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2020/08/30
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通貨発行権(シニョレッジ)の行使へと図らずも追い込まれたその経過が、中国共産党政府にとっては空前絶後の幸いとなり、たった三年で世界第二位の経済大国へと中国を押し上げた。中国を世界の生産基地にすると明言したアメリカの通商戦略が、ドルの過剰流動性を解消すると同時に、経済基盤の拡大を実現するという効果を中国大陸で生み出した。

 

その代償の一部としてドル安が相対的に進むこととなり、その対抗措置として人民元高を導く土壌が作られた。アメリが望んだ人民元高は、輸出で成り立っている中国経済にとって、大きな打撃となることは避けがたいものとして理解されていた。そうなる事態を事前に回避するためには、人民元の供給を量的に拡大することが急務だということも分かっていた。

 国債の追加発行という常套手段に基づかない資本調達の実行が、必須の課題でありまた措置であるとも見做されていたからだ。紙幣の印刷強化という方法をとることしか、実のところ有効な選択肢は残されていなかったのだ。今では異論を挟む余地のないとされているこの方法をとることは、当時のレベルでは掟破りの危険な行為だと世界的に思われていた。

 そのため中国がそんな行動をとるとは、誰も疑ったことはなかったのである。熟慮の末の行動ではなかったということが、経済大国へと難なく中国を押し上げた。批判も抵抗も、まったくなかったからである。当のアメリカでさえ、この事実に気づいてはいなかった。マクロ経済という分野は要素抽出という点で、穴だらけだったといういうことができるだろう。

 

 人民元の通貨価値を安値状態のまま維持するためには、ドル安目的の売り圧力に対抗する勢力以上の、強い買い圧力を創出するための手段、即ち人民元の大量供給が急務となっていたのである。人民元の印刷能力を高めることが、基軸通貨であるドルの中国大陸への備蓄を可能ならしめ、人民元安を維持するための大量印刷とその供給拡大が、中国に大量のドル資産を積み上げさせることとなり、使い切れないほどのドルを中国政府に与えたといえる。これが中国人による世界規模の爆買いを、生み出したその原動力となったのであった。

 

 IMF体制がドルを基軸通貨として機能せしめているのと同様に、AIIB体制を敷くことによって人民元通貨の需要創出を狙ったものの、信用経済へとシフトしていた国際経済は二極分化することなく、ドルの一極体制のまま推移しつづけている。
 つまり人民元の通貨価値を支えているのがドルの価値、という実態が中国の野望を制御することに繋がっていたのだった。この点で中国が狙っている経済覇権の確保は当分の間実現しない、ということが当時の段階で既に明らかとなっていた。人民元の通貨価値を担保しているのが、外ならぬアメリカの通貨であるドルであったからである。

 

 経済大国となった中共が決済の電子化を精力的に押し進めていながらも、ドル経済圏への影響を及ぼせずにいる、ということは既に明らかとなっていた。ドルの外貨準備を対抗措置で充実させてぉた中共は、余勢を駆って海軍力の増強に余剰資本を割けるようになっていて、海洋の権益確保に着手する戦略の実行に自信を抱いた。空母を購入するとしたその決断が、アメリカの猜疑心に火をつけた。アメリカは建国以来強迫神経症を業病として抱え込んでいる国であり、侵略者に対しては異様なほど臆病な姿勢を露にしてみせる国家へと変貌する。

 

 2001年九月の同時多発テロのときの異常な反応ぶり、を思い出せばそのことがよくわかるのではなかろうか。アメリカ大陸を発見して領土化したということが、ネイティブアメリカンから土地を取り上げることとなり、すべての移民勢力から反撃されることを恐れている。攻撃されることに恐れ慄いていた当時の人々の記憶が、インディアンの逆襲という言葉を今に残した。侵略者は侵略者を最も恐れる、というのは恐怖心が宿命として消し難く、そこに刷り込まれているからなのだ。

 

農業国家として長く貧困を甘受せざるを得なかった中国は、海洋進出することなど夢にも考えていなかった。それが経済大国となった時点で、南シナ海のサンゴ礁を埋め立てて、海洋権益の既得権化を図るための橋頭保にしようとして、国際法に背いていながら頑強な姿勢で圧し通し、世界中の批判を浴びていながら強硬に跳ねのけた。

 その経緯が、覇権主義へと中国が転向したことを、国際社会に遍く印象付けることとなったのだった。米中間の対立の根底に成り立っている軋轢の根源は、アメリカのドル安政策で漁夫の利を得た中国が、大量のドル資産を積み上げることに成功し、力で世界を支配する新中華思想の構築へと奔った、というそのことがアメリカに強い恐怖心を思い出させたものとみえるのだ。

 

 アメリカが得ていた基軸通貨の発行権というものが、ドルに過剰流動性を身につけさせ、ドル余り現象を世界中で生み出していた。このためアメリカはドルを大量に売る必要に常に迫られていて、伸びしろのある海外市場への投資を強化することで、ドルの需要増大を図ると同時に、過剰流動性を解消する機会創出を常に狙ってもいたのであった。
 産油国は使い勝手の良いドルでの決済を等しく希望することから、ドルの需要が二度の石油ショックを経て、急速に高められていたところに、当時双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)を抱えていたアメリカの負担を、さらに高める石油価格の上昇が負担となっていて、恒常的なドル高状態がアメリカを永く苦しめていたのであった。

 

そこで85年秋にアメリカがG5を急遽招集し、有無を言わせぬドル売りの協調介入を即日実施した。70年代に二度起きた石油ショックで原油相場は急騰した後であり、決済通貨となっていたドルの通貨価値はこれにより更に高まった。このときのドル売り協調介入は、世界各地の市場で余りだしていたドルを、日本市場へと一斉に向かわせたことによって、急峻な円高を結果として誘導するという状況を生み出した。

 

日本市場に大挙して押し寄せてきた巨額のドルは、土地神話を成り立たせていた不動産市場へと集中し、バブル経済を成り立たせたその到達規模は、アメリカが買えるほど膨大なレベルにあったとまで言わせたほどだった。このとき生じたバブル経済は為政者が判断を誤ったことによって呆気なく崩壊し、その事実に長年誰も気づけなかったということが、その後の復興を遅らせることとなり、失われた十年を生み出しただけでなく、経済認識能力を劣化させたままになっていたその後の指導体制のすべてが、倍の二十年へと拡大してしまうこととなり、その後強引に実施したアベノミクスという経済政策が、不毛の時代を更に三十年へと引き延ばす結果となった。

 

 日本市場から逃げ出していた外国資本はその後バーツ危機を閲したのち、紆余曲折を経て中国本土へと向かい、米民主党政権が行き場を失った過剰流動性を希釈しようとして、中国を世界の生産基地にするという旗幟を鮮明にした時を境に、リーマンショックを引き起こしていたドル余り現象を、中国へと大挙して上陸するよう誘導し、金融危機の解消と経済成長の促進を、止揚するための手段へと変えさせようと試みた。

 

 化石資源を大量消費することで経済を牽引してきた国際経済は、日本でバブル経済を発生させたそのとき同時に、温暖化という環境異変を生み出してもいたのであった。その原因をCO2だと未だに誤認しているということが、気候変動を気候危機へと変更させたのだ。
 97年暮れの京都会議から四半世紀を経て、ようやくCO2削減が不可能であるという事実と遭遇し、IPCC自らが判断の過ちを認めることなく、削減義務を100%へと一方的に引き上げたものの、参加国のすべてが実施することに躊躇させ、最終的に決断を見送ったという経緯だけが残された。

 

 温暖化の原因をCO2だと決めつけている限り、気候危機は悪化する一方という状態で推移する。因果関係が成り立っていないことが明白となっている以上、その事実に気づくことができなくなっていることこそが危機なのだ。思考力を失うと判断力にまでその影響は及び、問題解決能力を失っていながら、その事実にいつまでたっても気がつかない。
 問題の持つ本質に気づくことができたとしても、現状の知識レベルでは有効解は引き出せない。人類の知識レベルは、実のところこの程度のものなのだ。中等教育で扱っているアボガドロ定数の意味さえ、まったく理解することができていなかった。問題の本質はここにこそあったのだった。






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最終更新日  2021/02/12 08:09:58 PM
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