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カテゴリ:極私的映画史
20代のころ、年上の知人に「30歳を過ぎたら小津の本当の良さがわかるようになる」と言われたことがある。確かに、大学時代の僕は、たまにTVで見る小津作品の独特のセリフのテンポがまどろっこしくて仕方がなかった。そのうえ、正しい映画青年が通う文芸地下や並木座にはあまり足を運ばず、蒲田や五反田といった盛り場感あふれる名画座を好んでいたのだから、自ずと小津との距離は遠くなるばかりだった。
そんな僕が1984年、なぜか小津を見に出かけた。場所は大塚の鈴本キネマ。名画座になる前は寄席のあった場所らしい。上映作品は「東京物語」と「秋日和」。「東京物語」は苦く、「秋日和」は楽しい。なかなかバランスの良い2本立てだと思う。その組み合わせのせいだろうか。それまで感じていたセリフのまどろっこしさなど、まったく感じず、むしろそのゆったりしたセリフのやり取りが何とも心地よい。当時は25、6歳だったと思うが、年齢のせいなのか、社会に出て数年経ったからなのか…。 「東京物語」は、さすがに映画史に残る名作だった。家族というものを、両親の上京の物語の形で見事に描き切っている。特に地方出身で都会に暮らす者にとっては、おそらく時代を超えて胸にしみる作品になるのではないだろうか。笠智衆と東山千榮子の姿を自分の両親に重ねる人は多いと思うし、一方でその子を演じた山村聰や杉村春子には、共感を覚える人が多いはずだ。 また、広島出身という設定が、同じ中国地方出身の人間には、わが身に重ねてしまう要因。笠智衆は相変わらずヘンななまりがあるものの、基本的にはアクセントやイントネーションは中国地方のそれ。その言葉だけでも、より一層、物語が身近に迫ってくる。 もう1本の「秋日和」は「東京物語」とはうって変わって、のんきな初老紳士トリオが楽しい。まどろっこしいと思っていたセリフが、何とも言えない間合いで、作品をテンポよく進めていく。それまでのセリフへの違和感は何だったのだろう。むしろ、あの小津映画独特のセリフ回しが、とにかく心地よくなってしまった。 単なる「食わず嫌い」だったのか。この2本立てを境に、映画の出来不出来に関係なく、小津安二郎の世界は僕にとって、とても心地よいものとなった。 東京物語【Blu-ray】 [ 笠智衆 ] 秋日和【Blu-ray】 [ 原節子 ] お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.03.17 23:13:51
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