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吾が輩は野良猫である

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2009.04.07
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カテゴリ:その他
わたしが初めて入院を経験したのは、小学6年の時だった。
心臓病の発見は小学4年の時であったから、約2年間は医者の目に触れることはなかった。
そこには、劣悪な家庭環境が背景にあり、学校から専門医の診察を受けるよう注意を促されていたにも関わらず、父親はみて見ぬ振りを決め込んでいたのである。
労働意欲の全くない父親は、明るい内から酒を飲み顔が夕日に染まる頃には、赤い顔を更に赤くして酔いどれていた。
金も保険証もない状況下では、どんなに病状が進行しても医者に掛かる余裕などなかったのである。
そんな環境では、まともな食生活が送れる筈もなく、一日三食の日は年に数えるほどしかなかった。
栄養不足の子どもの体は、病気も手伝って見る見るうちにやせ細って行った。
「ウー、ウーッ」
けたたましいサイレンを響かせながら、夜の闇を走る救急車の中に、顔を血だらけにしたわたしと酒臭い父の姿があった。
藤枝では一番大きく、設備の整った「志太病院」に向かって、白い車は走った。
到着した救急車を待ち受けていたのは、数人の医療スタッフとストレッチャーだった。
「何処へ連れて行くのだろう…」
不安な表情を浮かべるわたしに父が上から語りかけた。
「とし坊、もう大丈夫だ…」
酔いが少し覚めた父の口調は優しく温かだった。
子どもにとって親の一言がどれだけ大切で救われるか。
わたしは涙を溜めながら「うん」と頷いた。
小児科病棟の個室に運び込まれると、その後から慌ただしく看護婦たちが出入りした。
扉には面会謝絶の札がかかり、病状の重さを物語る。点滴がその夜から始まり、三週間近く続いた。
個室にいる間は父が時々様子を見に来たが、泊まって行ったのは入院初日の夜だけだった。
完全看護とは言え、まだ11歳の子どもである。1人で個室にいるのは淋し過ぎた。
ただ、その淋しさを紛らわしてくれたのが朝昼晩の病院食であった。
一日三回、しかも毎回メニューが替わる食事は、子どもの世界を一変させるほど効果があった。
家にいたらこんな風に、毎日ご馳走は食べられない。育ち盛りの子どもにとっては、空腹ほど残酷で耐え難いものはない。
その日の夕食は、刺身と肉じゃがにワカメの味噌汁だった。
食事中に父が紅い顔をしてやって来た。病棟に酒の臭いが広がるのはとても恥ずかしかった。
ガツガツと餌にありついた犬のように食べるわたしを見て、父が言った。
「みっともないから全部食べないで、少しは残せ…」
人一倍プライドだけは高い、父の馬鹿げた言葉だったが、そんな言葉に耳を貸すこともなく、わたしは綺麗に夕食を平らげた。
そして味噌汁を一気に飲み干した。
その後で父が言った。
「どうだ、父ちゃんが作った味噌汁とどっちが美味い?」
「そりゃあ父ちゃんの方が美味いよ」
「父ちゃんの味噌汁は世界一だもん」
「そうかー、退院したら毎日作ってやるからな」
嘘でも嬉しい父の言葉が、病院食の器の中で優しくいつまでも木霊していた。





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Last updated  2009.04.07 14:35:32
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