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日本大好き、好きです早稲田日記

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2007年07月11日
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カテゴリ:愛国心
 昭和18年10月、学徒出陣に際して早稲田大学と慶応大学の間で、最後の早慶戦が早稲田大学の安部球場で行われた。

 試合開催に積極的だった慶応大学に比べて、早稲田大学の態度は、軍や治安当局の目をうかがい、煮え切らない態度を取り続けていたものの、野球部の尽力で開催にこぎつけることが出来た。
 試合当日、当時の慶応大学の小泉信三学長は、早稲田大学の誘いを断り、学生とともに一般席で応援した。

 早稲田大学における学徒出陣の歴史を紐解くと、後世のものにとっては、なかなか歯がゆいエピソードが多く、私自身学生時代沈痛な気持ちになること幾たびかあった。

 そうした中で出会ったのが、会津八一教授と学生の奈良・大和路旅行の逸話であった。いまでこそ会津八一と言えば、近代短歌史に万葉ぶりの歌風を再興し、また東洋美術の研究者、コレクターとして理解しているのだが、当時二十歳そこそこの若造であった私にとって、未知の存在であった。

十一日まづ東大寺に詣でまた春日野にいたる同行の学生に近く入営せむとするもの多く感に堪へざるが如しすなはちそのこころを思ひて
いでたたむ いくひ の ひま を こぞり きて かすが の のべ に あそぶ けふ かな

うつしみ は いづく の はて に くさ むさむ かすが の のべ を おもひで に して

かすがの のこぬれ の もみぢ もえ いでよ また かへらじ と ひと の ゆく ひ を

 会津教授が学生たちとの旅行でしるした和歌である。会津教授にとっては十日間を越す強行日程はそうとう身体にこたえたであろうことが、その後の学生たちの証言などから明らかになっているが、会津教授は、千数百年前の我が国の仏像や大和の風景、万葉の和歌の数々を戦地に出で立つ若者達の心に焼き付けて欲しいとの願いがあったに違いない。

 若者達もまた、万葉の防人の歌を拝誦し、自らを防人と任じて任地へ赴いたであろうことは容易に想像できる。

 私にとっては、早稲田においても学生たちの武運を願い、願わくば平和の世となり、再び学問を志して学び舎へ還る時の来る事を、心ひそかに願った教授がいたことを知り感謝の思いを抱いた。

おほてら の まろき はしら の つきかげ を つち に ふみ つつ もの を こそ おもへ

あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき この さびしさ を きみ は ほほゑむ

かすがの の しか ふす くさ の かたより に わが こふ らく は とほ つよ の ひと

すべ も なく やぶれし くに の なかぞら を わたらふ かぜ の おと ぞ かなしき

 このたび、ゆえあって新潟の地をおとない、護国神社の近くの会津八一記念館を拝観し、長年の念願かなった。
 記念館では、会津八一と草花にかかわる短歌等の展示が行われていたが、今上天皇の立太子礼に際して詠進した和歌が展示されていた。

立太子式同詠勅題菊久栄 八一上
しらぎくは かにこそにほへ ひのもとの ひつぎのみこは いやさか江末世

 会津八一の作風は、全ての言葉をひらがなで記すのが特徴とされているが、当て字とはいえ漢字が入っているのが極めて珍しい。
 
 唐突ではあるが、「愛国心」について具体的モデルを探して教材にするというのはなかなか難しいことである。特攻隊、学徒兵、鉄血勤皇隊、あるいは幕末の吉田松陰、西郷隆盛…。もちろんこうした人物やトピックを教えることは重要であり、こうした話を通じて歴史を実感することは大切であるが、では、それが児童生徒の生き様と、日常的にどうかかわるのか。

 平時にあって有事の人物をモデルにするということはなかなか難しい。いや逆に平時であればこそ、勇ましいことも言えるという考え方もある。
 私は、会津八一氏と学生の最後の旅行の話や、或いは会津氏が日々の営みの中で万葉人の心へと回帰しようとした生き様というものは、これは十分愛国心の教材として活用できるのではないか、などと考えながら記念館を後にしたのである。

学規
一 ふかくこの生を愛すべし
一 かへりみて己を知るべし
一 学芸を以って性を養うべし
一 日々新面目あるべし
秋艸道人朔

 早稲田大学の学徒出陣記録によると、大学の学徒出陣壮行会に臨む会津八一教授揮毫ののぼりと学生を見送る教授の姿がおさめられた写真が残されているそうである。



歌碑

記念館

あいづ通り
この道に平行して走る通り(画面右側)には、横田さんの通った寄居中学校や、護国神社があります。





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最終更新日  2007年07月11日 21時05分38秒
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