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2023.07.13
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カテゴリ:カテゴリ未分類

ムギワラギク(ヘリクリサム)   「ガーデニングの図鑑」より


6月は薄毛の月だった。
別に「4月は残酷な月だ」をもじっているわけではない。
「6月は薄着の月だった」の言い間違いでもない。
庭仕事にかまけて、ふと気づいてみると、前髪の生え際がかなり薄くなっていたという話だ。
かくして、自分は禿げないという根拠なき確信もあっさり崩壊してしまった。 笑
まあ、いい。
これも老いの一環ということで、軽く受け流そう。
何ごとも気づかぬうちに進行している。
そう言えば、近頃、興味やワクワク感が長続きしないのも老いのなせる業(わざ)なのか。
面白いなと思ったこともすぐ蒸発してしまっている。
今回話そうと思っていることも、実はひと月前に発見したことなのだが、すぐに興味が失せてしまって、そのままお蔵入り。
それが何故また復活することになったのか。
きっかけはこんな写真をたまたま見つけてしまったことにある。



これ、笑えるなあ。
ベケットって、Tシャツにプリントされるようなキャラじゃないと思うんだけど、そんなのお構いなしなんだなあ。
資本主義って改めてスゲーなと思う。
文字通り、骨の髄までしゃぶり尽くすって感じ。 笑

おまけにプリントされているセンテンスロゴが二重に凄い。
これはベケットの名言としてよく取り上げられるフレーズだが、実情を知っている者からすると、「それってどうなん?」みたいな句ではある。

巷で流布している解釈は概ねこうだ。
「試してみたら失敗した。それがどうしたというのだ。もう一度試せ。もう一度失敗し、よりよく失敗するのだ。」
なるほど。
ここだけ切り取ると、たしかにそういうポジティブな意味にも取れてしまう。
でも、次のパラグラフに移ると、同じようなフレーズが繰り返され、それを読むと、誰しもが「あれれ?」と思うはずである。

Try again. Fail again. Better again. Or better worse.  Fail worse again.  Still worse again.

要するに、「よりよく失敗する」というのは、実は「もっと悪く(ひどく)失敗する」ということなのである。笑
何故こういうことになるかと言えば、そもそもこのテクストは言葉にとって最悪の状態を目指しているからである。
もっとわかりやすく言うと、Fail better. というのは、
Fail better worse. ということであり、better worse というのは、worse よりもっと悪いということになる。
従って、パンクロッカーばりに過激に尖りたい向きには、むしろこのネガポジ兼用Tシャツはもってこいのファッションということになるのではないか。 笑

もう一つ、言わずもがななことを付け加えると、Fail    better. というのは実は命令文ですらない。
というのも、この句の原典である『いざ最悪の方へ』
( Worstward Ho ) という作品には生身の人間なんて登場しないからだ。
主語や目的語になりうるような人称代名詞なんて一切なし。
「私」はもちろん、「あなた」も「彼」も「彼女」もいない。
主体も相手もいないのに命令文なんてありえないだろう。
だから、Fail better.  というのは「よりよく失敗しろ」ではなく、「よりよく失敗する」と訳す方がいい。

じゃあ、それって、小説みたいな文学作品じゃないのね、とあなたは思うかもしれない。
けど、残念ながら、この作品はあえて言うと短編小説、あるいは単に散文という形のエクリチュールに分類されているわけで、いずれにしても文学作品ではある。
とは言え、やはりフツーに読むと、これは小説とは思えないはずである。
永久に読むことのないあなたのために、これをあえてギュッと要約すると、芭蕉や利久も真っ青というくらい切り詰められ、シニフィエを欠いた言葉たちが、ひたすら最悪の方へ(零/空白の方へ)向かって、ミニマルミュージックふうの航海をしているって感じの作品である。
「なんじゃそれー!それだけでもう読む気が失せるわ」かな?
まあ、でも、文学フリークにとっては驚きのテクストではある。
よくこんなものを書こうと思いついたなって感じ。
それも70代後半の老人が。
いくら感服してもし足りない。 笑

さて、前フリはこのくらいにして、本題に移ろう。
一か月前か二か月前かは忘れたが、まあ、そのくらい前に、ベケットの晩年に関して知りたいことがあって、『ベケット伝(下巻)』(ジェイムズ・ノウルソン著)という本を読み返していた時のことである。
ちょうど例の『いざ最悪の方へ』のことが書いてある箇所にさしかかり、そこに引用してある文を読んで、「あれ?」と思った。
こちらが覚えている訳文(長島確 訳)の調子と全然違うのである。
気になったので、原注を確認してみると、ちゃんと (『いざ最悪のほうへ』長島確訳 七七頁 )とある。
そこで、書肆山田刊の和訳本の該当ページを開いて確認してみると、やはり伝記本の訳と全く違っていた。
つまり、この本の訳者は日本語版の版権を持っている書肆山田刊の和訳本から安易に日本語訳を引用する代わりに、自らの手でその部分を新たに訳しているということになる。
たぶん、伝記本の本文の内容に合わせようとか、わかりやすさを優先させようという意図からではないかと思われる。(他の作品の引用文にも場合によっては同様のことが行われている)
どのくらい違っているか、興味のある人は以下にあげる一節に目を通して、ちょっと確かめてみてほしい。

Nothing and yet a woman.  Old and yet old.  On 
unseen knees.  Stooped as loving memory some   old gravestones stoop.  In that old graveyard. 
Names gone and when to when.  Stoop mute over
the graves of none.

何もないがだが老女。老いただが老いた。見えない膝をついて。愛しい想い出古い墓石が屈むように身を屈め。あの古い墓地のなか。名前は消え去りいつからいつも。誰でもないものの墓の上に無言で身を屈める。
(長島確 訳) 

なにもない、ただ女一人。老いの上に老いを重ね。目には見えない膝をついて。古い墓石とともに風化したなつかしい思い出のように背を丸める。あの古びた墓地で。名前も消え去り、いつ生まれいつ死んだのやら。名もない墓に向かい、言葉もなく背を丸める。
(伝記本 第25章の訳者である岡室美奈子 訳)


『いざ最悪の方へ』というテクストはまるで灰色のスクリーンに言語の機能不全が写し出されるかのように、貧しく無機質な言葉がうごめいている印象なのだが、時折、ふと人間らしいイメージが滲み出てくる。
一つは手に手を取ってとぼとぼと歩き続ける老人と子供のイメージ。
そして、もう一つが上に挙げた墓石の前で身を屈める老女のイメージである。
ほとんど特徴も実体もない人物のかすかなイメージではあるが、それでもこのテクストの読み手には十分すぎるほど強い印象を与えるのではないかと思われる。
まるで茫漠たる荒野を長い間ひとり歩いているさなかに人影(人間の痕跡)を見るような感じとでも言おうか。
伝記本の著者であるノウルソンは、これらのイメージを受けて、「結局のところ、語り手が『悪化させる』ための闘いとして言葉を削り、捨て去り、切り詰めたとしても、人間的なものは言外に存在しているのだ。」と書いている。

というわけで、ノウルソンの意を汲み、人間性への照射に重きを置くのであれば、岡室さんの訳文の方がふさわしいのではないかという気がする。
でも、この作品全体をこの調子で訳すということになると、ちょっと疑問が残る。
そうなると、わかりやすさと引き換えに、原文が持っている意味不明感はだいぶ失われてしまうだろう。
長島訳は逐語訳的で一見ぶっきらぼうな感じがするが、このテクストが狙っている線をちゃんと踏まえているような気がする。
まあ、要は作者ベケットがもし日本語で書いたとすれば、どういう書き方になるだろうかということを考えるのが大事じゃないかな。
意味がわかればいいというだけの作家ではないだけに、訳者は余計に大変かもしれない。
ちなみに、この作品を日本で最初に訳した近藤耕人さんの訳文(タイトル名は「さいあくじょうどへほい」)も読んでみたが、こちらはちょっと独特なリズム感があってけっこう読みやすかった。
が、反面、それが原文にはないぬくもりのようなものを感じさせる点と、あともう一つ、少々勇み足的な意訳が混じっている点がやや気になった。












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Last updated  2023.07.25 09:25:11
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Re:Better worse(07/13)   周梨槃特 さん
たしかに、わかりやすい日本語訳、現代語訳、説明では、ナンセンスは伝わらないですよねw。
アカデミックな文章のように、内容の説明・理解を重視するものならいざ知らず、文学作品を楽しもうとするのなら、原作者の表現やメッセージに、可能なかぎり寄り添った翻訳が大事になるのでしょうね。それが難しいのでしょうが…。そういえば、外山滋比古さんの文章にも似たようなことが書いてあったような気がします。
わけわからんものを、「わけわからんなぁ〜!」って言いながら楽しめるというのは、なんとも刺激的ですよねw。 (2023.07.21 10:34:46)

Re[1]:Better worse(07/13)   ポポイ!アンフラマンス・ホウ! さん
周梨槃特さんへ

ベケットの最晩年の散文は、破格と言うより異様なスタイルで書かれているので、日本語訳もできるだけ「え?何これ?」感が伝わるようなものがいいと思います。
その方が、原文を確かめてみようかという気にもなりますから。笑
まあ、ガイブン(外国文学)は訳者によって、ずいぶん印象が変わりますね。 (2023.07.21 18:50:37)

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