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2021/12/06(月)00:04

わたしに会いたいなら  わたしの詩集をひらいておくれ

木谷ポルソッタ倶楽部ほか(236)

――<木谷ポルソッタ倶楽部>――――――――――――――――――――    ■「ムルギー」という名のカレー屋さん■ ――――――――――――――――――――――――<2007/1/15>――― 東京で働いていた三年間、私は池波正太郎さんの本を片手によく散策した。 その本の名前は「散歩の時に何か食べたくなって」という。 そしてね、散策している間に、食べたくなって本の中の店によく入った。 そのひとつに「ムルギー」という店がある。 渋谷の道玄坂付近の入り組んだ路地の奥の奥にあるカレーの専門店だ。 レンガでできたやけに古めかしい玄関を思い出す。 中が暗かった。客が多かった。しかし、やけに静かだった。 店員のおばちゃんが履いていた運動靴の白が鮮やかだった。 おばちゃんはテーブルの間を器用に走り回ってカレーを配っていた。          おばちゃんが「ムルギーカレー」を運んできた時には驚いた。 ご飯がとんがっていた。ピラミッドというか小さな島のように盛られていた。 その周囲を島に寄せる海の波のようにカレーがたっぷりとかけられていた。 そして、ゆで卵の輪切りが五、六枚ほどが漂っていた。 「オオーーオッ」 私はそんな悲鳴をあげたはずである。 それから悩んだ。どうスプーンをつければいいのだろうか。 スプーンでカレーをすくって島の端にかけて、そこにゆで卵を置く。 スプーンでガバッとすくって口に運んだ。 エッ、これは何という味なんだろう。豊潤というかとてもゆたかな味なのだ。 どう形容したらいいのだろうか。う~ん、むずかしい。 ただね、ひと口ごとに幸せな気持ちになっていくんだ。 夢中で食べていて気がついたら皿がきれいになっていた。 「皿をねぶりたい」 本気で思った。最後の最後まで味わいたかった。 あれから十年が過ぎた。東京に行っても渋谷に行くことがない。 「ムルギーに行きたい」 そうつぶやいて、どんどん変化している東京を思った。 ムルギーはまだあるのだろうか。 レンガ造りの古めかしい玄関はまだ形をとどめているのだろうか。 運動靴を履いたおばちゃんはいるのだろうか。 食の想い出というものは、食べるものだけではないのだ。 最近、そのことをしみじみと思う。 ――――――――――――――――――――――――  わたしは墓のなかにはいない  わたしはいつもわたしの詩集のなかにいる  だからわたしに会いたいなら  わたしの詩集をひらいておくれ              「坂村真民詩集」より ―――――――――――――――――――――――

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