ボーちゃん 3
初対面で名前を聞かれてアダ名なる物で答えるとは変わっているが、考えてみたら後輩のボギャンもしれっとした顔でそう言ったし、高校の時の後輩のきわ子もそうだった。まあ、変わり者と言う奴はどこにでもいるものだが「そ、そう。ボーちゃんっていうの・・・かわいい名前・・・・ね・・・」俺ほど変わり者慣れしていない彼女は動揺しながらも勧誘を続ける。「人前に出る事は大丈夫?」「はい・・・興奮してちょっとハシャいだりしますけど・・・」とボソボソと下を見ながら話すボーちゃんとやら・・・とてもハシャぐようには見えないのだが。「あ・・・でも噛んだりはしないです」噛む?せりフを?「え?・・・そ、そう。噛んだりしないの・・・えらいよね」その前に会話が噛み合ってない気がする「それなら大丈夫ね。じゃあここにあなたのお名前と住所書いてもらえる?」彼女はイソイソと入部届けの用紙を出してボーちゃんに差し出す「・・・え?・・・」「ごめんね。面倒だけど決まりなのよ」「は、はい・・・」なんだか分からないうちに記入を終えたボーちゃんに彼女は満面の笑顔で「おめでとう。これであなたもハレて演劇部の一員よ」そのコングラチュレーションはどう見ても彼女自身に向いている気がしてならない。その証拠にボーちゃんは狐につままれた顔をして「・・・演劇部?・・・一員?」「そうよ。あなた運がいいわ。たまたま次の公演の役が一つ空いてるの」・・・たまたま・・・ね「役?・・・わたしがですか?」「そうよ。あなたなら出来るわ。いえ、あなたにしか出来ないわ!」コブシを握り締めて力説する彼女を虚ろな目で見る俺達「坂口さん・・・」「なんだい?とりちゃん」「人って切羽詰れば、谷の淵に立ってる人の背中を平気で押す事が出来るんですね」「 HAHAHAHA・・・・知らなかったのかい?」何で俺がここに居るのか教えたい衝動をグッとこらえ代わりに乾いた笑いで答えているうちに、無事入部手続きを終えたボーちゃんが何故かフラフラしながら帰って行った。「大丈夫なの?彼女、なんか話が見えてなかったみたいだぞ」満足気にボーちゃんを送る彼女に聞くと「そんな事ないですよ。やる気満々でしたよ」とてもそうは見えなかったが、いらぬ勘繰りは止めてキャストがそろった事で今日の所は由としようか。夏休みの宿題を休み明け前日までほおって置く俺である。問題の先送りは今に始まった話ではない。「おはようございます」今更ながらやって来たイカちゃんはイソイソと俺に擦り寄り「すみません。遅くなっちゃって。ホント申し訳ない気持ちでイッパイです」と上目使いで俺を見る。そんなイカちゃんにとりちゃんが「今更来て何いってんのよ。連絡ぐらいしなさいよ」「うっさいわね!来たんだからツベコベ言わないでよ」ウム!すがすがしい程の裏表である。「それにちゃんと連絡したでしょ。遅れるって」みんな顔を合わすが誰も聞いていない。「クラスの子に伝言頼んだはずよ」クラスの子に伝言・・・「もしかして、ボーちゃんって子に頼んだ?」「ボーちゃん?なにそれ?」「えっと髪はセミロングでメガネ掛けてて、あっそうだ、入部届けがある」さっき用紙に名前を記入してもらったはずだ。「えっと・・・大林信子」「ああ、それよ、それ。でもどうして彼女の名前がそんな所に書いてるの?」どうしてって入部したからに決まってる。「入部ってあの子が?嘘でしょ」嘘も何もここにある入部届けが何よりの証拠だが、なぜそこまでイカちゃんは驚いている?「だってあの子・・・対人恐怖症よ」