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風狂夜話2

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2008年06月24日
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カテゴリ:天才
司馬遼太郎は満州から本土決戦に備えるため関東地方に転属。

戦車小隊の隊長として米軍上陸を迎え撃つべく訓練に励んでいた。

しかし米軍が房総半島から千葉・東京へ侵攻するとして千何百万人の

民間人が関東北部へ避難するのは必定。戦車を出動するとしたら、こ

の民衆とぶつかってしまう。「どうしたらよろしいか」と司馬氏は上官

に訊ねた。「国を守るためだ。邪魔となる連中は戦車でヒキコロシ、敵

撃滅のため前進すべし」と上官は答えたという。

有名なエピソードである。「国民をヒキコロシて守るべき国とは何か」

司馬氏はついに最後までこのテーマに拘泥し、脳漿をしぼった。

「かれ(乃木)はよく座談のなかで電車の座席のはなしをした。『電車に

乗っていると、すわろうとおもって、そのつもりで鵜の目鷹の目で座席を

ねらって入ってくる。ところがそういう者はすわれないで、ふらりと入っ

てきた者が席をとってしまう。これが世の中の運不運というものだ』希典

自身、自分の一生を暗い不運なものとして感じていたらしいが、これはど

うであろう」司馬氏の筆がやや辛らつに裁いている。

「坂の上の雲」は明治新政府のドラマチックな高揚を秋山好古、秋山真之、

正岡子規の三人の青春とダブらせて描き明快である。

愛媛松山の出身というところが薩長軍閥の風に抗する自由な品性を感じさ

せる。司馬氏の愛好する周辺の人々である。

とくに秋山好古の伊予水軍の裔らしい剛毅・恬淡の言動は明治政府台頭期

の巨魁というにふさわしい。

そして正岡子規の闊達自在なふるまいも、稚気愛すべし。35歳の病没は

まことに惜しい。

司馬氏の「ひとびとのあし音」は子規の死後の関係者の消息を描いてまた

素晴らしい。司馬氏の愛する人物のいわば余話である。





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最終更新日  2008年06月24日 18時18分13秒
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