私家版 さいたまの石仏

2022/05/06(金)07:50

草加市苗塚町 苗塚会館の石仏

草加市の石仏(61)

ホームページ「私家版さいたまの石仏」はこちら きょうは苗塚会館の石仏を見てみましょう。 苗塚会館 草加市苗塚町325​[地図]​ 前回紹介した用水路脇の庚申塔があった交差点のすぐ北を東に入って、200mほど先のT字路交差点のところに苗塚会館がある。資料では地蔵堂跡、地図では苗塚地蔵会館となっていた。同じ敷地内に墓地と町の会館というのはよく見るが、現在は墓地らしいものはなく、会館の外、コンクリートの壁の前にいくつかの石塔が並んでいる。 左から三基の舟形光背型の石仏、続いて二基の笠付き角柱型の石塔、右端に駒型の石塔。 延宝7(1679)の阿弥陀如来立像、小型の地蔵菩薩坐像(紀年銘無し)、寛文12(1672)の聖観音菩薩立像はいずれも墓石であった。墓地が廃された時、多くの墓石があったことだろう。そのなかでなぜこの三基が残されたのだろうか? 二基の笠付き角柱型の石塔の左、大乗妙典供養塔 享保15(1730)正面に「大乗妙典一千部供養塔」笠の上にくぼみがあり、たぶん宝珠が欠けた跡ではないだろうか。 塔の右側面 上部に4行4文字の偈文。その下、中央に法華経讀誦同志化衆とあり、両脇に多くの名前が、さらにその左端には法華経随喜同志當村善男善女と刻まれている。 左側面も上部に4行4文字の偈文。その下中央に法華大會導師天積大和尚。その両脇に讀誦勧化 同志結衆とあり、続いて多くの僧の名前が刻まれていた。資料によると裏面に造立年月日をはじめ多くの銘が刻まれているらしい。ただ壁との隙間が狭すぎて、なんとか紀年銘だけは確認できたが写真を撮ることはできなかった。 右 大乗妙典供養塔 寛延元年(1748)角柱型の石塔の正面を彫りくぼめた中に「大乗妙典供養塔」両脇に造立年月日。こちらは唐破風笠を持ち宝珠も健在。 塔の右側面 武刕足立郡谷古田領苗塚邑。 左側面には願主 自圓とあり、脇に俗名が刻まれていた。 右端 馬頭観音塔 宝暦6(1756)駒型の石塔の正面に三猿六臂の馬頭観音立像を浮き彫り。 髪の間にちょこんと馬頭が顔をのぞかせる。ふっくらと馬口印を結び、持物は斧・法輪・金剛杵・数珠。正面の顔は見事な忿怒相。 塔の右側面「奉建立馬頭觀世音菩薩牛馬息災延命祈所」災の一文字は彫り忘れて追加したものか?続いて造立年月日が刻まれていた。 左側面には武州足立郡谷古田領苗塚村。左右の顔も正面と同じく忿怒相である。

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