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2007.04.13
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カテゴリ:エッセー

大事件が起こった後は、あらたな大事件が、、、

一人娘のゆかりちゃんがバレエに通い始めて1年が立った。

先生から、今度の発表会で小学校低学年クラスの「ル・ラパン」の部の演目で、

バレエを習わせたい母親や、バレエレッスンを受けたい子供たち向けに「舞台」にバレエ

教室を再現して、日常のレッスン風景を見せるようなオリジナル構成で、音楽に合わせて

「基本のバレエ」をワンポントレッスンを交えて楽しんでもらう演目の、主役にどうかという

打診があった。バレエを習い始めてわずか1年足らずで、主役に抜擢である。

ゆかりちゃんも中村さんも大喜びである。

多くの子供たちの中から娘が選ばれたことで、誇らしさのほうが先にたち、

喜んで先生の申し出を受けることにしたそうだ。

主役をするからには当然衣装を作らなければならない。

渋谷の「Chacott」(チャッコト)で新たにシューズやウェアも新調することになった。

衣装代のほかに先生に特別にレッスンを付けていただくので、予想以上の費用がかかる。

しかし、バレエの才能があるという先生の言葉に、中村さんにはこの上ない幸福感を感じたそうだ。

幸いにも商売は順調である。小金も貯まってきている。

 

話は変わるが、素人料理だからと、お金を支払ってもらえなかった経験から、

中村さんは俄然、お酒の勉強を始めたそうだ。

お酒の種類の多さと、世界各地にいろいろなお酒があり当初は頭が混乱しそうだったが、

お客さんの嗜好はある程度決まっている。ポピュラーな日本酒の銘柄と、産地、辛口、

甘口の味の違い、醸造酒・吟醸の違いぐらいを覚えた。

洋酒や焼酎なども出入りの酒屋の息子に、教えてもらった。

よその店に飲み歩く時間とお金がないので、飲食店向けの雑誌を買って勉強をした。

お料理も居酒屋・小料理屋向けの雑誌を買い、実際に作っては味を確認したりと

あのお客に言われたことを思い出しては、プロになるための努力を重ねていった。

しかし、いかんせん居酒屋すらも行ったことがないというのが、ネックになってきた。

どういうサービスをしているのか、本からは読み取れない。

銀行の加藤さんに相談をすると、元小料理屋をしていた人が今は不動産収入の家賃で

暮らしていけるようになり、自由な時間がほしいと店をスタッフに任せ、今度は自分が

お客になって、飲み屋探訪で食べ物関係の雑誌に投稿(今ならさしずめグルメ雑誌の

覆面リポートである)している人がいるからと、紹介してもらえることになった。

 

お店を引き継いで早いもので3ヶ月が過ぎていた。

曲がりなりにもお客さんへの対応も慣れ、素朴な東北料理を懐かしむお客もつき

前の代からのお客さん以外に、新たに常連さんができ始めていたそうだ。

 

約束の日時に加藤さんが元小料理屋をやっていたという人を伴って、店にやってきた。

その人は、中村さんの顔をみるなり「やぁ、その節はご馳走さん。少しはプロになったかい」と

笑顔を見せた。中村さんの脳裏に2ヶ月前の雨の強い晩のことが鮮明に思い出された。

あのときのお客である。「素人料理で金をもらうなんて、可笑しい。金をもらいたいなら

プロの料理でございますといえるようになってからだ」と、言い放った男性だった。

 

あんまりの偶然に中村さんは、絶句をしてしまったそうだ。

銀行の加藤さんもこのことは知らずに、頼んだそうだ。彼は「鈴木です」と名乗った。

若い頃から料理と酒が好きで、高校を出るとすぐにレストランに勤め、そこでワインと

出会いお金をためて、21歳のときフランス・イタリアでワインと料理の修業をし、日本では

馴染みのなかったソムリエの資格を取ったそうだ。

長く渋谷や代官山でイタリアンの店を経営していたが、40代後半から和食に興味を持ち、

和食の勉強をはじめ、小料理屋に転進したという変り種である。

鈴木さんの奥さんはビジネスに才能があり、儲かったお金の運用に不動産を選び、

いつのまにか4階建てのテナントビルを持つまでになったとか。

60歳を期に飲食店をすべて、息子とスタッフに任せ、自分は以前から眼を付けていた

美味しい店に行っては、少々辛口の食べ物日記を「食べ物関係の雑誌」に投稿し、

そこから取材費をもらい、いくばくかの収入も得ているという。

趣味と実益と不動産収入で生きているという。

 

中村さんには想像することもできない、人生を送っている人だった。

時は昭和53年になり、世の中が豊かになりつつあった時代である。

 







Last updated  2007.05.12 18:25:34
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