|
カテゴリ:ショートストーリー
ねあかのびのびへこたれず
和夫は、父の地盤を継いで、めでたく市会議員に当選した。 30才になったばかりの若さを売り物に、自転車で市内を回って市民の声を聞いたり、駅前でワゴン車の上に立って毎週末、市議会報告をぶった。 人気も鰻登りで、 「ひょっとして、父さんと同じように市長になれるかもしれない」 そう思うのも、和夫だけでなく、妻の麻由美も、周囲の支援者たちも噂し始め ていた。 しかし、そうは問屋が降ろさないのは、世間と言うものだ。 案の定、邪魔が入りだした。 市民は、何かと言って、和夫の事務所を訪ねてくるようになった。 「今年の市の舗装工事はどうなってるんや。それに、下水工事も」 と言うのは、昔から市の土木工事を一手に引き受けていた建設会社の社長だ。 「きれい事では、政治家は勤まりません」 と言うのは、父の秘書だった爺さんだ。 「市営住宅の抽選に当たらない」 「子供の結婚式に出席して下さい」 「お金に困ってます。保証人になってください」 「息子が万引きで補導された。何とかなりませんか」 ・・・・・・ 最初は、頑張って一つ一つ対応していた和夫だが、当選してから1年を過ぎた 頃から、どうも鬱状態に入ったようだ。 「俺は何なんや・・・市会議員は何なんや・・・政治家は何なんや・・」 自問自答するたびに、心のブラックボックスにはまって行く和夫だった。 そんな和夫の妻の麻由美は、市内に本社がある電機部品会社の社長令嬢で、苦労知 らずで、超楽観的だ。 和夫と結婚して5年になるのだが、今も実家にいた頃か らのお手伝いさんに朝から晩まで身の回り世話をしてもらっている。 麻由美は夫が、だんだん元気を無くしてゆくのが不思議で溜まらない。 「そんなに辛いなら、辞めたらいいのに」 と麻由美はニコニコしている。 「今さら、辞められないよ」 と和夫が言うと 「ふーん、つまんないの・・・悩んだって、しんどいだけやんか・・フフフ」 と、またケラケラ笑っている。 「おまえの父さんだって、経営のことで悩んでたろう?」 「いつも、ニコニコしてるよ」 「はあ??」 「だって、お父さんは、”ねあかのびのびへこたれず”やもん」 「なんや、それ?」 「誰やったかなあ・・・あのコンビニのローソンとかスーパーマーケットやっ てる・・・野球もやってた・・・」 「ダイエーか?」 「そこを作った人は?」 「中内功さんか?この前亡くなったらしいけど・・・」 「そうそう・・・お父さんが事業始めた頃にね。その中内さんが、テレビのド キュメント番組で言ってたって・・・お父さん、ええ言葉聞いたって思ってイ ヤなことがあると、そう言うようにしたって、お父さん」 「ねあか・・・のびのび・・・へこたれず・・・」 「うん・・・そしたら、ホントにネアカになったらしいよ・・・私は、そんな お父さんに育てられたから、アホみたいにネアカ・・フフフ・・・」 「ねあかのびのびへこたれず・・・」 「そうそう・・・」 「ねあかのびのびへこたれず・・・ほんまや、なんとなく、気が晴れてきたぞ」 「ねっ」 ・・・ ひとまず、危機を乗り越えた和夫だが、さてさて、どうなりますやら・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ショートストーリー] カテゴリの最新記事
|
|