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アジュガ / セイヨウキランソウ 試しにこんなことを言ってみる。 「昨日雨が降った」という写真を撮って来い。 さて、これは難問だ。 雨が降る日を待って、いくら写真を撮ってみても、目の前に現れる画像は常に「今、雨が降っている」ではなかろうか。 一日経っても事情は変わらない。 イメージには過去形がない。 時間というのは、言語による分節線を引くことで初めて現出するマジックのような概念にすぎない。 ちょっと考えればわかること。 では、こんなのはどうだろう。 「砂糖水」の写真を撮って来い。 うーん。これも難問だ。 コップに水と砂糖を入れて、かき混ぜ、キッチンテーブルの上に置く。 それを写真に撮っても、「砂糖水」というキャプションを付けなければ、それが砂糖水であることを画像から認識することはほぼ不可能だ。 おまけにもう一つ、宇宙の禅師からの難題が届く。 「屁」の写真を撮って来い。 えっ、よりにもよってオナラですか? 腸内に溜まったガスがお尻の穴から出るという、あのオナラですか? そうだよ〜ん。他にどんな「屁」があるというのか。 うわー。参ったなあ。 屁の写真なんて絶対ムリだわ。 濃霧のような屁ならなんとかなるかもしれないが、単発の気体や臭気をどうやってイメージ化するというのか。 ここで初めて言葉に出番が回って来る。 屁の写真は撮れないかもしれないが、「屁の写真を撮ったぞ!」という文なら作れるだろう。 言葉の不思議な力がここにある。 実際に屁の写真を撮ったかどうかは問題ではない。 屁の写真ってどんなものなのかという問いも不要である。 ただ、何の脈絡もなく発せられた「屁の写真を撮ったぞ!」という意味不明のこの文が、読み手に与える不意打ち感(「えっ」ていう感じ) こそが大事。 ここで私が頭の中で飼っているバーチャル犬の「ラッキー」が、書斎とも物置きともつかぬ部屋まで駆けて行き、1冊の本 (『不毛論』澤野雅樹 著)を咥えて戻って来た。 「96ページ」 ラッキーに言われたとおり、その本の96ページを開いて、そこに引用してある文を読む。 「おれは屁をこいたぞ!はあ、はあ、はあ!おれは屁をこいた!」 「こいたの?」 「そのとおーり!」 「クソしたいんでしょ?」 「ちがーう!」 「あんた、何時間もウンチしてないのね。どっか具合でも悪いんじゃないの?」 「ちっとも、それよか、おれがクソしないと、なんか都合でも悪くなるのかよ?」 「わかんないけど」 「なんで?」 「なんでかわかんない」 ははあ。ラッキーって賢いなあ。 主人の私ですらすっかり忘れていた本の中から、「屁」つながりで、こんな文を見つけてきたか。 それにしても、お下劣極まりない文だな、これは。 作者の名はブコウスキー。 アル中で、ギャンブル好きの、ろくでなし作家。 でも、世界中に熱烈なファンがわんさかいるという。 彼が敬愛するセリーヌの罵詈雑言と呪詛の限りを尽くしたような文に比べると、まだこれなどかわいい感じがするが、それでも、この後に続く会話はかなり際どすぎて、さすがに割愛せざるを得ない。 私は笑ってしまったが、この手の文が嫌いな人だっているかもしれない。 でも、こういう文というのは、まともな神経の人にはなかなか書けるもんではない。 まず、恥ずかしくて書けないというのもあるけど、それ以上に、こんな無意味な文を脈絡無視で次々と並べ立てながら、ある種のリズム感や奇妙なリアリティーを出すっていうのが案外難しい。 たぶん作者は何も考えてないと思われるが、まともな人であれば、考えてもこうは書けない。 一見身も蓋もないようなクズ同様の文でありながら、同時に紛れもない「文そのもの」が、エピファニーの如く煌き現れるってところかな。 さて、「文そのもの」って何だ。 それは、他の何かのための文ではないってこと。 何かを説明するためとか、自分の主張を述べたてるためといった、いわば用途に従属した文ではないってこと。 もっとあからさまに言うと、世間的な価値観からすると、徹底して何の役にも立たない文ってこと。 そんな文というのは、よほど高い所か、よほど低い所に身を置いてないと書けはしない。 ベケットやブコウスキーは後者の例。 世間が見向きもしないような低い場所で、無用の文が炸裂する。 そんな文をたまに読みたくなるんだよね。 『不毛論』の著者である澤野雅樹は、そのあとがきの中で「言葉には世界の非物体的な変化を引き起こす力がある」と述べている。 ただし、その力は「何の役にも立たず、圧倒的に不毛であり、そうであるがゆえに『正しさ』や『有用性』からは懸け離れた次元で何かを豊かにする」のだと言う。 いいねえ。 意味の世界にがんじがらめになった時、私たちには「圧倒的に不要なものが必要になる」のかもしれない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.04.14 01:09:15
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