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こんにちは。
最近、僕が感銘を受けた文章がありましたので、 ご紹介したいと思います。 イムマヌエル綜合伝道団の創設者・初代総理(代表)の 蔦田二雄さんの文章です。 聖書を読むことをすすめています。 では、どうぞ。 ----<<蔦田二雄全集第一巻より引用>>--------------------------- ある人は、読むことそれ自体を文字通り実行するということの前に、 これを言語学的に、あるいは神学的にあるいは哲学的にという角度 から了解したいということを先行条件とするために、なかなか読む ということの実行に入りません。 これは誤りでありまして、そうした先行条件をはずして、 聖書というものは、極端に言えば、わかってもわからなくても 読まなければならないものであるということ、 読むことによってだんだん理解されて行くものであるということを 忘れてはなりません。 わかるから読むのではなく、読んで行くからわかって行くのであります。 それから、読んでわかって来ると、今度はそれを理解したいという 欲望が必ず湧いて来ます。 また理解する能力が自然に醸成されてまいりますから、今度は読んで いる場所が全体のどういう部分であり、内容は何であるかという ことをだんだんと分析的に知ることができるようになって来ます。 これは、聖書を読むという世界において一段と進歩した姿であります。 すなわち理解が伴って読むようになると、今度は聖書の言葉を味わう ことのできる力がまた増し加わって来るのです。 頭脳的に学理的に分析したり言語学的に理解したりして長いこと 読んでいると、味が出て来るようになります。 蜜をなめるように、またおいしい食物を食べるように吟味することが できるようになって来るのです。 そうして最後に自分たちの生涯において、自分たちの実際の問題に これを適用する能力が必ずついてまいります。 御言に従うところのクリスチャン生涯がそこに形づくられて来る ようになります。 ----<<引用ここまで>>------------------------------------- お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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