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2021/01/03
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地下資源の絶えざる燃焼は、文明にとって今や必要不可欠な措置となっている。燃焼を維持するためには酸素がなければならず、何かを燃やすためには、酸化剤の関与は必須の条件となっている。そのために炭化水素でできている化石資源に含まれている炭素Cは、大気中の酸素O2と結びついたとき、水素Hも酸素O2と結びつくこととなり、自然界に存在していなかった人造の水H2Oを、燃焼の結果として必然的に生み出すという変化を招く。炉内の熱で液体だった水は気化するために、水蒸気という名の温室効果ガスへとそのとき変わる。火力発電所などにある燃焼炉の内部では、こうした化石燃料の燃焼によってCO2とH2Oとが、同時大量に作り出されている、という事実をこれまで誰も問題視していなかった。

交流電源は絶えざる燃焼が必要となっているものであるため、燃やすための火を絶やすことがどうしてもできない。何故なら交流電流を成り立たせているのは、周波数という成分であるからだ。このため再生可能エネルギーを一斉に導入していながら、化石燃料の消費量を減らす効果はまったくなかった。この事実を世界中の知識人たちは、理解することが今でもまったくできなくなっている。

交流電流が止まっていることができないものであるというのは、この周波数に縛られているからこそ起きていることなのだ。周波数とは発電機の回転数が生み出す磁場変化のことであり、これに磁束密度を重ね合わせた条件が揃ったとき、電磁誘導の法則に基づいた電流を誘導することができるようになる仕組み。このため交流電流は片時も止まっていることができなくなってしまったのであり、直流電流には周波数がないことから、電池電源が供給している直流電流を一瞬で消す効果が得られる。交流電流と直流電流との違いを、世の知識人たちはまったく理解できなくなっていたのである。

電力業界の通弊となっている徹底した秘密主義というものが、国民に節電すればCO2の排出量が自動的に減る、と勝手に解釈することを許すこととなり、その不正な判断を業界が否定も肯定もしていないということが、温暖化を止められないものへと位置付けた。そのために再生可能エネルギーの導入促進を加速してきたのだったが、世界中の電力会社が交流送電を実施するようになっていたために、火力発電所の燃焼炉の排煙筒から大量の温室効果ガスを、複合状態で休むことなく吐きだすことが止められなくなってしまったのである。

交流と直流とを弁別できずに混同したために、電力消費を削減しさえすれば温暖化が止まる、とそう根拠なく思い込んでいたエセ知識人たちが、気候変動にすぎなかった事象を気候危機へと押し上げた。世界中がこぞって取り組んでいたCO2削減運動は、こうした事情で無効に終わってしまったということが、無駄な努力をそれと知らずに世界中で続けさせるようになっていた。自然災害や熱中症で亡くなった人の数を増やし、勝手な思い込みやキメツケを定着させてきた。太陽電池や風力発電装置をどんなにたくさん増やしたとしても、温室効果ガスの排出源となっている火力発電所で、化石燃料を燃やし続けているのだから、状況が改善されるという望ましい結果には、どうみたところで繋がらない話だったのである。

太陽光発電が温暖化防止に有効だと信じ込んでいる知識人もどきは、CO2が実際にとれだけ減ったのかという事実確認を未だに怠っている。化石燃料を輸入した量がどれだけ減ったのかを確かめておかなければ、事実関係の確認を実施したということはできまい。名目上の数字でCO2削減を達成した、ということにしてきた公的機関の姿勢を真に受けて、未だに真実だと頑なに思い込んでいる国民を生み出してきたのは、中途半端な知識人たちがやってきた行為の結果。環境ビジネスで儲けることができたのは装置の販売業者だけだった。環境復元効果がゼロだったという報われない結果を埋め合わせようとして、消費者に等しく太陽光賦課金を支払わせるよう国が強制したことにより、損失補填を国民に負担させる行為を合法化し、業界が負った責任を転嫁する行為を国会が正当化させていた。世界中の人々が高い学力と知識をもっていながら、理科学系の基礎的知識すら活用できなくなっている。無知ほど恐ろしいものはない。

アボガドロ定数を学んでいながらその意味を知らず、使い方さえわかっていない似非知識人たちのナント多いことか。無駄な知識の習得に大枚をはたいていながら、温暖化対策を延々と誤り続け、自然災害の悪化をくい止めることもできずにいる。何のための教育だったのかということを、ここらでそろそろ再認識しておく必要と義務がある筈だ。

再生可能エネルギーの導入促進のための投資のすべてを、交流と直流の違いを知らない知性なき知識人によって無駄に費やしつづけ、成長していた筈の経済から活性を奪っただけでなく、デフレ経済を加速する結果となるだけという、有効需要の喪失を善と信じて導いた。なんと愚かなことであることか。

こうして引き起こされた教育の劣化という負の変化は、とりもなおさず指導体制の劣化となって、すべての地球人に対してただならぬ大きな犠牲をいま強いている。教育投資の失敗が生んだ壮大な規模の損失は、政治システムと経済システムのみならず環境システム全体へと既に及んでいるのだ。ニンゲンの劣化が制度の劣化となっている現実に、平然として目を背けているのだから、SDGsの実現可能性はいままで通り絵にかいた餅でありつづける。

水蒸気が温室効果ガスであるという事実を、まったく理解していなかった国連の環境部会は、温室効果ガスのカテゴリーから水蒸気を初めから除外してしまっていた。これがそもそもの錯誤の淵源となっている。このときの誤った判断こそが、京都議定書を失敗に終わらせパリ協定を締結させた原因となったのである。

問題の所在について誰もが無関心でありかつ無批判でいる、ということが気候危機へと発展させたたった一つのその理由。今ではできもしないCO2排出削減を達成する、と公言してはばからない政権指導者たちを世界各地で輩出するようになっており、結果として損失の規模だけを徒に拡大する、という不毛な結果を実現するまで声高に叫び続けることとなるようだ。

京都議定書で失敗している確定済の事実がありながら、それを認めることができずにパリ協定へと鞍替えし、その評価が危ぶまれるようになったところで、SDGsという具体的な目標設定をしたものの、余りにも内容が抽象的な概念ばかりで満たされていたことから、そこから一歩も抜け出せない状態へと陥ってしまい、専ら旗振り役になろうと専心している国連の姿が際立っている。SDGsについては前世紀末から広く喧伝されていた項目ばかりであるにも関わらず、一向に実現させることができていなかったものばかり。環境問題に絡めたことで解決不能となっていた諸課題を、止揚しようとしただけのようにみえているその点がとても妖しい。こうした浅はかな態度が問題の本質をこじらせている、ということについては相変わらず無思慮でまさしくヒトゴト。子供たちが裸の王様と呼んで批判したのは、理由があってのことなのだ。

 気候変動を惹起した温室効果ガスをCO2だけと断定し、そのことが真相を知る機会を却って遠ざけた。思考力を奪われて適切な判断脳力を損ない、批判精神を手放して事実誤認へと陥り、見当違いのCO2排除をお門違いであるとは露知らず、富と時間を大量に失って膨大な損失をひたすら積み上げている、という浅はかで粗末極まる経過をもう30年以上もつづけつつ、経済と環境とを共に圧殺し続けてきたその罪は、余りにも重くそして何よりも深い。

CO2の質量が空気より重いことなど、アボガドロ定数から簡単に割り出せる基礎的な知識であるに過ぎない。CO2の年間の総排出量が約330億トンもあるのを承知していながら、大気中の平均濃度がたった0,041%(410ppm)でしかないという事実の意味には今以て気づかない。

 膨大な教育投資を積み上げていながら、温暖化問題ひとつさえまったく解決できずに、平然とした姿勢で漫然と過ごしている始末。この顛末にさえ、誰ひとり気づかない。知育偏重に特化した高等教育を受けると、思考力が育たなくなるだけでなく、判断能力と批判精神も一緒に損なってしまうのだ。学力重視の社会体制ではなかった昔のように、高等教育が健全なものであったのだったら、批判精神を損なうようなことにはなっていなかった筈である。

温暖化を止めるための有効解とは何かということを見定めるためには、事実関係の確認と検証プロセスが絶対的に必要なことなのだ、ということくらいリサーチの基礎として、理解できてきなければならなかったのだが、どうやらそうではなかったようである。国連が錯誤に陥って判断を誤りつづけている以上、これまでの経過の在り方に学ぶことができないままでいるのなら、気候危機を回避する方法に気づくチャンスは消えた状態で維持される。

 

《二週間程度で再開します》






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最終更新日  2021/01/05 08:09:34 PM
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