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カテゴリ:独り言
音楽や美術の世界でも、いわゆる「本物志向」というのがある。なんでも突き詰めてゆくと、物事の核心をついてくるものだが、ジャズにおいても例外ではない。長いジャズの歴史の中にも、決して有名になることはなかったが、本物を追求しつづけていたミュージシャン達が多いじゃずだ。その中で運の良いミュージシャンだけが、檜舞台に立ってきたのは、音楽の事情を心得ている人間なら、身をもって理解できるだろう。
本物志向にもいろんな方向性があり、往々にしてその方向性はクリエートする人間の価値観に左右される。例えばジャズではスタンダードを極める、なんてのも本物志向の一つだろう。(今時そんなアーティストは居ないだろうが。)一方では、ジャズの真骨頂はクリエートなので、新しい音楽、スタイルをクリエートしてこそ、本物だと考える人もいるだろう。 近年、ジャズの定義そのものが随分と変わってきている。もともとジャズとはスイングのリズムに乗って、インプロビゼーション(アドリブの事)を展開してゆく音楽、という風に捉えられていたが、昨今では、ジャズの中の「スイング」または「ふぉービート」というスタイルという捉え方が多い。少なくともミュージシャンの間だでは、そういうことになりつつある。 そんな感じにジャズは変幻自在の音楽へと変貌を遂げてきた。そうなると、クリエイト魂旺盛なジャズ・アーティスト達は、やっぱり新しい独自のサウンドを求めることになる。そこで、音楽そのものが難解な方向に行くこともあれば、ジャズらしくないスタイルになることもある。では一方聴衆は、というと、あいもかわらずスタンダードを求めてくる。 自分の作品を繰り出しているのに、聞く耳さえもたれない時すらある。これは本当に淋しい状況なのだ。99パーセントのジャズ・アーティストは、まるでヴァン・ゴッホのような日々を送ることになるのだ。その生活を継続する勇気には、本当に敬服せざるをえない。答えが出ないかも知れない人生に、全勢力を注ぎ込むのだから。 一般の職業の場合、趣味ももてる、家庭ももてる、そして安定した生活が保障される。でも、多くのミュージシャン達が、これらを捨てる引き替えに、自分が自分に課した大きなテーマに挑んでいることも事実だ。 世に多く出回っているジャズ系のインディーズCDなんかも、そういった人達の集大成でもある。だから、プロの評論家達には「いいかげんな論評をしないで欲しい」と、心から願うのである。(音楽をしらない無責任な奴らが多いので。) ★実際には締め切りに追いまくられて、ちゃんと作品に耳を通している人は少ないんですよ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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