漫画感想『MA・MA・Match(マ・マ・マッチ)』(末次由紀先生)
『ちはやふる』の末次由紀先生の新作コミックが2冊同時刊行!ちはやふるの続編『ちはやふるplus きみがため』も見どころ多過ぎなんですが、とにかくまずはこちらの1冊について語りたいです。『MA・MA・Match(マ・マ・マッチ)』(末次由紀先生・講談社・全1巻)相川成美(45)は、長男・拓実(17)、長女・瑠実(10)の二児の母。ある日拓実から、4歳から熱心に続けてきたサッカーを辞めると切り出されショックを受ける。そんな中、瑠実と同じサッカークラブのママ友・芦原沙耶(40)から、「一緒にサッカー選手になりませんか?」と誘いを受ける。彼女は、芦原家長男・圭人(10)の生意気な言動行動に手を焼いていた。流れで、ママチームvs小学生の子供チームで対戦することになり、仕事・家事の合間をぬったママたちの特訓が始まった。決戦は6週間後…!ちはやふるの長期連載を終え、1年半ほど?のお休み期間を経てから繰り出された、末次由紀先生の大型読切作品の単行本化です。これはっっ…この作品はもうっっ…手放しに『漫画の天才の所業』としか言いようのない作品です。漫画好きの方は、本当に是非。絶対に、紙の単行本で鑑賞してください!!!その他サブキャラクターたちの主観も目いっぱい投入しながら、基本的には相川家・芦原家という2家族の軸がメインで描かれます。相川家は、おっとりしたお父さんと小さな映画広告会社勤務のお母さんの一家。非常に安定・安心の真面目な一家で、家族仲は家事も分担し合いながら非常に良好。(職業柄もあってだと思いますが)お母さんがとにかく「褒めること」が大好きで、上手くいってもいかなくても、全部「すごーい」「えらーい」って褒めたくります。その教育の賜物というか、子どもたちも非常に温和で友好的で、周囲/現実を見たうえで自身の進路を定めていく、堅実な価値観を持っています。対して芦原家は、元サッカー部だった旦那さんが熱心に長男にサッカーを教えており、家庭内価値観におけるサッカーの地位が、非常に高い。家庭内不調和を産んだり、周囲とのコミュニケーションに支障が出るレベルで。子どもたちはサッカーを価値観の最優位に置き、サッカーをやったことのない母親を下の存在と見始めます。読む方の感性によっては、相川家を「上手くいっている家庭」、芦原家を「(DVチックな)上手くいっていない家庭」と定義したくなるだろうな、と思いますが、基本的に何が「いい・悪い」という定義は、末次先生の作品にはほとんどないと思っています。これは、末次先生のちはやふる以前の作品を読んでいても感じます。どんな物事だって、捉える側面によってプラス面・マイナス面はあって、絶対的な良し悪しなんて誰も定義できない。傍から見てるだけの人間が何かを定義したところで、何の意味もない。当事者たちがそれをどう捉えて、自身の行動に活かしていくか、にしか意味はない。相川家は、お母さんの成美さんもモノローグでポツポツと言っていますが、「サッカー選手になる子」が育つ家庭環境ではありません。憧れ・夢に一直線に向かった気持ちのまま大人になることは出来ず、拓実くんは「これから受験」という時期に差し掛かったタイミングで、プロサッカー選手という極々狭き門の道筋を、将来の選択肢から外すことになりました。でも…拓実くんがまぁもう…泣けるほど良い子なんですよ…。公衆の面前で、新たなスポーツに挑戦するお母さんにエールを送れる子なんですよ。「サッカーやってたこと、両親が応援してくれてたこと、自分にとって全然無駄じゃないよ」ってお母さんに素直に直接伝えられる子なんですよ。「それが大事」な価値観の家庭で育ってますからね対して、芦原家。価値観のバランスの悪さが、傍から見ても限度を超えるところまで行っている感があります。お母さんが我慢できなくなった際は、離婚も視野に入れないとだめだな、という観点もキチンと織り込まれていました。でも、もしプロサッカー選手が育つとしたら、こんな「偏った」価値観の家庭だろうな、という描かれ方になっていました。単行本描き下ろし短編『PA・PA・Patch』は、この観点を分かりやすく補足するようなアプローチの作品でした。誰も、何も、否定してないです。でも、積もる不満が爆発する前に解消できる糸口を探したり、挫折のショックを受け止めるだけのパワーを醸成するに際し、普段と違うこと…「お母さんたちもサッカーに取り組んでみる」というアクションが、相川家・芦原家双方にとって良い流れを生み出していることがきちんと伝わって来ました。他の家庭の価値観に触れることで、他の価値観を尊重・リスペクトする気持ちも生まれますし、転じて、自分自身の価値観のプラス面・マイナス面を改めて認識することもできるようになります。↑っていう作品だったな!と受け取っています。(たぶん受取り切れてない情報ももっともっといっぱいあります!)結局何が言いたいかといいますと、描き下ろし短編も含めて、全140ページほどの単行本ですが、情報量がとんでもないです!こんなもん、絶対にスマホの小さい画面で読もうとしても、画面いっぱいに展開される強烈な情報量の、極々一部しか捉えられないと思います。スマホで隙間時間に、細切れで読むような漫画作品は、それはそれで絶対に需要があるし、そこで読んでもらう作品を作るのも、当然作家様の技量やマーケティングの腕が必要です。それはそれで、現代の漫画作品としてのあるべき形だと思います。末次先生の作風は、どんどん情報過多になってきている…時代に逆行して来ていると感じます。『ちはやふる』もそうでした。どんどんどんどんそうなってます。この作品は、絶対に紙書籍で鑑賞を…!電子版で読むとしても、可能な限り大きな画面で読める環境で。作者の末次先生が、天才過ぎます。観たもの・感じたものを全部漫画画面に入れ込めてしまいます。読者が必死に情報を拾いにいく努力をしないと、「ちゃんと読む」ことが出来ません。最後に。本作は上述のように、様々な価値観が入り乱れる作品ですが、一番のとっかかりは、やはり「高校生の息子が、サッカーを辞める」ことをどう受け取めていくか、ずっと頑張って来たことを辞めることは、本人にとってどうなのか、という点だと思っています。ちはやふるは「かるた」漫画ですし、主要登場人物たちは「名人・クイーン」という競技界隈最高峰付近で闘うような、超高等級プレイヤーに偏っていました。彼・彼女たちの思考回路や価値観は、当然「人生通して『かるた』をやっていく」という方向に寄っていましたし、(主役主体たちにとっては)それを是とする方向性の描写が多かったな、と感じます。ただ、やはり太一くんは、いち読者の目線から見てもずっとかるたを続けていくことが、この子にとって幸せだとはあまり感じない子でした。この子にとって「今後(大学)もかるたを続けていく」ことはもちろん物語として素晴らしい帰結だけど、一方で最後、かるたを辞めさせてあげても、それはそれで良かったのかなと感じていました。取り組んで来た物事を「辞めること」…少なくとも、「『辞める・離れる』選択肢をきちんと持っておくこと」は、物事に「楽しく」取り組む上で、必要不可欠!…とまでは言いませんが、重要なセルフメンタルコントロールのいち手段だと思います。…って、本作・『MA・MA・Match』で提示されていました。ちはやふる本編ではしっかり描くことが出来なかった、「かるたを、(自分にとっては青春時代だけのものとして)辞めること」「名人・クイーンを目指すのではない『かるた』」…これらを肯定的に、人生にとって非常に価値のあるものだと言いたかったのだろうな、と感じました。価値観がぐるぐるぐるぐるしますが、『安定・堅実』も『偏り』も、どちらかが是・どちらかが非ではない。自分が何を最優先させて生きていく価値観の持ち主か、それぞれが自覚して、それぞれが選べば良いだけです。『道徳』(の授業って今の小学校にもあるのか?)の教材にしたいくらい、『多様性』の捉え方のヒントをたくさんたくさん拾える、超濃い1冊だと思います。老若男女、漫画好き云々に寄らず、本作はもうもう是非!超・おススメの1冊です。(出来る限り紙媒体で!)by姉