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9月23日(木)6時40分
昨日の気温は20度を切り、朝晩はめっきり冷えてきたが、これで平年並みという。 気が早いと思うものの、日が短くなってきて、冬の気配を感じさせる。 連日、100歳前後の元気で活躍中の高齢者がメディアで取り上げられる。 そのすべてが、本人のたゆまぬ努力と周りの支えあってのこと。 まずは、見えない本人の努力の継続に、わたしの思いは及ぶ。 細かいところを掃除してみてわかる、きれいに保たれた家。 草むしりや剪定他の手入れをしてみて感じる、すてきな庭。 話を聴いてみてわかる、美や健康を保つための日々の努力。 どれも、怠れば汚い家・魅力のない庭・すてきではない生き方となる。 良い状態を保つには、それなりのやりかたと意志が必要だ。 こんな中で、わたしが最もおそれることは、記憶が飛ぶこと。 毎日の生活の中で、年々感じる「ものわすれ」の度合いが増えてゆくことが、不安のたねとなる。 周りを見回しても似たようなものだから、と安心するのはまずいのだろう。 家計簿に行動を書き込み、メモに近日中の予定を記し目に付くところに置く・・・・ カギをかけたら、もう1度確認・キャッシュコーナーでは取り忘れがないか最終確認。 習慣づけた慎重さでミスを最小限に抑えたい。 今朝の全国紙のコラムに、小説家高橋フミアキ氏が、中上健次氏(作家・故人)の受け売りとして書いているのが ”ものを書くのは考えること。考えることが人生を作り、人生を豊かにすると思います” そうだ、そうだ、わたしがこのブログを不特定多数の人にも間違いなく内容が伝わることを考えながら書く行為は、わたしの人生を豊かにすることなのだと納得。 考えること、そして書くことの継続が脳の活性化につながり、人生も豊かになることを確信。 朝刊を読み終え、以前作っていたチラシのゴミ袋を作ろうとして、むむ。 最初の折りはどうだっけ?あれだけたくさん作って忘れないはずだったのに、どうして? 単なる「ものわすれ」で済まなくなったらどうしよう。 何度もやってみて、思い出してほっとした。 毎日1枚だけ折ることを継続すれば忘れないか、これも記憶し続けるひとつの方法だなと実感。 見えない努力を重ねて、若さや健康や美を保ち続ける人々を思い浮かべ、わたしにできるやりかたを探しながら日々を過ごすのがベストなのだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010年09月23日 07時36分18秒
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