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2011年11月26日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
まだ私も観てませんが、素晴らしい映画のようです。

ぜひ私を含めて今の日本の人たちに見ていただきたい映画です。




「アレクセイの泉」  Save Our Souls 我らが魂を救え!より転載





生まれ育った土地に住み、働いて、
そこに住む人々を助け、ある時は助けられて、静かにたんたんと生きていく。
ティーンエイジャーだった頃は、そんな生き方、
退屈きわまりない!と、思っていたけれど、
すっかり大人になった今は、それこそが理想的な生き方だなと、
憧れすら抱くことがあります。
そんな理想郷が、この映画「アレクセイの泉」の舞台です。
雪深い、美しい針葉樹の森を抜けると、その村はあります。
まだ薄暗い朝、村人たちが、共同の泉にやってきて、水を汲み、
ある者はバケツに、もう少し力のある者は、天秤棒に二つの桶をぶらさげて、バランスを上手く取りながら、ゆっくり水を運んでいく。
カメラは、一軒の家の中に入っていきます。
農閑期、家族全員が静かに、家の中で過ごします。
75歳のイワンは、得意のカゴ作りを、70歳のニーナは、糸をつむいだり、機を織ったり、繕い物をします。
彼らの末の息子、34歳のアレクセイは、暖炉のそばで読書にふけっている。
風の音、森の木から雪が落ちる音、水の音、薪が燃える音、猫の鳴き声、それらの静かな音を背景にした、充足した光景は、まるでおとぎ話のよう。

しかし、これは、おとぎ話の村ではありません。
地図から消された村、ベラルーシ共和国ブジシチェ村なのです。
1986年4月26日、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所の大爆発によって、最も深刻な放射能汚染の被害にあった地域にある、小さな村。
実際、この村の美しい森は、チェルノブイリと同じぐらい汚染されており、60キュリーから150キュリーの放射能が、検出されています。
事故直後、40キュリー以上が、強制移住として指定された地域だったので、汚染度はかなり深刻で、当然、この村に住んでいた約600人の人々は、別の地域へ移住していきました。
現在、この村に残っているのは、55人の高齢者と、ただ一人の若者、アレクセイだけ。

彼ら56人も、この村を出ていくことを、何回も何回も考えたはずです。
けれども、どうしてもこの村を捨てていく気にはなれなかった。
それは、あの泉の水があるからです。
ジャガイモ畑も学校も、あらゆる土地が汚染されているにもかかわらず、何と、この泉の水からは、まったく放射能が検出されないというのです。

高濃度に汚染されている森で採れるきのこも、『絶対に食べてはいけない』と何度警告されても、その時期になると、森に入り、採取し、ちゃんと泉の水で洗ってから、食べたり、保存食用に瓶につめたりして、森の恵みをしっかりいただきます。
村人は、この泉を「百年の泉」と呼びます。
「この水を飲んでいれば大丈夫」と、老人は言います。
「あの泉のそばには、神様が立っている」と、言うのです。
だから、"リンゴ祭り"、"秋の収穫祭"、"冬の十字架祭"と、季節ごとの祭りはすべて、この泉で執り行います。
ここは、水を汲むだけの場所ではなく、村人の心のよりどころなのです。

この映画が撮られた2000年、ほぼ10年ぶりに、司祭がやって来ることになり、
女達が、2年も前から、やいのやいのと言っていた、
腐りかけていた、泉の木枠の修理を、じいさん達が渋々始めるところが、この映画の中でも、とても楽しいシーンです。
平均年齢71歳の5人衆は、森に入り、適当な大きさの木を切り倒し、
泉まで運び、斧と鋸だけで、どんどん木枠を修理していく技と姿は、
なかなかの男っぷりで、かっこいい!
もちろん、力仕事がある所に、アレクセイは必ずいます。
村でたった一人の若者なので、ちょっとした力仕事から、
収穫時の、コンバインの運転や、トラクターの修理など、
困った時は、誰もがアレクセイに声をかけます。
アレクセイは、その助けの声に、イヤな顔一つせず、
当たり前のように、黙々と仕事をします。
アレクセイもまた、泉と同じように、村人の心のよりどころなのです。
しかも彼は、とてもやさしい。
馬や犬や、カエルと遊ぶ時も、笑顔で話しかけ、十字架を作るために、木を切り倒す時も、そっと「ごめんね」と声をかける男です。
その姿を追っていると、宮沢賢治の詩の中に出てきそうな、聖者のように思えてきます。

アレクセイは、小児麻痺の後遺症のため、動作が少しだけゆっくりです。
それが理由なのか、年老いた両親を残しておくのがしのびなかったのか、この村に残りました。
彼は、その理由をこう語ります。
「村で生まれた者は、たとえ町へ出て行っても、いつも村に心を寄せている。
 運命からも、自分からも、どこにも逃げられない。
 だから、僕もここに残った。」

誰かの力になること、助けることは、つまるところ、
助けられることと、同じなのかもしれません。
老人たちを助けることで、アレクセイもまた、生かされている。
そうやって人は、助け合うことで、共に生きていく。
祭りの時に、ばあちゃん達が、輪になって踊る時の、あの喜びの笑顔。
共に生きることのすばらしさで、ほっぺたがピカピカに輝いています。
その喜びの中心に、こんこんと湧く、泉があるのです。

その泉の存在を、神がいることの証だと、思う人もいるだろうし、
奇跡だと、思う人もいるでしょう。
わたしは、この泉に、命の源泉のようなものを感じ、
体のずっと奥の、深く静かな部分にある何かと、共鳴するのを感じました。
それは、誰にも触れられない、
自分でさえ触れたことのない、赤ん坊の時のままの何かで、普段のわたしの生活では、ほとんど思い出すこともない、
命の力が、呼び覚まされる体験でした。

「泉の水が僕の中に流れ、僕を引きとめている。
 泉が人々に故郷に戻るよう、引き寄せているのだろう。」
アレクセイは、こうも語ります。
心の中の泉を信じ、諦めて生きることのすごさ、
目の前の現実を受け入れて暮らしていくことのすごさに、
胸うたれる映画です。

                                       -writing by 吉田 妃呂-





★東京、BOX東中野にて、12/21~上映あり!詳しくは、オフィシャル・サイトをチェック!

★東京都内は、8/1、なかのZERO大ホールで、特別上映会があります!
監督の本橋成一と、音楽の坂本龍一のシンポジウムや、
坂本の映像作品「ELEPHANTISM」のダイジェスト上映などもあります!
その他の地域は、オフィシャル・サイトをチェック!






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最終更新日  2011年11月26日 21時46分50秒
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