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カテゴリ:ショートストーリー
記帳男
夜8時30分、 「あと、30分か・・・」 「そうね、あと30分ね」 「ね、今日、飲みに行かない」 「早く帰って来るように言われてるの」 「最近、付き合い悪くない?」 「あなた、何か勘違いしてない・・・ねえ、あれ、あの人、おかしくない」 銀行内で居残りで仕事をしている小百合と郁夫は、モニター画面を注目した。 画面には、銀行の自動機で必死に記帳する浮浪者がいた。 彼は2台の自動預け払い機に通帳を差し込んで、 「現在記帳する項目はありません」のメッセージが出ると、 また通帳を差し込むのだった。 その作業を飽きもせず、肩まで伸びた白髪を振り乱し何度も何度も繰り返している。 「ひょっとすると、あの人・・・」 郁夫は、何か思い出したようだ。 「だれなの・・・あの人・・・」 「記帳男。銀行関係者の間では有名だよ。毎日、ああやって、各支店のCD機 で記帳してるんだよ。今日こそ、振り込まれるはずだって言いながらね」 「へえ・・・」 小百合は、まるで動物園のパンダを初めて見たように物珍しそうに、モニター 画面に映る8時半の男を眺めていた。 彼は、9時になると、パッと何かに目覚 めたように自動預け払い機の前から立ち去った。 その数日後だった。小百合は、トーストを食べながら、 朝のテレビニュースを見ていた。 と、その時、 「あれー、記帳男だあ」 と小百合はビックリした。 それもそのはず、 「時効寸前! 19年前の殺人犯捕まる」 と報道された男は、数日前のモニター画面に映っていた記帳男だったのだ。 彼は19年前に店の運転資金に困って、 会社社長を殺害した居酒屋の元経営者だったのだ。 なかなかの色男だった彼は、20年近くに及ぶ逃亡生活のあげく、 白髪で情緒不安定な浮浪者になってしまっていた。 彼が捕まったのは、ある銀行の支店で、 あの日と同じように必死に記帳する様子を不審に思った銀行員が、 警察に通報したとのことだった。 その日も彼は、 「おかしいなあ・・・入ってないなあ。あの金があれば、店が持ち直すのに・・」 と、独り言を言いながら、ただひたすら記帳を繰り返していたそうだ。 さらにニュースでは、彼は20年前に友人に貸したお金が返してもらえなかった為に、 資金繰りに困り、血迷って殺人まで犯したとも報じていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.08.23 08:04:24
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