イカちゃん 完
「ふ~~~ 焦ったぜ。息が止まるかと思ったぞ」「坂口さん。ヨシオ君(仮)の息の方はもう止まりかけてますよ」あ、忘れてた。「ヨシオ(仮)!しっかりしろヨシオ(仮)!」俺がヨシオ(仮)に活をいれているとオキデンがイカちゃんに事情を聞くとイカちゃんはチラチラ俺を見て「今日坂口さんに言われて・・・」え?なぜ俺の話?「あたし悔しくて・・・それでちゃんと練習に出ようと思って和也に当分会うのは練習が休みの時だけにしようって話したんです」和也?誰?ああヨシオ(仮)の事か。「それでヨシオ(仮)に殴られたのか?」「ウウッ」ヨシオ(仮)の肩を握る手に力が入る。「和也です。彼いつもは優しいんです。でも今日はあたしを待ってる間にお酒飲んじゃったみたいで」「でもそれだけで殴るなんてヨシオ(仮)君ひどいんじゃない?」「あたしも悪いんです。ムシャクシャしてて今日言われたのも和也のせいみたいに言いっちゃたし・・・あ、和也ですから」イカちゃんは俯き消え入りそうな声でつぶやく「もう一度和也と話をしてみます・・・あたし今日坂口さんに言われて悔しくて見返してやりたいだけだったんですけど・・・坂口さんもあたし達の為に一所懸命なのかなって思って。見返してやるとかじゃなくて、なんて言うか自己満足じゃなくて終わってからみんなで喜べるようにあたしも一生懸命しようって。そう言えばきっと和也も分かって貰えると思うんです」イカちゃんは富山の田舎の出身でそれにコンプレックスを持っている。だからそれを押し隠す為にいつも派手な自分を演じていた。でも今は淡々となまり隠さずに内側の自分で語りかけて来た「女のわがままを全部受け止めてたんじゃ身が持たねえが、一生懸命な思いぐらいは少々辛い思いをしてでも受け止めやらなきゃな。それが男の甲斐性ってもんだ。大丈夫。きっと分かってくれるさ。な、ヨシオ(仮)」俺はさっき気がついてイカちゃんの話を聞きながらポロポロ泣いているヨシオ(仮)の肩を叩く。「リカ・・・」ちなみにイカちゃんの本名はリカだ。それが変化してイカになった。「ヨシオ(仮)・・・じゃない、和也。何泣いてんのよ」「リカ、ゴメン。俺・・・」「ちょっと、泣く事ないじゃん」「リカ~!」「ヨシオ(仮)~!」・・・はあ、もうヨシオ(仮)でいいわけね。「あーあ。なんか馬鹿らしくなっちゃったよ。帰ろ帰ろ」肩を抱き合い泣いている二人を背に改札に向かおうとするととりちゃんが立っている「あの・・・坂口さん」「何?まさかあのバカカップル置き去りにする事に罪悪感もたなきゃならない訳?」冗談めかして言うと「いえ、あの・・・冷たいなんて言って・・・その・・・」「なんだ?せっかくクールなハードボイルドガイって褒めてくれてたのに取り消すのか?俺の評価ってドンドン落ちていくのな」「そんな・・・」「ま、いいや。明日からまた頑張ろうぜぇ」ポンと肩を叩きとりちゃんの横を通り過ぎる。「あの、坂口さん」俺に背にトリちゃんが声を掛ける「ん?」「もし私が彼氏に殴られたら・・・さっきのように怒ってくれるんですか?」「とりちゃん・・・」顔だけでなく身体ごととりちゃんに振り向き「そう言う質問は彼氏が作ってからしような」そうニッコリ笑って言って改札口に向かった。なに。見なくても分かる。とりちゃんの顔が憤怒に染まり行く情景を。翌日。部室に行くと「お早うございます」珍しく早く来ていたイカちゃんが元気に出迎えてくれた。「お、おはよう」イカちゃんのテンションによっと引きながら椅子に座るとイカちゃんも俺の横にニコニコしながら座る。「え?なに?」「何って、何でもないですよ」何か居た堪れない雰囲気に身を縮こませて座っているとオキデンと彼女が入ってきた。「よ、よう!」助けを求めるように勢い良く立ち上がる。「よ、よう」「おはようございます。あれ?二人っきりですか}オキデン言う妙に俺に不安がらせる言い草は止めようじゃないか「はいまだ誰も来ていませんね。ずっと二人っきりでしたフフフ」彼女の顔がピクリと引きつるのが目に入る「ちょっとコーヒー買ってくる」慌ててその場を逃げ出そうとするヘタレな俺「あ、いいですあたし買ってきます。坂口さんは座ってて下さい・・・それとも一緒に行きます?」な、何だ?新手の嫌がらせか?やっぱりイカちゃん昨日のことネに持ってるのか?「おはようございます」そこにとりちゃんが入って来た「あれイカちゃん早いのね。どうしたの?イカちゃんは恋に生きるんじゃなかったの?」とりちゃんの軽いジャブにイカちゃんは動じもせず「あら?あたしはいつだって恋に生きる女よ」背中がゾゾゾと来た。「やっぱり自分で買ってくるよ。君ら着替えるんだろ」慌てて部室を出ようとするとオキデンが「あ、わたしもほしいな。紀美一緒に行って来て」これは・・・オキデンのフォローなのかそれとも逃げ場を封じ込められたのか?微妙な所だ俺は何も悪くない俺は何も悪くない俺は何も悪くない俺は何も悪くない呪文のように唱えながら部室を出ると「・・・さすがですね」え?何か褒められてるぞ。もしかして俺の取り越し苦労?でもそれにしては声が冷たい「冷たく突き放しておいて、弱った所でキュッと捕まえる・・・ハッ!本当に大したもんですね」「は?何を言ってるのかな?」「触らないでもらえます?そんな安い手に引っかかる女だと思われたくありませんから」そう言って歩き出す彼女「ああ、オキデンに今日は気分が悪いから帰るって伝えたもらえます?どういう意味の気分が悪いかは説明しなくても分かりますよね」「ちょ、ちょっと待てよ。 コーヒー買いに行くんじゃなにのかよ」彼女はピタリと立ち止まり「イカちゃんと二人で仲良く買いに行けば?」そう言うとスタスタと歩いて行った。なんだよ。これじゃあイカちゃんに嫌われたままの方が良かったのか?行くも地獄帰るも地獄。俺は修羅の道に入ったのだなと今やっと実感した。