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カテゴリ:コラム・えっせい
ミカン、リンゴ、干し柿、自家製黒豆(早々と煮た)、カレンダー、万能家伝薬、お仏壇のお花などを積んで、ショータンに運転して貰って母を訪ねた。
大阪の北の方淀川区だから、約3時間かかる。電車・バスでも同じくらいで、料金は家から駅までをタクシーにして往復4,480円。ショータンの運転は、昼飯とガソリン代が要る。 母の家は団地の1階。「無用心やから、鍵かけとかなあかんよ」と言うのに、いつもドアはロックしてない。中へ入って「こんにちわー」と言っても返事が無い。大きな声でテレビが喋っている。 目の前まで行って「コンニチワー」 「ああ。あんたかいな。珍しい」 1時半なのにお昼を食べていた。また小さくなったようだ。 「今年は一万五千円のオセチを百貨店へ注文した」 のっけに母は言った。それがいい。それがいい。 「お湯のみ、出して……ハイお茶。あんまりええお茶やないけど、まあ飲んでください……えーと、お菓子……」 気を遣っている。 「まだお腹へってないから結構です」 「え?」 「さっき食べたとこやから、要らん」 「え?」 「お茶だけでええって……」 耳の調子も悪くなっている。と思ったのが判ったのか、母は補聴器を買いに行った話をした。 「お姉ちゃんな、『ええのん買い』『ええのん買い』言うてうるさいから、30万円持って買いに行ってん阪急へ。お姉ちゃんに連れて行ってもうてんけど、いろいろテストしてくれはって、『今してはるのでいいやないですか。よう聞こえてはりますよ』言うて買えとは言いはれへんかってん。そやからお姉ちゃんが、『わたしと話してたら全然聞こえませんねんけど』言うたらな、『神経性のもんです』て。『聞き落としてもええようなこと言うてはるとか、なにか文句言うてはるとかで、聞こうという気が無いのと違いますか』言わはってん。その通りやからな、買うのんやめて帰って来てん」 姉は四、五年も前から良い補聴器を買えとうるさく言っていたが、5万円のを買って使っている。 「94やからな、そんな高い補聴器は勧めはれへん」 いやあ。姉もひつこいけど、母も強情だ。姉は面倒見がいいが自分の意見を押し付け過ぎるし、母は自己主張が強い。「あんたさんとお話なさるときだけ聞き取りにくいようですよ」と言われて、またむくれた姉の顔が想像できる。 「この下に厚手の絨毯敷いて、テーブルコタツと替えるねんけど、アスミちゃんが来てくれるのん待ってるねん」 あんた来たついでにちょっとしてくれへんかと言うことだ。94歳の母を半年も放ったらかしていたのだから、それぐらい仕方ない。ショータンもいるから簡単だ。 テーブルの上を片付け始めると、ショータンは「一人で出来るんか」と言った。 「出来るよ」 「おれはそんなことしに来たんと違うから、帰る」と出て行ってしまった。今自分が必要とされているという時に逃げるのが好きな男だ。要らんわ。逃げるヤツに頼むかい。 絨毯は何処? テーブルはどれ? と私なりにテキパキとやった。 「あの人。手伝うてくれへんのん?」 「そんなんしに来たんと違う、言うて帰ったわ」 「けったいな人やなあ。手伝うてくれるもんやと思たのに」 ガソリン代1万円欲しくて来てるんだと前に教えてやったんだけど。 「いざという時、頼みになれへん人や」 「根性悪いねんなあ」 「悪い悪い」 「脚の手術して退院するときも、お金持って来ェへん、荷物も運べへんかったんやろ?」 「そうや。タクシーの運転手さんに3千円払ろて、2階まで運んでもうた」 次の日、タクシーで郵便局へ行ってお金を下ろし、病院へ支払いに行ったのだ。 「ハワイから帰るときも、うちの飛行機賃無いからお母ちゃんに電話して送ってもうた。私が働いて養うてたのにね」 「今でもやろ」 「今でもや」 ショータンが年金幾ら貰っているのかも知らない。家の光熱費と自分の医者代とガソリン代を負担しているだけだ。旅行に行く時も高速料金とガソリン代を持つだけで、「タダの運転手や」と威張っている。 「ほんまに頼りにならん人やな」 二人して逃げたヤツをこき下ろす。 「家のこと、なんにもせえへんよ。運転しかすることないのに、歯医者へ5遍ほど連れて行ってもうたら、『もう勝手に行け!』言うしなぁ。バスと電車で行ったら片道2時間もかかる」 部屋の入り口が狭いから「真っ直ぐや」「斜めや」と言いながら、母もテーブルの片側を持ってどうにか入れ替えた。こうしたらコタツテーブルのある間、「あの子にしてもうた」と思うじゃないの。 「そういうたらな、近所の○川さんのご主人も気ままでイケズばっかり言うてる人やったらしいけど、先月死にはった。『こんなヤツ、早よ死んだらええのに』と思われたら死ぬよ」 「コロンと死ぬんやたらええけど」 「その人はな、胃や心臓や肺や、ほうぼう悪うなって入院したり退院したりした挙句に死にはった」 死んだらええ、まだ死なんでもええ、と奥さんが祈ったり祈らなかったりした加減だろうか? 「で、幾つやったん? その人」 「九十五やった」 夕方帰るとき、「外は寒いから」と一度着ただけという半コートと、茶、赤、白、黒の派手なチェック柄のショールををくれた。 「家までタクシーで帰ったらええねん」 「えー? 5万円以上かかるわ」 「そうかなあ。ほな、大阪駅まで乗り」 誰が……10円もくれるわけではないのに、よく言うわ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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