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2021.12.22
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カテゴリ:生活

 この21日で、南海地震から75年だそうだ。私が4歳の時に発生した地震で、今も記憶にある。

 早朝の真っ暗な中、大きく揺れた。私は「怖い」と叫んで、隣の両親の布団に潜り込んだが、生まれたばかりの弟が中で寝ていた。そんな記憶がある。

 この地震は戦争直後で、日本人全員が大変厳しい生活を強いられた時である。それから早くも75年が経過した。

歴史的に見ても、100年位で発生しているから、後数十年で必ず来る地震だ。しかも次回はもっと大きい地震となるそうだ。

 怖いが、何時か必ず遣って来る。多分、私が死んだ後に来る事を望むが、こればかりはどうにも成らない。

 ただ、地震対策と言っても、此処は過疎地であるから、やるべき事は余り無い。今でも水は谷の水を使った生活だし、電気が来ないだろうから少々困るが、倒れた物に挟まれない以上、焚火で生活は出来る。今の生活とそれほど差の無いと思っている。

 市の設定している避難所は歩いて行くと数時間掛かるから、自分の集落で、自分達だけで生き残る方法を考えて行くしか道は無い。

 



  新聞の写真は我が須崎市の当時の被災写真です。






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Last updated  2021.12.22 06:03:54
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