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おや、今頃ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のアルバムジャケットなんか引っ張り出してきて、何の話するつもりや。 また夏メロ談かいな? いえ、違います。 この前、ちょっとしたことに気づいたので、まずはその話をイントロがわりにしようかと思いましてね。 まずはビートルズのメンバーを取り囲むこの賑やかな顔ぶれをご覧下さい。 この中にインドの聖者が4人も紛れ込んでいるということ、知ってました? 知りませんよね、そんなこと。 笑 「どーでもいいじゃん、そんなこと」ですよね。 でも、その4人の名前を並べた時、「あっ、それなら知ってる!」と言う人もひょとしているかもしれないので、一応挙げておきます。 スリ・マハー・アヴァター・ババジ スリ・ラヒリ・マハサヤ スリ・ユクテスワ・ギリ スリ・パラマハンサ・ヨガナンダ この4人の名前を全部知っている人はおそらく、いや、間違いなく『あるヨギの自叙伝』を読んだことがある人だと思います。 というのも、著者であるヨガナンダは言うまでもなく、他の3人もすべてこの本の中に出てくるからです。 ついでに言っておくと、彼らはババジ→マハサヤ→ユクテスワ→ヨガナンダの順で師弟関係にあります。 この4人をまとめてチョイスしているということは、ビートルズのメンバーの中に、この本を読んで大きな影響を受けた人物がいるということではないでしょうか。 これで大方の人は察しがつくはずです。 そうです、その溢れるインド愛で有名なジョージ・ハリスンこそが、どうやらこの4人のグルをピックアップした張本人のようです。 この度、『あるヨギの自叙伝』を実際手に取ってみて初めてわかりました。 その裏表紙にジョージ・ハリスンの推薦文が印刷されているではありませんか。 ふーん、ジョージ・ハリスンって、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーだけの人じゃなかったんだ。 笑 というか、ジョージ・ハリスンに限らず、この本にハマった人はそれこそいくらでもいると思われます。 アメリカ人では、エルヴィス・プレスリーやスティーブ・ジョブズの名前がよく挙がります。 前回話題にしたJ・D・サリンジャーも晩年は『ラーマクリシュナの福音』と、この『あるヨギの自叙伝』を愛読していたそうです。 まあ、何が言いたいかと言えば、この本は精神世界の本の中でもそれくらい飛び抜けた人気を誇っているということです。 というわけで、前々から気になっていた噂の本を縁あってこの度やっと入手した記念として、とりあえずはジョージ・ハリスンの My Sweet Lord のメロディーをBGMに、その本の表表紙にご登場願います。 笑 ♪ ハーレルーヤ ♫ ハーレクリシュナ ♬ ハーレラーマ いやー、いいですねー。 これこそ、まさにインドっていう風貌ですね。 ああ、カレーが食べたくなってきた。 笑 読後感としては、そんな軽口を叩きたくなるくらいさっぱりした感じでした。 二段組で560ページほどの分厚い本ですが、案外サクサクっと読み進めることができます。 自分が生涯にわたって見聞きした諸々のエピソードを小説風に語っていく感じなので、あまり精神世界に馴染みのない人でも退屈せずに読めるのではないかと思われます。 哲学や思想っぽい話も時折織り込んでありますが、一般の読者にもわかりやすい用語を使って書かれていて、しかもくどくどしくないので、そういうのが苦手な人でも、さほど気にはならないでしょう。 後は語られた内容を各自がどう判断するかというだけです。 中には、「たしかに面白いと言えば面白いが、ちょっとホラ話が過ぎないか?」と感じる人もいるのではないかと思われます。 それくらい奇跡とか超常現象の類いが日常茶飯事的に次々と飛び出してくるので、何も考えずに読むと、そういう話ばかりが印象に残るかもしれません。 まあ、でも、私みたいにそういうのが好きな人にとってはそれでもいいんですけどね。 笑 そもそも修行を積んだ最高レベルのヨギであれば、バイロケーション、空中浮遊、テレパシー、物質化現象といった類いのことなどはホンマに当たり前の話なはずなので、細部に多少の脚色はあるとしても、そうした話を全くのホラ話として切り捨てると、この本の魅力は半減します。 まあ、著者であるヨガナンダからすると、西洋人(特にアメリカ人)にヨガとか瞑想というものの奥深さを知ってもらうには、そうしたぶっ飛んだ話は必要不可欠なものだったのではないでしょうか。 ところで、ヨガナンダが伝えようとしたクリヤ・ヨガというのは、簡潔にまとめると、「特定の行法(クリヤ)による神との合一」ということになるそうです。 もともと、ヨガというサンスクリット語は「神との合一」という意味なんですね。 だから突き詰めると、キリスト教の神秘主義などとも相通ずるわけです。 文中至るところでイエス・キリストへの言及がありますが、ヨガナンダから見ると、キリストもヨガ行者のような技法や認識を身につけた神の化身というふうに映っていたのかもしれません。 キリストや最高レベルのヨガ行者が奇跡を行うのは、彼らが「万物の本質は光である」ことを真に悟り、その「光の現象のからくりを会得している」からだそうです。 凡人には固形物にしか見えない自分の肉体ですら、彼らには光として感じられるわけですね。 しかも好きな時に心臓を止めたり、自由自在に無呼吸状態の至福を味わうことだってできるのです。 このレベルに達するためには完全な瞑想の技法をマスターしなければなりません。 まとめると、「完全な瞑想によって、自己の意識を創造主の中に融合させているヨギは、宇宙の本質を光(生命エネルギーの波動)として知覚する。」ということになります。 うーん、ヨギたちの見ている世界って、我々凡夫の見ている世界とは全然違うなあ。 笑 そもそもインドの伝統的な宇宙観からすれば、我々が体験している世界はすべてマーヤ(幻影)なわけです。 ヨガナンダもこの世界は「単なる巨大な映画に過ぎない」ということを強調しています。 しかも、それは神が脚本を書き神自らが演じている、いわば自作自演の宇宙夢のようなものだそうです。 よく私たちは「自分の人生」とか「人生の目的や意味」なんてことを口にしますが、そんなものはもともとないんです。 笑 この世界は神のリーラ(戯れ)であり、ただ神の気晴らしというか楽しみのためだけに色んなことが起こっているだけなんですね。 エーッ!って感じですが、それが一般的なインド人の宇宙観です。 だから、霊的に進化したヨギからすれば、「あんた、いつまで夢見てんの?早いとこ目覚めなさい」ということになるのだと思います。 彼らが意識的にやっていることは、簡単に言うと「神性に目覚めていくゲーム」といったところではないでしょうか。 無自覚に生まれ変わりを繰り返していたら何千年、何万年もかかる解脱のスピードを一気に加速させようというわけです。 その結果、晴れて地上界を脱出したら、その霊体のレベルに応じて幽界の高度な星に住み着くことができるかもしれません。 さらに、そこでのカルマを滅却すれば、その先にある観念界という世界に入れるのだそうです。 こうしたことはヨガナンダの師であるユクテスワが死後に復活して詳しく話してくれます。 凄いですね。 そのヨガナンダ自身も最期はある歓迎パーティーの席上で、自ら心臓を止めて瞑想したままあの世に移行されたそうです。 いわゆるマハーサマディってやつですね。 そして、死後20日経過しても彼の遺体は腐敗することもなく新鮮なままだったそうです。 まあ、こういう話を聞かされたからといって、別にどうなるわけでもありません。 でも、なんかやっぱりこの手の話って面白いと感じてしまう自分がいるんですよね。 だからといってヨギたちの真似をして瞑想に励んでみようかとは思わないけど、今生としては彼らに興味を覚えるだけでも上出来なのかもしれません。 この『あるヨギの自叙伝』を手に取っただけでも、第一歩を踏み出したと言えるのかもしれません。 来世はいよいよ俺もインド人に転生できるのかもしれんなあ。 笑 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.12.23 00:10:35
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