達のことは哀れに思っているんだ。ただ仲忠もああ度々親に向かってそう責めなくとも…」 最後の方は口の中でつぶやく様な声になる。 「ああもう。どうやって彼女達を助けてやったらいいのかな。あなたには何か考えがあるのかい?」 急に言われても。尚侍もすぐには考えが浮かばない。 と、その様に二人が話している所に、仲忠からの贈り物が届けられた。 「ほぉ、なかなか趣のあるものだな、持っておいで」 近くに持って来させて開けると、それは仲頼の妹君に与えたのと同じようなものだった。 「たいそう美しい白絹… そうですわあなた、これをそのまま困っている女君達に分けてくださいな」 それはいい、と兼雅はなかなか考えも浮かばなかったところなので一も二もなくうなづいた。 牛を外した車に破れた下簾をかけさせ、納殿にあった貴重品や衣類、贅殿に保存しておいた魚、鳥、菓物の中からよさげなものを選び、長櫃に入れた炭や油などと一緒にその中へ入れさせる。贈り物なのだ、と。 そこへ文を添えて。 「先日はあなたに会ったことで、目がくらみ、頭もぼうっとしてしまったので、大した話もすることができなかった。どうか許して欲しい。今となっては、 ―――亡き父君はあなたを案じて訪ねることもあるでしょうが、今となっては私が訪れても仕方がないことです。 さて、この「こめ」は夏衣でしたね。今すぐという訳にはいかないでしょうが、そのうち役に立つこともあるでしょう。情と同じようにね…」 急な、そしてありがたいはからいに皆一様に嬉しがる。贈り物だけではない。金子もあったのだ。 主人である中の君は、先日の自分の文を見たからだな、と思って返しを書き出した。 「先日は思いもかけないお便り… 夢心地でございました。けど、 ―――私の待つ人は久しい間見えませんけど、夕方雲が見えない日はありません」 微妙に嫌味が混じってしまうのは気のせいではないだろう、と彼女自身も思う。こんな思い出した様にぽん、と贈ってくるのも―――悪くは無いが、何よりいつも会えるならもっと嬉しいものである。自分としても、自分の元に集ってくれている者にしても。 ただ兼雅の贈ってきた金子は非常にありがたかった。何せ百両近くあったのだ。 元々その金子は彼女に与えるためのものではなかった。 たまたまこの頃は唐人が渡って来る時期で、兼雅自身、何か珍しいものがあったら彼等から買い求めようと用意していたものである。 中の君はこれで使用人達に衣類を用意してやることができた。皆喜んだことは言うまでも無い。 それがまた噂になり、それまで何かと適当なことを言って彼女の元を飛び出した使用人も戻ってきたということである。 彼女の住む辺りは物が豊かになり、賑やかになってきた。それを見た一条院に残る兼雅の他の女達や、使用人達は非常に羨ましがって騒ぎ立てたということである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009.06.24 14:53:01
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