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桐野夏生の「グロテスク」の登場人物の名前である。 「勝ちたい。勝ちたい。勝ちたい。 一番になりたい。尊敬されたい。 誰からも一目置かれる存在になりたい。 凄い社員だ。佐藤さんを入れてよかった、と言われたい。」 おそらく殆どの女子社員は心中このような志を抱いて入社するのでは なかろうか。表向き男女平等、機会均等という行政指導のスローガン があるのだから。お上のいうことだから嘘はないだろうと信じてしまう。 佐藤は最初の新入社員歓迎会で早くも男社会の厳然たるランク付けにさ らされる。 「佐藤さんはやばい。コネ入社だもの」と。 彼女は父が定年前に死去。それで父と同じTという一流会社へ入れてもら ったという訳である。もちろん彼女自身は実力で入ったと思っている。 同期の山本は東大卒。美人で頭もよく、お茶くみもいとわない。彼氏も いる。つまり選択肢は一つではない。入ったばかりの会社だって男社会 であり、せいぜいお試し採用という仕掛けだろうと見通している。 佐藤はそれが納得できない。実力を発揮すべく大新聞に投稿したり、懸賞 論文に応募したり、手当たり次第自分の存在をアピールする。 だが哀しいかな誰も認めようとはしないのだ。 「男たちには秘密を持つ楽しみがある。仲間もいる。飲みに行ったり、女 に現を抜かしたり、陰謀を張り巡らしたり。でもあたしには仕事以外、何も ない。その仕事も一番ではないのだ。山本に敵わない。人間関係も持ってない。 (略)誰か声をかけて。あたしを誘ってください。お願いだから、あたしに 優しい言葉をかけてください。 綺麗だって言って、可愛いって言って。 お茶でも飲まないかって囁いて。 今度、二人きりで会いませんかって誘って。」 これが慶応大学卒業で総合職をかちとった佐藤の内面の叫びであった。 この屈辱と敗北の宣言は男社会に対する烈しい指弾と諧謔に転化する。 昼は大会社のつつましい(あるいは挑戦的な)OL。夜は遊興街の娼婦 という二重生活。 日本の男社会の愚かしい欺瞞と保身の日々。責任や道徳の皆無。 桐野夏生はさすが犯罪的テクニックでそれを告発する。 素材の選び方も洗練されているし、文体もとぼけていて鋭い。 時局に対する見通しもシャープである。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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