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EYASUKOの草取り日記

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Burnet@ お世話になりました EYASUKO さん 16年間のブログ生活でしたが…
Burnet@ Re:ありがとう!ゆきちゃん、そしてさようなら(09/15) EYASUKO さんも哀しい思いをされていたの…
EYASUKO@ Re[1]:ありがとう!ゆきちゃん、そしてさようなら(09/15) まりえ5182さん、暖かいお言葉をありがと…
まりえ5182@ Re:ありがとう!ゆきちゃん、そしてさようなら(09/15) 思わず涙ぐみました。ゆきちゃんの写真は…
EYASUKO@ Re[1]:祖国への愛に生きて:ムハ「スラヴ叙事詩」(05/15) pippi2003さん お久しぶりです。 アール…

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2008.05.16
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カテゴリ:

「ベル・エポック」(よき時代)と称えられた19世紀末は終わりを告げ

激動の20世紀の幕が切って落とされました。

その象徴が1918年のハプスブルグ帝国の崩壊でした。

これにより、ミュシャの故郷はチェコ・スロバキア共和国となり

つかのまの独立の道を歩み始めます。

ミュシャは、すでに1910年に故郷に帰還していて

アルフォンス・マリア・ムハとして

祖国の歴史を描いた20点の絵画から成る「スラブ叙事詩」の製作に着手していました。

そして、この新しい共和国のため私財を投げ打って協力

紙幣や切手、国章などのデザインを無償で行ったりしました。

以前ご紹介した、聖ヴィート大聖堂のステンドグラスや

聖ヴィート大聖堂のミュシャのステンドグラス

プラハ市庁舎のホール装飾もこの頃の作品です。

スラブ叙事詩作成費用の調達のためアメリカにまで渡ったりもしています。

絵柄も、がらりと変わり、ベル・エポックの貴婦人から離れた

民族的な色彩の濃いものとなりました。

しかし、歴史の足音は非情でした。

ナチス・ドイツの台頭です。

1939年、チェコ・スロバキア共和国は解体され

ムハはゲシュタポにより逮捕され、過酷な取調べを受けます。

容疑は「ムハの絵画は、国民の愛国心を刺激するものである」という理由から。

もちろん、こんな理屈が通るはずもなく、ムハは釈放されますが、

79歳の老体にとっての過酷なこの体験により

釈放の4ケ月後

愛国者アルフォンス・マリア・ムハはその人生を閉じました。

その後、チェコは戦後の冷戦体制の中、共産圏に組み込まれ

ムハの絵も、共産主義政権により意図的に無視されてしまいます。

しかし、民衆レベルでの敬愛は続き、

折りからのアール・ヌーヴォーの評価とともに

その名声は復活し、今日に至っています。

ムハの人生や作品は、こちらのサイトで詳しく見ることができます。

ミュシャを楽しむために

愛国者ムハとしての作品も多く掲載されていますので

ぜひ、ご覧になってください。






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Last updated  2008.05.16 09:23:02
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